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第一章 ⑦ ロニコムの長い一日

 全貌が未知数な上に、未だクリアした者すらいないという難易度が高そうなクエストを受けるのは、ゲーマーとしての血が騒ぐ思いもあるが、一人ではどうにもならない場面に直面する場合もある。

 ソロプレイなら、それでも自己責任の下で好き勝手やれるのだが、今回は戦力どころか足手まといのお荷物を抱えながら行かなければならないので、おそらく一人で挑むよりも難易度が上がると予想している。

 ゲーム内でクエストの失敗やHPが0になっても、死ぬことは無いが、手痛いデスペナルティや、できれば味わいたくないほどの痛みを味わうことになるので、なるべく避けたいところだ。

 そこで、フレンド同士でメッセージを飛ばせる機能を用いて、仕方なく助っ人を呼ぶことにした。


バレット>明日、空いてるか? ちょっとクエ手伝って欲しいんだが?

レトゥム>無理。多分、明日1日INログインできないだろうから

バレット>ok。他を当たるわ

レトゥム>GL


 大義名分があって、一番誘いやすい相手に一瞬で断られてしまった。

 しかし、現実で用があって来られないというのなら、仕方がない。

 ちなみに、GLというのは、グッドラックの略らしく、彼女は度々使うが、死神と呼ばれる彼女に言われると、幸運という意味がどういうものを指すのか不安になる。


バレット>今、大丈夫か?

エレノア>平気だよー。さっきクエ済ませてきたとこだから

バレット>明日クエ手伝って欲しいんだが、頼めるか?

エレノア>うん。今からでもいいけど、時間かかるヤーツ?

バレット>…未知数?

エレノア>なにそれ?

バレット>詳しくは、明日会ってから話す

エレノア>ふーん。まあ、楽しみにしているよ

エレノア>待ち合わせは、いつものとこで良い?

バレット>いや、ヘノチハで

エレノア>ハーイ。じゃあ、また明日ね



 翌日、先にプラナシカと合流してから、協力を得られた少女との待ち合わせ場所であるヘノチハの街に向かった。

「あ、やっと来た! 遅いぞ、バレット…ってあれ? その子は?」

「悪い悪い。こいつが、まだここまで跳べなくてさ。急いで、走ってきたんだ」

 俺たちを待っていたのは、菜の花のように明るい髪色をしてウィッチハットを被った魔法使いの少女だ。

 身の丈とそう変わらないほど大きくて立派な杖を持って、悠然と立ち尽くしている。

 同じ魔法使いのディオラと比べると、露出度もボリュームも少ないが、彼女よりも腕の立つプレイヤーだ。

 そして、俺がフレンド登録している数少ない女性プレイヤーの一人でもある。

「初めまして、プラナシカです。今日は、よろしくお願いします」

「あ、どうも。見ての通り、魔法使いのエレノアよ。今日はよろしく…ってそうじゃないでしょ」

「うん?」

「ちょっと…いいから来なさいよ」

 首を傾げるプラナシカを置いて、エレノアは俺を連れ出した。

「あんた、いつの間に彼女なんてできたの? それとも、弟子でも取った?」

 不審そうな表情を浮かべて問い詰める彼女の反応は、俺と関わりがある者なら、ある意味正しい反応だといえるだろう。

 それくらい、普段は誰も連れずに、一人で行動しているということだ。

 それが、見知らぬ女であれば、尚更である。

「他の奴にも、同じようなことを言われたぞ。でも、どっちも違う」

「ホントに? 別に隠さなくてもいいのよ?」

「ホントだって。今から理由を説明するから」

 これでは、同じクランのレトゥムに会ってしまったら、さらに苦労しそうで先が思いやられる。

 プラナシカの元へ戻り、3人集まってからクエストが示す場所へ向かいつつ、話を進める。

「へぇ~。じゃあ、その調教師の能力でペガサスを手に入れたくて、このゲーム始めたんだ」

「はい、そうなんです」

「でも、そんなの噂でしか聞いたことないよ。ホントに、このクエストクリアすれば、手に入るのかな?」

「そんなものは、やってみればわかるさ」

「でも、もし取れなかったら、プラな…なんだっけ?」

「プラナシカです。呼びにくければ、プラムって呼んでください。…良ければ、バレットさんも」

 時に、言葉には、素直に受け取ってはいけない社交辞令という面倒なものがある為、彼女の言葉通りに受け取って良いものか、その流し目に問い質したいところだ。

「ごめんね。じゃあ、そっちで。…それで、今回のクエストで調教師を取れなかったら、プラムちゃんは辞めちゃうの?」

「いえ、調教師を持っている人は確認できましたから、別の方法を探してみようと思います」

「はぁぁ…、純粋で眩しいねぇ…。うん、決めた。プラムちゃん。もしそうなったら、あたしも手伝うからね。あ、そだ。フレンド登録しとこっか」

「あっ、はい。是非、お願いします」

 和気藹々と女同士の親睦を深めるのは良いが、俺を挟んでやり取りするのは止めてくれないだろうか。

「でもさ、あたしはそのクエストまだ出てないけど、一緒にできるのかな?」

「それを試すことも含めて呼んだのさ。大抵のクエストは、一緒のパーティに入ってれば大丈夫だから、問題ないと思うけどな」

「それもそうか。とりあえず、パーティに招待しといてよ。あんた、ろくに組まないからすぐ忘れるんだもん」

「悪かったな」

 彼女の言い分は尤もだったので、すぐにメニューを開いて、エレノアをパーティに招待する。

 エレノアも慣れた手つきでそれを許諾すると、3つ目のHPゲージが表示された。

 1つのパーティにつき、最大5人までの編成となるが、頭数が増えるほど一人当たりの経験値所得量が減るので、多ければ多いほど、楽に倒せる分、数をこなさなくてはいけなくなる。

 また、5つのジョブがあるのに対して、最大5人編成なので、1つのジョブにつき一人いれば、バランスよく組むことができるということでもある。

「よしよし。そういえば、プラムちゃんみたいにゲームを始めてくれた子がいるのは嬉しいけど、最近またプレイヤーが減ってきた気がしない?」

「ゲームの世界で、怪談話か?」

「違う違う。怪談でも都市伝説でもなくて、単純にゲームを遊んでる人が減ったんじゃないかって話」

「ああ、それか」

 これまでにない真新しいゲームが出たとはいえ、3年近く経てば、それが当たり前になって、新鮮味が減るということだろう。

 実際に身体を動かすというのが逆に億劫に感じたり、ゲーム内容自体はMMORPGの煩わしい部分もあるので、そういう部分を受け入れられなければ、自然と離れてしまうのも仕方ない。

 一応、他にこれほど優れたゲームは新たに発売されていないが、それもまた数年もすれば、台頭してくる企業が現れても不思議ではないので、そうなれば、ますますプレイヤー人口が減ってしまう可能性は高い。

「アホほど人が溢れかえってた時期に比べれば、確実に減っただろう。でも、街を歩いてても、そこまで変化は感じなかったが、実感するほどか?」

「あんたは元々交友が少ないから、あんまり感じることも無いかもしれないけど、あたしの周りでもチラホラINしなくなっちゃった人いるし、クランメンバーの中でも同じこと言ってる人もいたからね」

「ゲームとは思えないくらいリアルな世界なのに、辞めちゃう人も多いんですか?」

「まあねー。あたしからすれば、確かに簡単に辞めちゃうのは勿体ないって思うよ。ハードも高かったからね」

「でも、3年もすれば、ゲーム発売当初は学生だった人も、社会に出て仕事に追われるようになって、帰ってきてからクエストっていうもう一仕事しなきゃいけないと考えると、段々INするのが億劫になったりするのも分かるし、単に現実が充実して、このゲームよりも面白いことを見つけたとか、人によって色々あると思うよ」

「結局、残ったのはゲーマーやゲーム好きの連中と、ロールプレイに勤しむ変わり者くらいだってことだろ」

「それは言い過ぎかもしれないけど、プラムちゃんみたいに新規が入ってくることは、ここ1年くらいの間だと、特に少ないからね」

「既に2年もの間プレイしている奴らがいると思うと、今から始めて追いつこうってのは、さすがにハードルが高すぎるからな。ちょっと躊躇ってしまう気持ちは、分からんでもない」

「ホントに? バレットは、その逆境すら跳ね除けてやろうって楽しむタイプじゃない?」

「まあ、そういう面もあるが、実際は大変だというのも体験していると言っておこう」

「プラムちゃんみたいに、ゲームの最前線で活躍しようと思うんじゃなくて、別の目的で来るとか、単にこの世界を楽しもうとか思う人じゃないと、もうなかなか入ってこないだろうね」

「世知辛い話だが、そうなるとプレイヤーは減る一方か。こんな面白いゲーム、他に無いんだから、俺は無くなって欲しくないけどな」

「あたしもだよ。バレットとも、会えなくなっちゃうし…ねぇ?」

「何だよ、その目は?」

「ううん。なーんでも」

 寂しいでしょ? とでも言いたげな視線は、揶揄われているようで、あまり好ましく思えなかった。

「ところで、エレノアさんはバレットさんとどういうご関係なんですか? 同じクランの方だったりするんでしょうか?」

「あー、違う違う。あたしはニュージェネレーションズの所属だし、こっちはヘキサクロスでしょ? でも、改めてどういう関係かと聞かれると困っちゃうね?」

「なんで、俺に振るんだよ」

 ちょっと照れた様子の流し目で見られると、ちょっとだけ彼女を女として意識させられてしまった。

「敢えていうなら、腐れ縁…かな? 初めて会ったのは、ゲームが発売されてちょっと経った時くらいだったけど、他の人よりよっぽどウマが合ってさ。それから、お互い手が足りない時に手を貸してもらってるって感じ」

「あの頃は、バレットがまだ物理耐性が高い相手に苦戦してて、魔法使いの戦力が欲しくて募集してたんだったよね?」

「ああ、あのゴーレムを倒すのに、普通の銃弾だと、効率が悪すぎてな」

「あの後、そのまましばらくパーティ組もうかって誘っても、俺は一人で良い…ってかっこつけちゃって、ホントにソロで戦って、常にあたしより上にいるんだもん。すごいを通り越して呆れちゃうよ」

「あたしがクランに入る時も、一緒に入ろうって誘ったけど、一蹴して結局別のクランに入っちゃったし」

「かと思えば、今日みたいに手を借りたいときは、遠慮なく呼び出してくるし…。こういう関係を何て言えばいいか、あたしにはよく分からないよ」

「戦友とか、そんなところじゃないか?」

「私としては、お二人の雰囲気とお話を聞く限り、まるでこの世界での幼馴染みみたいに思えますけど」

「そういう捉え方は、初めて聞いたぞ」

「あたしも。でも、幼馴染みか…」

 不意に見せた女の顔が、誰かの面影と重なった気がした。

「なんか、そんな話を前に聞いた覚えがあったな。ゲーム好きの幼馴染みの話」

「そうそう。なんか、FPSとかTPSとか、幼い頃からそういうガンアクションばっかりやってた男の子がいてね。あたしも、よくそれに付き合わされた」

「だから、銃を持ってる男の子に、親近感が湧くのかも」

「もし、昔の男を引きずって、俺に重ねているなら失礼な話だ」

「もう、そこまで言ってないでしょ~」

 じゃれてきた彼女から、肘で軽く小突かれる。

「やめろって」

「何よ~、いつものことじゃない」

 相変わらず、距離感が近いエレノアから離れようとすれば、自然と反対側を歩くプラナシカに近寄ることになってしまった。

「バ、バレットさん。そういえば、助っ人は一人だけで良かったんですか?」

 何を思ったのか、俺と腕を組んだ彼女は、平然と話そうとしながら、取り繕った表情をみるみるうちに赤く染めていく。

 歩く度に押し寄せられる膨よかな圧は心地良いが、注意力が散漫になる原因となってしまう。

「エレノアさんの腕を信用してないわけじゃないですけど、難易度の高いクエストなら、もっと人数がいた方が良かったんじゃないですか…?」

「あ、ああ…。まあ、その通りだが…それは、俺の人望が薄いことも関係するかな」

「あー、いえてる。あたしがもっと誘っても良かったけど、今回の件はちょっと誘いにくいかな~?」

「何でですか? 新しいジョブが増えるかもしれないなら、皆さん興味を持つと思うんですけど」

「いや…それは確かにそうなんだけど。プラムちゃんって、なんか…ねぇ?」

「わ、私が何ですか? 私、何か悪いことをしたんでしょうか?」

「いやいや、そうじゃなくて。なんか男慣れして無さそうだし、うちのクランも男ばっかだから、ぞろぞろむさ苦しい男が来たら、なんとなく嫌じゃない? きっと、じろじろ見られたり、ナンパされたりしそうだし」

「へっ? そ、そうですか? 確かに、中学から女子校育ちで、男の人とあまり関わることが無かったですけど…」

「ほらねー。男って、こういう純朴そうな子好きそうだし。だから、バレットも敢えて男は誘わなかったんじゃない?」

「さあ、どうだろうな」

「バレットさん…」

 さらに強くしがみついてくるプラナシカはともかく、今ばかりは頭の働く賢い女が嫌いになりそうだ。

「さっきから、仲良く腕組んじゃってさー。やっぱり、ホントは付き合ってるんじゃないの?」

「あーあ、これだから嫌だったんだ」

 女に限った話でもないが、異性といれば、すぐ色恋沙汰に結び付けて、余計な詮索をしてくる輩は多い。

 この手のゲームをどっぷりやっているような連中であれば、男女問わず恋人がいない者が多いこともあって、自分の先を越そうとした者に対して、嫉妬深く目くじらを立てるのだ。

 おかげさまで、まだクエストすら始まってないのに、エレノアを呼んだことを早くも後悔し、煩わし過ぎて既に帰りたい気持ちでいっぱいだ。

「何言ってんの。ほら、こうすれば…ホントは両手に花で嬉しいんでしょ?」

 調子づいたエレノアも、プラムの真似をしてもう片方の腕に絡みついてきた。

 彼女の場合、服の露出も一部激しいので、余計目のやり場に困る。

「あー、そうかもな」

「すみません、バレットさん。私のせいで…」

「いいのいいの、プラムちゃんはそんなこと気にしなくて。いつもの事だから」

「はぁ…、まあ謝る必要は無いわな。もう前金は貰っちまったし」

「前金? あんた、そんなの貰ってたの? …あれ、でも始めたばかりの子から一体何を?」

「あ、まさかあんた!?」

 彼女の鋭い指摘に、ギクぅっ! と心臓の音が跳ね上がった。

 これがバレたら、彼女であっても、もう金輪際近づいて来ないかもしれない。

「初心者だから、取る者が無いからって、リアルマネーを要求したんじゃないでしょうね? この子、ちょっとお金持ちの匂いもするし」

「あ、はは…」

「ち、違いますよ。現金は渡してません」

「じゃあ、他に一体何を…?」

「な、内緒です! 二人の秘密なんですっ!」

「ふ~ん…そういうことなら、これ以上の詮索は野暮かな。気にはなるけど、やめといたげる」

「でも、悪いようにはしないでよ。プラムちゃん、何かあったらすぐ相談してくれていいからね」

「あ、はい。わかりました~」

 悪名高く広まらずに済んだと思った矢先、見慣れた生き物を発見した。

「おい、あれ」

「あっ、ビサムサちゃんだ! …でも、なんでこんなところに?」

 ビサムサというのは、黄色い毛並みをしたムササビのマスコットキャラだ。

 現実でも広告で見かけるくらい、このゲームの宣伝隊長といえる活躍をしている。

 しかし、森の中でポツンと佇む姿は、確かに妙だ。

 マスコットキャラだけあって、本来見かけても街中くらいのものだが――、そう思ってたら渦中のムササビがこちらへやってきた。

「おっ、ちょうど良いところに。お願いだ! オイラを守ってくれ。モンスターに追われてるのだ!」

 相変わらず変な声だと思いながらも、彼の言葉で事態を察する。

「クエスト開始ってわけだな」

「ええ、いくわよ」

「え、ええっと、私はどうしたら?」

 すぐに事態を察したエレノアは、ふざけて組んでいた腕をほどき、臨戦態勢へ移るが、戦闘慣れしていないプラナシカは気が動転しているようだった。

「こいつを頼む。エレノアは、二人の近くで守っていてくれ」

「りょーかい!」

 プラナシカの手をほどくと、エレノアに二人を預け、四方八方から迫り来るモンスターに注意を向けた。

 少しは開けているところなので、深い森の中や狭い洞窟の中よりは視界がマシだが、逃げ道もなく囲まれてしまうのは、こういった特定の者を守りながら戦うクエストとしてはなかなか大変だ。

「ウガアォ!」

 真っ先に暗がりから姿を現した獣の額を狙い撃って仕留めるが、それを皮切りに次々と襲い掛かってきた。

「伏せろっ!」

「プラムちゃん!」

 咄嗟に行動できなかったプラナシカを押し倒して、回避行動を取らせたエレノアは、さすがと言ったところだ。

 偶に組むだけの間柄ではあるが、連携はそこそこ取れているといっても良いだろう。

 2丁のハンドガンで、周囲一帯を撃ち取ると、茂みから姿を現したモンスターたちがバッタバッタと倒れていく。

「こいつ、ワイズエイプじゃない。それに、ブルータルベアーまでいるわ!」

「やっぱり、ここいらで出るようなモンスターじゃないな。なるほど、少しは歯ごたえのありそうなクエストだ」

「あっち! あっちだ! あっちに逃げよう!」

 一丁前に指揮を取るビサムサに先導され、少しずつ移動しながら、その最中も襲い来る敵を排除する。

 獰猛な獣ばかりで、統率こそ取れていないが、ひっきりなしにやってくるので、手数がいくらあっても足りない。

「後ろは、任せるぞ」

「おっけー」

 森の中で火の魔法を使うと、こちらまで危なくなるので、魔法の使用は一部制限されてはいるが、彼女の扱える魔法はそれだけではない。

「マルチ・ロックブレイク!」

 頭ほどの大きさの岩をいくつも持ち上げて、相手に勢い良くぶつける土魔法は、見ているだけで物理的に痛そうだ。

 中でも、バッチリヘッドショットを決めると、グレイウルフは一撃で消沈する。

「俺も負けてられないな」

 残念ながら、どちらかというと不向きな状況ではあるが、周囲の敵を感知する事ができる索敵スキルと合わせて、モンスターに照準を合わせトリガーを引く。

 数こそ多いが、一体一体はそれほど強いモンスターではない。せいぜい、60~70レベル程度のものだ。

 これくらいなら、しっかり急所を打ち抜けば、ハンドガンの一発でも撃沈させられる。

 素早く照準を合わせられるのも、DEX(命中)をある程度振っているだけの甲斐があったというものだ。

「ガイアウォール!」

 後ろでは、後続を断つ為に土が壁のように大きく迫り出して、モンスターたちを仕留めたり、食い止めている。

「あ、あれだ! あいつがオイラを狙ってくるんだ!」

 頭上を指差したビサムサに倣って見上げてみれば、青空の中に赤い飛翔体が目に映った。

「おいおい、ありゃワイバーンか?」

「違うぞ、ドラゴンだ!!」

 ビサムサの訂正を聞いて、さらによく見ても、見覚えのない竜だった。

「ここに来て、新種かよ。こりゃあ、何が落ちるか楽しみだぜ」

 第一波の獣の群れが治まったかと思えば、今度はドラゴン退治だ。

 生憎、近接戦闘の者がいないパーティなので、飛翔できるドラゴンといえど、相手にとって不足はない。

「ここだと視界が悪い。一気に森を抜けるぞ!」

「おっけー!」

「分かりました!」

 ドラゴンの姿が見えた途端、襲い来るモンスターの数が目に見えて減ってきたこともあり、メサトナミの森を走り抜けると見晴らしのいい岩石地帯へ躍り出た。

「いくぜ、相棒」

 左手の銃に右手の銃を連結させるようにすれば、二つのハンドガンベレトは瞬時に1つのスナイパーライフルシャックスに姿を変える。

 それに合わせて追加されたスコープ越しに、ドラゴンの頭を見据えた。

「来るわよっ!」

「言われなくとも…っ!」

 大きな眼球でこちらを睨んだドラゴンが、一直線に向かって来た時、引き金を引いた。

 そして、銃声が聞こえるのと共に、醜い悲鳴が上がる。

「ゴォオワアァァッッ!」

 片眼を弾丸に貫かれた竜は、痛みを発して目標から逸れて地面に激突した。

 砂埃が立ち込める中から、血を垂れ流してさらに睨みを利かせると、大きく翼を広げて咆哮を上げる。

 すると、赤い身体の中でも、胸の辺りから色が変色して、頭の方へ続いていく。

「ブレスが来るぞっ! 離れろっ!」

「プラムちゃん、こっち!」

 ビサムサを片手で抱えるプラナシカを連れて遠ざかるエレノアとは反対に、俺はスナイパーライフルからハンドガンに戻した相棒と共に、竜の元へ回り込む。

 近づいてきた獲物を前に、大きく息を吐いて灼熱の炎を振り撒くドラゴンの攻撃を横へ躱す。

 相手も、それに合わせて首を振って、炎の向きを変えてくるが、それ以上の速さで駆け抜ければ、当たることは無い。

 ちょっとばかり、炎の熱が伝わって熱く感じる程度で済み、そのまま後ろに回り込んで反撃に移る。

「今度はこっちの番だ」

 2丁のハンドガンを左右から重ね合わせると、今度はミニガンヴァサゴに姿を変え、トリガーを引く間、高速で銃弾を飛ばし始める。

 命中精度は低いが、この中距離で的もデカければ、誰だって当てられる。

「ギャアァァオゥ!」

 翼を集中的に狙われた竜は、慌てて翼を動かし、風を起こして飛び立とうとしていたが、そうはさせない。

「エレノア、空に逃がすな!」

「分かってるっ! マルチ・ハードロック!!」

 土から形成された複数の大きな岩石が、飛ぼうとしている竜の頭上に飛来して、そのまま落下し、竜を地面に釘付ける。

「グオァォォアッッ!!」

「飛べない竜は、ただのトカゲだぜ」

 その間も、ミニガンで撃ち続けていたことで、ドラゴンの翼はボロ雑巾のように穴だらけになってしまう。

「グアッ、グオアァァッ!!」

 重たそうな大きな岩を力任せに押しのけて、その場から動こうとした竜の動きを見て、ミニガンを解除してハンドガンに戻してから、一度距離を取るために離れる。

 ドラゴンが大きく翼をはためかせ、地上から飛び立とうとしても、十分な風を起こせずに、その場から飛べなくなってしまった姿を遠目に見ていた。

「くくっ、無様だな」

 今度は、右手の銃に左手の銃を乗せれば、グレネードランチャーアガレスに変わる。

 ポンッ、ポンッ、ポンッと独特で軽快な音と共に、山成りになってグレネードが飛び出していく。

「ガイアウォール!」

 地を這う事しかできなくなり、オオトカゲと化したドラゴンの行く手を阻むように、土の壁で覆ってしまえば、逃げ場のなくなったドラゴンの周囲に散らばったグレネードが連続して爆発する。

「グオアアアァァアッッ!!」

 ドラゴンの断末魔とその姿が消えてなくなるのを確認すると、また2丁のハンドガンに戻して、彼女たちと合流する。

「やったわね」

「ナイスアシスト」

 お互いの健闘を称えて、ハイタッチを交わす。

「すごかったです…」

「すごいすごーい! お前ら、強いんだな!」

 何もしていなかった二人組は、ただただ茫然と賞賛を称えていた。

 システムもそれに倣うように、一連の流れで倒して消えてしまったモンスターたちのドロップ品と、経験値が分配されたことが表示される。

「経験値と素材もいっぱいです。私、また何もしてないのに、こんなに貰っちゃいました」

「ああ、いいのいいの。僧侶ってもんは、大抵そんなもんよ。よっぽど強い相手でもなければ、仕事が無いことも多いから」

「そうですか? そう言ってもらえると、ありがたいです」

「…変だな」

 ドロップ品に目を向けても、目ぼしいものが無かったのはともかく、まだ大事なアナウンスが来ていない。

「どしたの?」

「まだクエストが終わってないんだ」

「…じゃあ、まだ続いてるってことになるわね」

「ああ。でも、近くに敵の反応は無いぞ」

 索敵系のスキルは、狩人のジョブでないと入手できないので、魔法使いや僧侶である彼女たちにも伝えなければ、彼女たちは把握できない。

「それに、まだこいつも消えてない」

「ん? オイラのことか?」

 プラナシカに抱かれた腕の中で、ぬくぬくと寛いでいたビサムサに目を向けた。

「確かに、変ねぇ」

「ビサムサちゃん、何か知りませんか?」

 器用にも自分の胸の上に足を掛けて立ったビサムサに話しかけると、次のウェーブへの知らせが届いた。

「オイラを追って来ていた奴を退治してくれて、感謝するぞ。そんな強いキミたちに、ついでに頼まれて欲しいことがあるのだ」

「ついでって…かわいい顔して、簡単言ってくれるわね」

「さっきの奴の仲間が、この先のダンジョンにいっぱいいるのだ。でも、その奥にオイラの知り合いが捕まってるから、助けて欲しいのだ」

「相変わらず、のだのだうるせーな」

「まあまあ、お二人とも落ち着いて…」

 ビサムサの言動はともかく、大方次にやるべきことは分かった。

「もうここからは、情報が無いからな。気を付けろよ」

「分かってるって」

「気を付けます…」

 もはや、ふかふかだからって、少女の胸の上をベッドと勘違いしているのではないかと思うほど、定位置として落ち着き始めたビサムサの示す方向を頼りに岩石地帯を進んだ。

 モンスターに襲われることも無いまましばらく歩くと、彼が指し示すダンジョンであるイイヘコヤミ洞窟が見えてきた。

「ここなのだ!」

「もう、それは分かったよ。それにしても、こんなところにダンジョンがあっただなんて知ってたか?」

「ううん、初めて知った」

 もちろん知らないであろうプラナシカも、静かに首を横に振っていた。

「ところで、こいつはいつまで付いてくるんだ?」

「もうこうなったら、終わるまでいるんじゃない?」

「何でちょっと嫌そうなんですか? こんなにかわいいのに」

「はぁ~。オイラ、ふかふか、好きぃ~」

 一見相思相愛のようにも見えるが、彼らを見る二人の目は、厳しいものだった。

「別にかわいくないだろ」

「…なんか、中身がおっさん臭くて嫌。家にあるグッズも処分しようかな」

「そんなの、勿体ないですよ! 捨てちゃうくらいだったら、私の家に送ってください!」

「うーん、まあいいかなー」

 ちょっと現実の話までし始めた女性陣は置いといて、先に洞窟へ進み、中の様子を探る。

 未開の地であるダンジョンであれば、ある意味当たり前だが、中は真っ暗で静まり返っていて、奥から反応はあるものの、視覚を完全に塞がれ、感覚だけを頼りに戦うのは得策ではない。

 一度引き返して、話し込んでいる少女たちに話を通す。

「プラム。お前、フラッシュとか使える?」

「えっ? …あ、は、はい。使えますけど」

 何をそんなに驚いているのか分からないが、あまり必死に胸を抑えつけると、その中に拉げたビサムサが圧死してしまいそうだ。

 男であれば、最良の死かもしれないが、ビサムサはゲームのキャラクターなので、こいつにそれを当てはめるのはお門違いな気もする。

「なら、問題ない。中は真っ暗だからな。お前が頼みの綱になる」

「まあ、そりゃそうかー。あたし、暗いとこもそうだけど、狭いとこ苦手ぇー」

「魔法使いなら、みんなそうだろ? 距離を詰められやすいから、どうしても不利になりやすい。俺だって基本は、遠距離メインだぞ」

「でも、この面子じゃ、あんたが前に出るしかないじゃん?」

「そうだな。だから、後ろから不意打ちされないように、特に気を付けておけよ」

「ふーい」

 エレノアと潜入に関しての注意を話していても、近くに佇んでいたプラナシカはまだ呆けた様子をしていた。

「プラムって…、しかも…、私が…頼み、えへへ。頼ってくれてるってことだよね…?」

「おーい、涎垂らしてないで行くぞ」

「ひゃいっ! え、え? 涎なんて垂らしてましたか?」

「いや、冗談だけど、どうせ甘い物のことでも考えてたんだろ。スイーツ脳っぽいしな」

「あ、それ、ただの悪口ですぅ!」

「いいから、早くフラッシュ使ってくれよ。俺が先に進むから、その後ろにプラム、エレノアの順に続いてくれ」

「分かりました。じゃあ、いきますよ。フラッシュ!」

 ぼんやりとした明かりを放つ光球が頭上に浮かび上がると、彼女の移動に合わせて追従する。

「あぁ…そういえば、まだこんなもんか」

「スキルレベルによって、明かりが強くなるからね。まあ、十分でしょ」

「なんか、あんまり頼られてる気がしないんですけど…」

「そういうのは、もっとレベルを上げてから言ってくれよ」

「あはは…。まあ、仕方ないね。プラムちゃん、まだレベルそんなに高くないんでしょ?」

「それでも、ここ数日で一気に上がりましたから、もう30は超えてますよ」

「へぇ…。でも、あたしは70超えてるし、バレットはもっと上だからね」

「あぁ…そうでした」

 出会った当初に比べれば、随分マシにはなったが、初期からやっている古参に比べたら、まだまだひよっこに変わりはない。

「もう3年近くやってるのに、1か月も経たないうちに追い付かれたら、こっちの立つ瀬がないぜ」

「同じ苦労をしろとは言わないけど、やっぱり思う所はあたしもあるなぁ…」

 他愛もない話をしている余裕があったのも、入口付近くらいなもので、奥へ進む度に、わらわらとモンスターが現れてきた。

「次が来たぞ」

 珍しく明かりが差したことで、驚いて跳んできたピッグバットの群れと、それを統べるバットガイまで襲ってくる。

 先程現れたアグリーハイゴブリンくらいならまだしも、飛行型の敵はやはり照準が合わせづらい。

「ちっこいのはあたしがやるから、大物をお願い!」

「任せな」

「マルチ・ロックプレス!」

 エレノアの魔法によって何個も岩が対になって表れると、空中を飛び交うコウモリたちを次々に押し潰していった。

 土魔法ってのは、どうしてこうも物理寄りなのだろうか。これでは、魔法という概念に対して、疑問を覚えてしまうのも無理はない。

「グフフハハハ…」

「何笑ってんだよ」

 薄笑いを浮かべるコウモリ男の額を打ち抜いたつもりでも、マントを翻して闇に乗じると、瞬時に違う場所へ移動してしまう。

 これがなかなか厄介な特性だが、タネを分かっていれば、対処は容易い。

 転移した後、僅かだが硬直があり、その時は躱すことができないのだ。

 そして、飛ぶ場所にもある程度法則性があり、特によく出現する場所が、攻撃した者の真後ろだ。

「グハァッ!」

 つまり、2丁の銃を持つ俺は、一発目を撃つ時、既に真後ろへもう一つの銃を構えておけば、高確率でバットガイを仕留めることができる。

 本来、これをパーティで行う際には、攻撃する者の後ろで仲間が待機しておいて、転移してきたところを狙うように使われる。

 あとは、エレノアが仕留めそこなったピッグバットを打ち落としていけば、この一団も壊滅してしまう。

「これで終わり?」

「ああ、一旦な」

 跡形もなく消え去ったモンスターたちを尻目に、さらに足を進めた。

「よっと…」

 ダンジョンでは、整備された道なんてものはなく、時に道なき道を行くことになる。

 地下水が流れている小さな川の上を飛び越えると、後に続く二人を見守る。

「ひぇぇ…高いですぅ…」

「大丈夫? 怖い?」

 足場から足場にちょっと飛ぶくらいなものなのだが、下を見れば深さも分からない水流があるし、足場はあっても手すりや命綱なんてものもない。

 その足場だって、単なる岩でしかないので、安全など全く保障されていないのだから、一度恐怖を感じると、なかなか踏み出すのに勇気が必要になってしまう。

 怯えるプラムを心配して付き添いたいエレノアの気持ちに反して、足場の大きさから、二人同時に渡ることもできないので、為す術もない。

「大丈夫だよ。ほら、見てて。ひょいっと…ほら、簡単でしょ?」

 俺に続いて簡単にやってのけたことで、安心させようとしたみたいだが、一人になってしまった彼女は、余計不安そうだった。

「あわわわわ…」

「プラムちゃん。調教師のジョブ、取りに行くんでしょ? こんなところで、躓いてていいの?」

「はっ! そうでした」

 飴がダメなら鞭を与えるという発想が功を奏したようで、プラナシカの身体の震えも収まったようだ。

「そうそう、女は度胸! だよ」

「それをいうなら、愛嬌だと思うんだが…」

「しーっ。いいから、あんたは黙ってて」

「い、行きますっ!」

 余計なお世話は聞こえなかったようで、プラナシカは意を決して勢い良く飛び出した。

「わっ、とと…っ!」

 そんなに力まなくても飛べる距離だったので、勢い余ってつんのめってしまい、そのまま前に倒れこんできた。

「どんくさい奴だな」

「はうぅ…」

 ちょうど俺の元へ倒れてきたので、仕方なく抱き留めて支えてやると、顔が青ざめているどころか、赤くなっていた。

「大丈夫? プラムちゃん」

「あんまり大丈夫じゃないですぅ…」

 腕の中にすっぽり収まって、案外抱き心地は悪くなかったが、いつまでもそうしているわけにもいかず、彼女の身体を離すと、さらに奥へ進む。

 ダンジョンで出会うのは、モンスターばかりだが、時として、宝箱にも遭遇する。

 未開のダンジョンであれば、尚更残っている可能性は高い。

「トラップは平気?」

「ああ、大丈夫だ」

 罠の感知スキルも狩人のジョブスキルによるものしかないので、本当は自分が開けたい気持ちが山々であろうエレノアを差し置いて、俺が宝箱を開けた。

「んー。あんまり欲しい物は無いな。エレノア、これやるよ」

 パーティを組んでいる場合、宝箱を開けた者がアイテム分配をすることになるので、本来これは結構喧嘩になりやすいことでもあるが、きっちりジョブが分かれていれば、必要な者に必要な物を投げるだけで少しは穏便に済む。

「あ、MP上がる素材ね。でも、あんたもMPは使うんじゃなかったっけ?」

「いや、ほとんど使わないから別にいい。頻繁に使う魔法使いのエレノアの方が、優先度高いだろ?」

「じゃあ、お構いなく。で、この鞭は何なの?」

「調教師ってくらいだから、躾けるのに使うんじゃないか? お前のとこのクランの豚でも、躾けてやれよ」

「嫌よ。あと、豚って言わないの」

「へぇ…。クランでは、動物も飼えるんですか?」

「え? 違うわよ。こいつが言った豚ってのは、…まあ言わなくていいか」

「はぁ…?」

 純粋な少女に変なことを吹き込むことは躊躇われたようで、プラナシカの頭の中では、今も仲良くクランメンバーで豚の世話をしている絵が浮かんでいる事だろう。

 その後も、モンスターを駆逐しながら、アイテムを確保しつつ、いよいよ最深部へ辿り着いた。

「その先が、ボスみたいだな。気配が明らかに強いぞ」

「これで終われば良いんだけど…。調教師がどうなるか、ちゃんと教えなさいよね」

「分かってるって。嘘を吐くつもりも無いから」

 トラップが無いことを確認しながら、分厚くて人の倍以上ある大きさの扉を開けると、小さな物音がする空洞に出た。

 警戒しながら足を踏み入れると、吊り下げられた傘の付きのランタンに明かりが灯り、部屋の中を明るく照らす。

「グオオォアアアァァァッッ!」

 バタンと自動的に閉まった扉と共に、家主が咆哮を上げた。

 その威圧感も然ることながら、空洞内に反響した咆哮は、耳を通じて全神経に緊張感をもたらす。

「またドラゴンか」

 部屋の主は、どうやらこの青い竜らしい。他のモンスターの姿もなければ、気配も感じられなかった。

「見て、後ろっ!」

 すぐさま火球を吐いて攻撃してくるドラゴンの側面に回り込み、エレノアの指し示した物を見た。

 鎖だ。

 ヤツの脚を縛るように括りつけられた鎖が、奥の檻に繋がっていて、そのまま地面に複数のペグで固定されている。

 檻があるということは、この先に助けを待っているビサムサの知り合いとやらも、待っている事だろう。

 上を見上げれば、明かりの先が暗くなっているのでかなり見にくいが、ドラゴンに対して天井も高くなく、空を飛べるほどの空間は無い。

「こいつ、大して動けないみたいよ」

「ああ、そのようだ。どういう仕様かは分からないが、ともかく鎖を壊さないようにだけ注意しろ」

「おっけー」

 ただでさえ、ドラゴンから十分な距離を取れるほどの広さが無いこの空間内では、逃げ道も閉ざされているので、鎖が壊れて自由に動き回られると厄介なことこの上ない。

「プラムは、自分の身を守ることに専念してろ」

「分かりました!」

 ドラゴンの両側をそれぞれ俺とエレノアが陣取ると、相手の狙いがどちらかに向かえば、自然ともう片方にチャンスが訪れる。

「グォオォッ…」

「ガイアウォール!」

 大きく息を吸い込んで、炎袋の色を変えさせた予兆を読み取り、ドラゴンが炎を吐く寸前で、ヤツの頭の前に土壁を迫り出した。

 おかげで、自ら吐いた炎で顔が包まれることになり、攻撃をやめて首を振ることで炎を散らした。

 炎に耐性がある故に、あまり効いていないようだったが、時間を稼げれば十分だ。

 彼女が気を惹いている間に、行動範囲が限られた竜の元へ、グレネードをお見舞いする。

 逆側を向いていても、迫り来る尻尾は厄介だったが、切り落とせるような者もパーティにいないので、今は躱すしかない。

「グアアアァァッッ!!」

 次々に爆ぜるグレネードの爆発音に混じって、ドラゴンの悲痛な叫びがこだまする。

 爆発の煙から顔を出したドラゴンは、確かにダメージを負って、その強固な鱗が剥がれてしまっていた。

「ギシャアアアアァッッッ!!」

 痛みによって、さらに激怒したドラゴンは、動きが活発化し、攻撃も激しくなっていく。

「きゃぁっ!」

「ちっ…!」

 こちらの戦術としては、そう難しいことをしているわけではないが、適時対処して攻撃し続けるにしても、相手の体力が多い分、それを削りきるまでに時間が掛かるので、何度も繰り返さなければならない。

 しかも、土壁でブレスを防げればいいものの、そうでなければ、狭い部屋全体をカバーできるほど火力があるので、時に逃げ場のなくなったプラナシカを担いで避難させる必要もあった。

 足手まといはこれだから嫌だと思うものの、こいつがやられてしまえば、またクエストを最初からやり直す必要が出てきそうなので、背に腹は代えられない。

 それほど広くなく、閉鎖的な空間である故に、壁を利用して跳躍すれば、ある程度素早く移動はできる。

 彼女を担いでいても、片手は空いているので、ドラゴンの頭目掛けてハンドガンを使って発砲する。

「サウザンド・エッジ!」

 比較的安全だったエレノアは、更なる魔法を唱えて、ドラゴンに無数の岩の杭を突き立てる。

「グギャアオォゥ!」

 本来なら、固い鱗で防がれた可能性もあるが、散々剥がされてしまった今では、肉に突き刺さって、随分と痛そうな悲鳴を上げていた。

「このまま押し切るぞ」

 ドラゴンが怯んだ間に、プラナシカを下ろして、グレネードランチャーへ変形させると、再び爆撃を開始する。

 気の抜けるような発砲音はともかく、ろくに逃げられない相手には効果的な面での攻撃だ。

「グギャオァアァオォォァッッ!」

 もはや、ボロボロに成り果てた竜は最後の断末魔を上げた――かと思われたが、眩い光が降り注ぐと、ドラゴンが息を吹き返したかのように復活し、鱗も元通りに戻ってしまった。

「なにっ!?」

「どうなってるのよ、これ」

 考えられる理由としては、いくつかある。

 規定回数倒さねばならないとか、ある条件を満たして倒すとか、そもそも…倒せない相手という可能性も。

 そういえば、結局あの鎖は何だったんだ。

 グレネードに巻き込まれても、傷一つなかったし、結局復活するまで壊れる様子も無く、激怒したドラゴンが鎖を解いて縦横無尽に動き回るわけでもなかった。

 もしかしたら、何かを重要なことを見落としているのかもしれない。

「…っ! エレノア、あいつの後ろに向かって撃て、サーマル・テンペスタだ!」

「おっけー!! いくよ、サーマル・テンペスタぁ!!」

 俺がドラゴンの気を引いてるうちに、エレノアが高火力炎魔法を放った。

「きゃぁっっ!!」

 杖から一直線に太い柱となって繰り出された炎は、ドラゴンの尻尾に当たって爆発を起こす。

 ドラゴンの尻尾はもちろん、後ろ脚やそこに繋がれた鎖、檻の格子すら破壊し尽くす威力だった。

 爆風からプラナシカを守り、ドラゴンの元へ振り返ると、やはりというべきか、鎖も檻の格子も壊れていなかった。

 ドラゴンには焼けた跡が残っているし、鉄を溶かせるだけの温度を持った攻撃だったのは間違いないのに、この結果がもたらされたということは、ここに何か意味がある。

「むきゅぅ…」

 こんな時でも、いやこんな時だからこそ、彼女に抱えられていたビサムサを見て、何かが引っ掛かった。

 こいつは、ここへ来るとき、何て言っていた? 俺たちは、ここへ何しにやってきたんだ――。

 そう考えを改めた時、世界が変わって見えた。

 だが、この仮説通りだとしても、俄かには信じがたいことだ。

 しかし、これをクリアして、調教師が手に入るというのなら、まだ理解できる要素もある。

「プラム、明かりをつけてくれ。フラッシュだ」

「は、はい!」

 思い返せば、不審なことに、この部屋だけ明かりがついていた。

 ボス部屋だから、という考えで勝手に納得していたが、それは俺たちが勝手に思い込んでいただけだ。

「フラッシュ!」

「もっと上だ。明かりの上を照らしてくれ!」

 俺の指示の下、光球が備え付けられていた傘の付いたランタンの上へ行くと、天井のひび割れまでさらにはっきり見えるようになった。

「どこだ…どこだ…?」

 部屋の入口である扉の方から、ドラゴンのいる真上を通り、さらに奥の行き止まりである檻まで照らすと、不自然な穴が目についた。

「あれかっ!」

 ビサムサを抱えたプラナシカを抱いて、ドラゴンの攻撃を避けながら、檻の真上を目指す。

「ビサムサ、あの穴に入れるか?」

「まっかせろーい!」

「よし。それなら、今から入れるから、あのペグを外してくれ」

「待ってたのだー!」

 戦闘中、急に黙りこくったと思ったら、余計なヒントを与えない為だったようだ。

「どういうことですか?」

「いいから、お前は俺に掴まってろ」

「はいっ!」

 図らずしもお姫様抱っこをする形になってしまったので、プラナシカはそのまま首へ手を回して抱き着いてきた。

 代わりに預かったビサムサを片手で握り締めると、檻に面した壁の上に、拳一つほどの小さな穴が開いており、そこへぐりぐりねじ込んだ。

「イテテっ、もっと優しくして欲しいのだ…」

「いいから、早くいけ」

 女の子からの優しい扱いから転じて、男の荒っぽい扱いを受けたビサムサは文句を言いながら、さらに奥へ進んでいく。

「エレノア! 無理に攻撃しなくていいから、なるべく防いでくれ」

「りょーかーい! そういうことなら、ガイアウォール!」

 元気よく返事を知った彼女は、再び土壁を迫り出して、竜の周りを覆った。

「ほら、見てみろ」

 檻の中へ落ちてきたビサムサを指差してみれば、どこからか持ってきたバールのようなものを持って、テコの原理を利用しながらペグを一つずつ抜いていく。

「でも、そんなことしたら、このドラゴンが…」

「それでいいんだろ、多分な」

 彼女の心配は尤もだが、先入観に囚われてしまって攻略が不十分だった原因でもある。

「これで、おーわりっと」

「ンゴゥウアアアァァァッッッッッ!!!」

 ドラゴンを縛っていた鎖を打ち付けてあったペグを7本全て抜き取ると、自由を得た竜は今までにないほど大きな咆哮を上げた。

 そして、そのまま自由を掴んだ足で、俺たちに目もくれず、一目散に真っ直ぐ扉へ向かうと、そのまま扉を押し開いて部屋を出てしまった。

「これで、良かったんですか…?」

 ボスがいなくなり、先程までの喧騒が嘘のように静かになった部屋に彼女を下ろすと、ビサムサの元へ向かう。

 檻の中にいるビサムサは、格子が細かくて出るに出られないように見えたが、その顔は晴れやかなものだった。

「捕まってたオイラの知り合いを助けてくれて、ありがとなのだ!」

 ムササビとドラゴンが知り合いというのは腑に落ちないが、似ている点が無いわけでもない。

 そして、彼の言う通り、このダンジョンで捕まっていたのは、あの青いドラゴンだけだった。

 それに気付いてしまえば、他の不審な点も同時に浮き彫りになる。

 鎖や7本のペグで、ドラゴンの力を抑えて行動を阻むことができるものなのか。なぜ、ビサムサがいつまでも付いてくるのか。

 そして、調教師というジョブの響きから、ただモンスターを倒すだけでは終わらないのではないかという連想。

 その全てが繋がり、今の結果をもたらしたのだ。

「あっ…」

 本当の意味で用が済んだことで、ビサムサも他のモンスターと同じように姿を消していく。

「ふかふかも、ぐりぐりも、ありがとうなのだ! またどこかで会う日を、楽しみにしてるのだ!」

 最後には言いたいことだけ言って、消え去ってしまった。

 そして、それと同時に、クエストクリアの報告と、報酬やドロップ品の一覧も表示される。

「行っちゃった…」

「名前くらい覚えろよ」

「あたし、何も言われてないんだけど」

 それぞれが思い思いに口走る中、報酬として新たなジョブが追加されたと明記されていた。

「あ、調教師取ったわ」

「え? 嘘っ! マジぃ!? 見して見して!」

「あっ、私もです! ちゃんと調教師取れましたぁ!」

「えぇっ! うそぉっ! あたし取れてないんだけどぉ!?」

 歓喜の声と悲観する声は、空虚となった洞窟内に響き渡った。

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