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そろそろ危険手当とか出ませんか?


「! アスカ、ジグル、こちらへ! 急いで!」



 音の発信源を飛鳥が探るより早く、切羽詰まったアヴィの声が叫ぶように上げられる。瞬間的にからだが反応できたのはほとんど無意識で、同様にアヴィのそばまでジグルも駆け寄るが早いか、視界が一面真っ赤に染まる。

 ごおっと、さきほどの風を切る音に似た轟音。けれどそれは視認に難しい風ではなく、真っ赤な業火をもって放たれた。



「……くっ」



 アヴィを先頭に、彼女が地についた棍のすこし前からドーム型に三人をぎりぎり覆う不可視の膜。それが炎から三人の身を守ってくれている。


 アヴィはこれとおなじものを村にも張ってくれていたから、飛鳥も知っていた。結界だ。外部からの一切の攻撃を遮断してくれ、内側の安寧を守ってくれるそれは、聖女として特に必要とされる魔法のひとつらしい。

 村をひとつ覆ってもけろりとしていたアヴィが、いまはぎりっと歯を食いしばっている。結界にかかる魔力がどれほどのものか飛鳥にはわからないが、この炎から身を守るには相当強力な結界を張らなければならないのだろう。アヴィの魔力は底なしなのではと思ってきたが、これはもしかしなくともまずい状況なのでは、と背中にいやな汗が滲む。


 幸い、アヴィの魔力が押し切られるより先に、炎のほうが落ち着いた。開けた視界に映った、結界の範囲外の岩肌が溶けているさまに、その火力を思いぞっとする。


 ばさり、ばさりと耳朶を打つ翼をはためかせる音に宙を仰げば、真紅の龍がその巨体を青空に浮かべていた。黄金に輝く双眸が確かにこちらを捉え、薄く開いた口腔の端にちろちろと炎が揺蕩っている。



「神龍……」


「ああ、ヴィグィード様だ」



 思わずつぶやいた飛鳥に頷くジグルも、ここに来るまでの楽観的な戦闘脳を潜め、畏敬に口調をかたくした。


 手合わせなど、とんでもない。あれは次元が違う。災厄よりもなお深淵に、絶対的な強者として君臨する存在。とてもではないが、対峙できるような相手ではない。剣を握る手に、知らず力がこもる。



「想像以上に規格外ですね。おなじ火力のブレスを飛ばされたら、すぐに押し負けますよ」


「アヴィの魔力でも?」


「……遺憾ですけど」



 こんなことなら魔法に関する能力の鍛錬にももっと力をいれておくべきだった、と、ちいさくぼやくアヴィに、むしろ本来の彼女の本領はそちらのはずだと思うのだが、とは飛鳥も言わない。空気を読んだ。アヴィにその正論は意味をなさない、と。

 獰猛な捕獲者を思わせながらも、確かな知性を宿して見える黄金の双眸が、まるで値踏みをするかのように細められる。口端から漏れる火炎が、わずかばかり量を増した気がした。



「……アヴィ、強化に魔力回せるか?」


「さっきのはなしを聞いたうえでの問いですよね?」


「じゃあ、逃げ切れるか?」



 ひしひしと感じ続ける威圧を前に、正直なところよく立っていられていると、それだけでも自分を褒めたいくらい。当たってみるまでもない。圧倒的力の差は、本能レベルで知らしめられていた。

 だからこそ。いまここで()()()()()()()()の最善が逃走であるとわかってはいても、その手に移れない理由なんて簡単だった。


 できないから。ただそれだけ。


 見逃してくれるのであれば別だが、出会いがしらのブレス攻撃がアレだ。完全に跡形もなく消すつもりだったとしか思えない。となれば間違いなく敵性体認定を受けているだろうから、こちらが逃げるのを易々と見送ってくれたりはしないだろう。

 アヴィもわかっているからこそ、ちいさく息を吐いた。



「……期待させてくださいね、勇者様」


「勇者チートにピンチがチャンスみたいなものがあるのを祈っててくれ」


「運任せじゃないですか」



 仕方ないだろう。逃げることは許されず、防御に徹すればじり貧になるのが見えているとなれば、残された生存手段なんてひとつしかない。

 改めて剣を構える飛鳥の傍らで、ジグルもまた自身の大剣を構えた。



「ふむ。最期にまみえるのが神龍様とは、なかなかによき生き様だった」


「おい、死ぬ気やめろ」



 なんで愉しそうに満足げなもの言いをするんだ。ちらりと横目で睨めば、とてもイイ顔をされた。だから死ぬ気はやめろと言っている。


 怒ればいいのか呆れればいいのかわからないが、どのみちそのどちらもしている余裕はない。火龍の顎が開かれた。



「結界も張ります! けれど内側からの攻撃は通りますから、存分に!」


「了解!」



 再びの灼熱のブレス。それを防いでくれながら、アヴィは頼んだとおり、飛鳥とジグルに身体能力を強化する魔法を付与してくれる。からだの内側、奥の奥から湧き上がってくる力に、そのこころ強さ、感覚的にわかる明らかなからだの軽さに、やはりアヴィはきちんとこちらの方面こそ鍛えるべきだと密かに思う。

 とはいえ、とにかくいまは目の前の……いまは炎一色で見えないが、その先にいる火龍だ。

 飛鳥は自身の握る剣に集中し、ありったけの力を込めて下方から斜め上に斬り上げる。



「ぅ、ああああああああっ!」



 その場で振るう剣筋が、空を飛ぶ龍に届くはずなどあるわけがない。飛鳥がその剣を振るい、飛ばしたのは衝撃波。それも、水を付与した、だ。


 通常の飛鳥の能力では、いくら水を纏わせたところで、これだけの火力を前に瞬く間に蒸発させられて終わっただろう。けれど、いまはアヴィの強化魔法を受けている。飛鳥にはふつうの魔法は使えないのだ。ならせめて、なんとか使える付与魔法にくらい、チートの適用を見せてくれ。


 そんな思いがとおってなのかどうかはわからないが、飛鳥の一撃は確かに炎のブレスを切り裂いた。きれいに割れたブレスのその先、火龍に至るまで、しっかりと確かな道筋ができあがる。

 その機会を逃さず、ひと足先に地を蹴り宙に跳んだのはジグル。さすがの火龍も、まさかブレスが斬られ、そこから跳び込んでくるとは思いもしなかったのだろう。若干反応に遅れたようだが、すぐさま身を翻して尾を叩き込む。


 あの巨体の、遠心力も加わった一撃だ。吹き飛ばされたジグルが防御態勢をとれたかどうかはわからないが、たとえとれていたとして、軽い怪我では済むまい。

 が、案じている暇などなかった。尾を振り切ったその隙を狙い、アヴィから風魔法の援護を受けた飛鳥もまた、宙を駆る。振り上げた剣に全力を込め、首もとを目がけて思いきり振り下ろした。

 この巨体だ。思いきり尾を振ったりすれば、次の動作に移れるまでには多少なりとも時間がかかる……はずなのに。


 がきんと、甲高い音を立てて、飛鳥の剣は火龍の前足の爪に止められた。



「う、そだろ……⁉」



 どう考えても、そんなに素早く対応できるはずがない。なのに、事実目の前の龍は飛鳥の攻撃を受け止めたのだ。

 驚愕に目を見開くが、だからといって力を抜いたりはしない。受け止められてしまったものは仕方ない。ならばこのまま押し込むまで。


 というか、もうそれしか道は残されていないのだ。



「ぐ、あ、あ、あ、あああああっ!」



 アヴィによる身体強化に加え、自分自身の強化魔法を剣にかける。あとはもう、力任せに押し込むほかない。

 そんな飛鳥の決死の攻撃の結果、飛鳥の剣を受け止めていた龍の爪ががきんと音を立てて折れる。


 ……が、それは飛鳥の剣にしてもおなじだった。


 飛んでいく、折れた剣の刀身。目を見開いてそれを映す飛鳥は、今度こそ確かに力が抜けてしまう。……というよりも、剣が折れたことにより、力をかける先を失った、が正しいのだが。


 ともかく、そんな飛鳥の身を、おそろしく重い衝撃が貫いた。


 悲鳴も苦鳴もあげる間もなく、けれど確かにからだの内側からぼきぼきといやな音が響き渡る。



 あ、死んだな、これ。などと思う間もなく。どこか遠くで声が聞こえたような気がしながら。



 飛鳥の意識は、ただただ深く、沈んでいった。





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