登山
「ヴィグィード火山ですか?」
場所は戻ってフルブルックの家。ひとは増えて、家主たるフルブルックのほか、その弟子のハーフエルフの兄妹はもちろん、飛鳥とアヴィとジグルとヒルダリアという、なかなかに大所帯である。種々の道具や材料、製作品などで溢れかえる室内は、より一層窮屈さを増していた。
「そう。魔石があると便利らしいし。アヴィも楽になるんだろう? ちょっと採りに行ってこようかなと」
それはヒルダリア襲来の直前にはなしをしていたこと。危険だからと悩んではいたが、水回りが安定して整えられるというのはやはり魅力的だ。川を利用して水を供給するという手ももちろんあるが、自然環境に左右されたり、浄水の問題なども考慮すると、やはり魔法を用いたほうが安定するし確実だという。
どれだけ魔石を得られるか、またその品質にもよるが、うまくすればほかにもいろいろ使えそうだし、せっかく村と呼べるまでにグレードアップしたこの地を、一層住みやすくできるというのは惹かれるものしかない。もちろん、生活水準をあげることで自然の恵みを忘れるようなことがないよう、充分意識はするが。
……そのあたり、シシルの監視も厳しそうだし、というのはもちろんくちにしない。
とにかくそういうわけで決断した飛鳥に、アヴィがなるほどとうなずく。
「確かに魔石が用いられたほうがいいとは思います。わたしの負担がどうこうというよりも、わたしひとりで賄っていては、たとえばわたしがちょっとこの地を離れるだけでも回らなくなりそうですしね」
いまはアヴィが賄ってくれている部分も、まだはじめたばかりということもあり、前の生活に戻れないというほどのことはない。けれど数年といわず、数ヶ月でもこのままの状態が続けば、いまの生活のほうにこそ慣れてしまい、以前の生活に不便を憶えてしまうだろう。そうなると、アヴィは風邪もひけなければ小旅行にさえいけなくなってしまいそうだ。
……実際には出かけたくなったら出かけてしまいそうなのがアヴィだが。
それはそれとして、魔石さえあればアヴィがいなくとも込められた魔法を魔石の中の魔力が続く限り継続して使用し続けられる。魔力がなかったり、魔法が使えなかったりするものでも使用できるそうなので、それがあればアヴィが自由に身動き取れるようになるのは事実だろう。
「わかりました。ではわたしも同行します」
「え、いやでも火山だし、火龍がいるって聞いたし危ないと思うんだけど」
「知っていますよ、そのくらい。逆に問いますが、魔石の良し悪しとかわかるんですか?」
「…………よろしくお願いします」
良し悪しどころか、下手をしたら魔石かそうではないかの違いもわからないかもしれない。そんな根本的な部分を指摘されてはじめて気づいた飛鳥は、当然のようにアヴィに頭を下げることになった。
「ふむ。ヴィグィード火山か……。よし、俺も行こう」
「え、ジグルも来るのか?」
「それは行くだろう。神龍様にお会いできるやもしれぬのだぞ」
「神龍、様?」
「我ら竜人族にとって、神龍様は畏敬の対象。神という概念自体はおよそ魔族の対極に在るものだが、そのことばの持つ意味は我らにとて活きる。読んで字のごとく、龍にとっての神だな。純粋なる龍種であれ、その派生である竜族であれ、その頂点たる神龍を崇めぬものはおらぬよ」
「へえ。すごい存在なんだな」
「うむ。できることなら是非とも手合わせ願いたい」
「…………うん?」
もとより無宗教派であった飛鳥ではあるが、神頼みをしたことくらいはある。ああいうのは自分の都合のいい精神的依り代であることは理解しているし、実際その効果のほどを実感したことはほぼほぼないのだが、それでいいとも思っていた。
事実あちらの世界に神なる存在がいたとして、そんな都合のいいときばかり身勝手なお願いをされて叶えてくれなど、どう考えても自分本位に過ぎるのだから、知ったことかと思われても当然だろうと思っているのだ。
とまあ、それは脱線として。そんな超常の存在を相手に、そして畏敬を抱くと明言した相手に、なんだかそぐわないことを言い出したような気がするのだが。ジグルのことばを聞き取るには聞き取れたが、直前までの会話から違和しかなくて首を傾げる飛鳥を放り、食いついたのはアヴィとヒルダリア。
「え、神龍と手合わせできるのですか⁉ それは胸が躍りますね」
「ふむ、神龍が相手ともなれば、なかなかにいい経験になりそうだな」
聞き間違いとか、全然なかった。
なぜだろう。なぜだかこの地にどんどん脳筋が集まっていくような気がするのは。
若干遠い目になる飛鳥はたぶん、正常な感覚を有していることだろう。表情のほとんどが髭やら髪やらに埋もれて判別できないフルブルックはともかく、ハーフエルフの兄妹は明らかに頬を引きつらせている。
「神龍って、そんなほいほい手合わせとかしてくれるものなのか?」
「神龍様にもよるな。ヴィグィード様は血気盛んなおかた。ゆえに、おそらくあちらから攻撃を仕掛けてきてくれるだろう」
あ、これはもう危険が危ないフラグががっつり立ったな。ついでにそのフラグ、おそらくジグルを連れていけば……たぶん、アヴィでも、乱立してくれそうに思える。
いっそひとりで行ったほうが安全そうなのだが、と思いつつも、目的を思えばアヴィを連れていかないわけにもいかないし、ジグルも……まあ、最終的には生贄に置いてこようとこころに決めた。
フラグは立てた本人に回収させればいいという精神だ。
とりあえずふたりを連れていくとなると、問題はもちろんこの村の防衛である。幸い、当てならすぐそこにいた。
「……じゃあ、俺とアヴィとジグルでちょっと行ってくるから、ヒルダリア、この村の護衛よろしく」
「え……」
ショックを受けるだろうことは予想していた。なぜならさきほどジグルのはなしを前のめりに食いついて聞いていたのだから。けれど当然、ここは譲らない。
「この村の護衛するからって住み着いたんだろう? 任せていいよな?」
「ぐぬぬ……。この地の護衛はあくまでついでだというに……」
「まさかとは思うけど、ただ飯食らいで居座るつもりじゃないよな?」
「なっ! なんたる侮辱! よかろう、この地で提供される食と住のぶんより多くの成果を上げてやろうではないか!」
……ずいぶんと単純に思えるが、これで本当にミルカの好敵手なのだろうか。ミルカの戦闘能力は知らないが、頭脳戦にでも持ち込まれれば足もとにも及びそうにないのだが。
うっかりかわいそうな子を見るような視線を向けそうになって、飛鳥は慌てて笑みに変える。
「それは助かる。じゃあ、留守番よろしく頼むな」
「ふん。せいぜい火龍に食われぬよう気をつけることだな」
腕を組み、胸を張って鼻を鳴らされたが、まったくもって悔しくも腹立たしくもない。飛鳥ら三人もの戦力がここを離れてしまうことになるが、もとより立地に恵まれているらしいこの地は、ヒルダリアがいてくれれば充分守りきることができるだろう。
後顧の憂いもないことだしと、飛鳥たちは準備を整え、翌日にはヴィグィード火山を目指し出発するのだった。
ヴィグィード火山は馬車で半日ほどの場所の距離に位置していた。馬車はもちろん、ミルカから与えられたバイコーンが牽くアレだ。ときおり必要な物資を送ってもらえるよう頼む際にも役立ってくれている、大事な交通手段と輸送手段である。
ちなみにミルカに頼んで通った物資は種々あるが、村の住民たちが育ててくれている作物の種の成長速度が異様なほど早い。ミルカのくれた種の質が特殊というよりも、大地にブランデンドが加護をくれたり、作物が育つ環境にシシルが祝福をくれたりしている影響らしい。充分な蓄えができたら、成長速度は自然に戻すと言われている。
おかげさまで飢えが遠退いた住民たちはどんどんと健康体になっていき、活力に溢れ、村をよくしていくための活動に精力的に動いてくれていた。ルツィとレティもこころなしふっくらしはじめ、健康的だと思えるくらいの体格になりつつある。
ミルカにしろブランデンドやシシルにしろ、感謝しかない。もちろん、村の建築や有用な道具作りを担ってくれているフルブルックやハーフエルフの兄妹、それにブランデンドのもとから派遣されている妖精たちにも感謝だ。
とまあ、それはひとまず置いておき。辿りついたヴィグィード火山のその麓に馬車を停める。アヴィが結界を張ってくれたので魔物や獣に襲われても問題はないだろう。
「うーん、なかなか険しそうな山だな」
遠目にも見えてはいたが、近くでみるとその頂上はなお遠く感じる。雲よりもさらに上にあるようで、さすがにそこまで登れる気はしなかった。
ひとが来ることもないのか、舗装された道があるなどということはなく、木々よりも大小さまざまな岩の目立つ山である。足場が不安定そう極まりなく、そういう意味で不安しかない。
「山登りは苦手ですか?」
「苦手というか……したことはない。え、アヴィ、山登ったことあるの?」
「ええ、まあ。こんな大きな山じゃなく、聖女の修行の地として定められた聖域くらいですけど」
山を登る、というほどの距離でもないため鍛錬と呼べるには至らず、ちょっと不服でしたなどと語るアヴィは、たぶん、聖女の能力の修行をしていたのではないと思う。ヴィグィード火山を前に、どこか挑戦的に目を輝かせているのはその証左ではなかろうか。
……いまさらではあるが、アヴィが偽聖女とされた一因にはそのあたりが含まれるのではないだろうかと、ひそりと思う飛鳥だった。
「まあでも、もちろんちゃんとがんばるよ。で、魔石ってこういう宝石っぽいのを探せばいいのか?」
言いながら腕に嵌めたバングルについた魔石を示せば、アヴィがうなずく。
「そうですね。もっともこれはきちんと加工されたものですから、実際の魔石はもっとずっと荒っぽい石ですよ。宝石みたいにきれいな色に輝いている、というのは変わりありませんが」
「なるほど。とりあえずそういう石を探してアヴィに見てもらえばいいか?」
「はい。ある程度の質は見ただけでもわかりますが、鑑定も使えますから」
「……アヴィって、ほんとなんでもできるな」
「妬まないでください。わたしのほうこそ妬みたいくらいなんですから」
魔法らしい魔法が使いたかった飛鳥と、魔法よりも物理の能力が秀でてほしかったアヴィ。お互いがお互いにほしい能力に特化していることを知っているからこそ、実は結構妬みあっていた。
たぶんこれ、純然たる勇者と聖女の関係性ではない。
が、本来のそれがどういうものであろうと知ったことかという考えは、飛鳥もアヴィも一致しているので、ふたりはこれでよかったりもする。
とりあえず頂上に向かえば向かうだけ質の良い魔石が採れるはず、と、足もとに気を遣いながら登山を開始した。
「お、赤い石発見」
「あからさまにちいさいでしょう。この付近のものはただの石と相違ない程度のものしかなさそうですね」
「まあ、まだ登りはじめたばかりだしな」
歩き出すと早々に、小石程度の大きさの鮮やかな色合いの石が散見される。飛鳥やアヴィのバングルに嵌めこまれた魔石に比べても断然ちいさなそれは、素人たる飛鳥が見ても確かにあまり価値がなさそうに見えた。
それでも灰色の岩肌の中、あちこちに色とりどりの石が散らばっているのはあまり飽きもこなくて済みそうで視覚的にはいいのではないだろうか。
「今回の魔石確保で大体の生活基盤は整いそうだな」
ふと、黙々と歩くのもなんだしと、周囲に視線を向けつつ飛鳥が振る。
「そうですね。思ったよりもとんとん拍子に整いすぎていて驚くばかりです」
「うむ。俺もこの短時間でよくぞここまでと驚いておる。よもやトレントや精霊まで手を貸すとはな」
「この世界でもこのスピードで整っていくのって早いんだ?」
「基本的に人間は魔力にしろ純粋な膂力にしろ、魔族には断然劣りますから。町づくりというか、家一軒建てるにも、基礎からひとつひとつ手作業が主ですよ」
「へー、魔法あるのに、そんなもんなんだ」
「魔法が無駄ということはありませんが、使えるひとは結構限られますし、どの国でも重宝されるから軍部や研究機関などに携わることがほとんどなんです。建築や舗装に回せるだけの人手は確保できないのが現状ですね」
とはいえ、魔石もあるのだ。飛鳥がもといた世界よりもよほど超常的な力に頼っていることには違いないらしい。そこまで高品質の魔石でなければ一般的な流通もしているのだから、建築などに限らず、一般家庭でも使用されることは珍しくもないとのこと。
まあ、そうはいっても魔石が高級品には違いない。庶民の暮らしとしては、使い捨ての魔石をいざというときのためにいくつか所持しておいて、ふだんは魔法に頼らない生活をするのが基本のようだ。
「しかしアヴィの魔力は魔族の中でも遜色ないぞ。むしろ、領地持ちの魔族たちにも匹敵する。聖女というのは魔族にとっても脅威となり得る存在と聞いてはいたが、いやはや、ここまでとは。人間も存外侮れんな」
「自分でいうのもなんですが、これだけの魔力を持つ人間なんてそうそういませんよ。これでも聖女としての能力も歴代の中でトップクラスらしいので」
ジグルに返されるアヴィのことばは、ともすれば自意識過剰なのではと思われかねないが、それを告げる彼女のあまりにも淡々とした様子やら相変わらずのどうでもよさそうなくちぶりからも、ただ事実をくちにしただけなのだろうと思えた。
ことあるごとに、その恵まれた魔力よりも肉弾戦にこそ向いた能力がほしかったとくちにしているあたり、その証左といえるかもしれない。
「であろうと、人間はおぬしを追い出したのか」
「人間社会は能力よりお金や権力なんですよ。あと見栄と欲」
「……そんな身も蓋もない」
割とどの世界であっても変わりない価値観というのがあるのだろうな、と、内心では思いつつ、とりあえず飛鳥はちからなく突っ込んでおいた。なんとなく。人間の体裁的に。
「まあ、能力的には魔族が優れていようと、基本的に攻撃面で使用することしか頭にないものも魔族には多いからな。ゆえに領地持ちのような統治者がおらねば、文化的な生活というのはなかなかせぬやもしれぬ。種族にもよるが」
俺は野営でその日暮らしで問題ない、と言いきるジグルは、川などで水浴びができれば充分という性分らしいので、風呂に拘る飛鳥とはそのあたり相容れない。が、生活環境がよくなることに関しては行き過ぎなければ好意的に捉えているらしい。ルツィとレティが日に日に健康的になっていき、笑顔が増えたことに要因しているように思う。
「人材に恵まれたってことか」
「そうさな。だが、みなにうまく手を借り、こうしてより住みやすい地を作っていくと決め、行動しておるのはアスカ、おぬしだ。自身のこともきちんと誇れよ」
「え、あ、いや、俺はこうしたいって言うだけ言って、あとは丸投げしてるんだけど……」
「なにを言う。それとて立派なきっかけであるし、そのための土台は作っておるのだ。適材適所は必要な手段で、おぬしがなにもしておらぬわけではない」
「そう、か……? うーん、でもまあそう言ってもらえるとうれしいな。ありがとう」
「ふ。礼を言うのはこちらだ。おぬしらが来てから、あの地は日々活気にあふれ、充実しておる。ミルカ殿もなかなかに粋なことをしてくれたものだ」
あまり褒められ慣れてもいないので、すこし照れくさくもあるけれど、せっかくジグルがこう言ってくれるのだ。素直にありがたく受け取っておく。
実際、飛鳥にしろアヴィにしろ、村の住民たちから好意的に受け入れられ、いまではいろいろと頼られている実感はある。アヴィはそのへんかなり顕著だろうが、飛鳥にしても実はあれこれ相談を受けたりもしているのだ。
飛鳥が解決できるものであれば飛鳥自身が解決をするし、できなければできる人材を探す。些細なことなども多いけれど、ひとつひとつきちんと向き合っているふたりは、みんなに頼りにされているのだ。
その後も雑談をしながら登山を続ける。そのうち喋る余裕もなくなるだろうなと思っていたのだが、勇者チートはそのあたりも有能らしく、だいぶ登り進めたいまも息切れひとつしていない。
ジグルはもちろん、アヴィもだ。……飛鳥自身もそうだが、体力特化がおそろしすぎるのではなかろうかと思えた。
「なあ、このあたりの魔石、だいぶ大きくなってきたんじゃないか?」
「そうですね。しばらくはもちそうなものなので、拾っておいて治癒魔法とか火魔法とか刻んで、各家庭に置けるようにしましょうか」
「便利そうだな」
最大の目的である、村全体を賄い続けるための水魔法や、浄化魔法に使用できる魔石には至らないらしいが、このくらいのものでも充分役立ちそうだ。アヴィのことばを受け、早速目についた魔石を拾おうとしたそのとき。
「ぅわっ⁉」
ばちりと目の前の空間が弾ける。慌てて身を引きなにが起きたのかと周囲を確認すれば、半透明の、なにをかたちづくりそうでそこに至っていないようなものが、あちこちに浮いていた。
「え、なにあれ」
「精霊もどきです。魔力濃度が濃くなってきたから発生しだしたんですね」
「精霊?」
「もどきです。精霊のなりそこないとも呼ばれますが、便宜的な呼称であって、事実精霊に近しい存在というわけではありません」
淡々と教えてくれるアヴィ曰く、魔力濃度の濃い場所ではたびたび発生する自然現象のようなもの、らしい。凝縮して固形化して至る魔石のほうが存在としては近しいのではないかとのこと。精霊に至るには魔力の濃度だけに限らず、その魔力の純度、環境、年数等、種々の条件を満たす必要があるため、龍の魔力にあてられるだけで生まれることができるものではないようだ。
「さきほどの放電も意識的なものではなく、自動的に無差別に放たれる魔力でしかありません。あれらには自我なんてものはないので、さくっと霧散させてしまいましょう。ちなみに魔力の密度が一定以上濃い場所にあっては、キリもなく発生します。この先、どんどん湧いて出ると思われるので、邪魔なぶんだけ適当に払いながら、魔石の回収こそを優先すべきでしょうね」
言いながら、アヴィは手近な精霊もどきを棍で払う。しっかりとしたかたちを維持できていないからか、まるで煙のようにふわりと揺らめくだけで霧散するそれに、手応えもまるでないからつまらないんですよね、と、不服そうな感想を漏らしていた。
ジグルは自身の大剣を抜く気もないのか、鱗に覆われた腕の先、鋭い爪でもって行く先の精霊もどきを払っていく。
精霊もどきの攻撃……敵意があったりこちらを狙ってのものだったりするわけではないそうなので、攻撃されている、という認識を抱いていいものかどうかはわからないが、とにかくそれは単調で、それらの周囲に放電がされたり、火が渦巻いたりしている程度のものでしかない。最初こそ驚いた飛鳥ではあるが、いくつか目撃すればすぐに慣れ、わざわざこちらをターゲットして襲いかかってくるわけでもなさそうだと理解すれば、魔石の回収に邪魔になりそうなものだけを払って効率を重視することに躊躇いなどなかった。
そうして回収する魔石は、飛鳥かアヴィのバングルに収めていく。もともと詰めてきていたものは、必要なもの以外村につくってもらった住居に置いてきている。おかげでもとよりなかなかの容量を誇るそれに、さらに空きができていた。魔法のバッグのほうは、火龍に襲われた際に炭化されかねないとして置いてきている。
精霊もどきに遭遇してさらに登る先にある魔石は、どんどんと質が上がっていく。けれど大目標である、村中を賄える水を生み出せるだけの魔法を刻める魔石と、下水などに使用できる浄化魔法を刻める魔石として使用できる、納得のいく魔石はまだ見つからない。なかなかに質のいい魔石が手に入るようになってきたため、アヴィのハードルが上がってきているのではと飛鳥は内心で思っていた。
あまり欲をかきすぎると碌なことにならなさそうだが。そうも思えど、実際本当にそれだけの質の魔石が必要となるのかもしれない。そのあたり、素人でしかない飛鳥がくちを挟めることもなく、とにかくアヴィの納得のいく魔石を探すことに専念し続ける。
……が。飛鳥の抱いた憂慮が杞憂に済まなかったのはそれからさほどせずのことだった。
ごうっという、大きな風を切る音。一瞬飛行機を思い浮かべた飛鳥ではあるが、ばさりと続いた大きな羽音に、瞬時にいやな予感が頭をよぎる。
頭上を、巨大な影が過ぎっていった。