第一章 ④ 調教師(テイマー)の条件
アラジンの犠牲もあり、調教師の存在は確認できた。
ならば、次にやるべきことは、例のクエストを発生させる為の条件を満たすことだ。
しかし、これが結構難儀な条件で、俺たち――いや、特に俺を苦しめることになる。
1,動物と50回以上触れ合う。
2,敵モンスターを殺さずに、わざと100体以上見逃す。
3,自分よりレベルが低いパーティメンバーのレベルを、10以上上げる。
この3つの条件を満たせば、ロニコムの長い一日のエクストラクエストが発生するらしい。
「どれから、やっていくんですか?」
「まずは、手近なところで、動物との触れ合い回数を稼ぐとするか。それなら、この街にも犬や猫がいるし、街中をあちこち歩きながらやれば、そのうち終わるだろう」
「そうですね。じゃあ、早速行きましょう!」
しかし、これが一番簡単なようで、俺を参らせた難関だった。
「あ~、かわいい~! よしよし、かわいいね~」
「……」
楽しそうに猫を愛でる少女を、俺は死んだ魚のような目で見ていた。
彼女と合流してから、動物との触れ合い回数を稼ぐため、二人で街中の犬猫を相手に触りながら、ぶらぶらと歩き回っていたのだが、正直どちらも好きではなく、できれば触りたくもない俺からすれば苦行を強いられていた。
「ふぅ…。こんなことを、あと何回続けねばならんのだ…?」
鋭い目つきでこちらを見る猫の背中をおっかなびっくり撫でて、引っ掻かれなかったことに安堵しつつ、すぐに離れた。
「何言ってるんですか、まだ始めたばかりですよ? それに、このゲームの中でも、本物そっくりのワンちゃんや猫ちゃんと触れ合えるだなんて、幸せじゃないですか」
確かに、彼女の様子を見る限り、幸せそのものといった表情や雰囲気は感じられる。
ならば、俺の分までやって欲しいものだが、残念ながら代わりに行ったところで、特に意味は無いだろう。
「そうかー? どうせだったら、俺は美少女に擬人化した猫耳娘とかの方が、よっぽどもふもふしたいけどなぁ」
「えぇ…? それはちょっと…違うんじゃないですか?」
奇怪な者を見る目で訴えかける視線は、人に変態の烙印を押して、ドン引きしているのがわかる。
しかし、それならば、動物相手に隙だらけな自分の所為で、フラストレーションの溜まるこちらの身にもなってほしいものだ。
「もふもふするのは、一緒だろ? …ぐへへ。お前の乳も、もふもふしてやろうかぁ?」
「きゃあっ、やめて下さいよぉ」
「へへへ…、試しに猫耳くらい着けてみろ~」
「あ、それはちょっと興味あります」
プラナシカを揶揄って少しは心の平穏を保ちつつ、数をこなしていったが、慣れないものは慣れないし、苦痛であることに変わりは無かった。
猫は目が怖くて、引っ搔かれそうだし。犬は突然吠えてきそうだし、噛みついてくるのではないかと、不安になる。
モンスターと対峙する時は、別段怖く思うことなど大してないのに、ある意味リアルであるからこそ、現実でのトラウマが尾を引いているように思える。
しかし、これも新たな調教師のジョブの為と思い、意気揚々と街中を歩き回る彼女について行った。
「大丈夫ですか?」
しばらく続けているうちに、俺の様子を見かねたプラナシカが心配して声を掛けてきた。
「ああ、平気へいき…。でも、ちょっと休憩していいか?」
「はい、それはかまいませんけど」
近くにあったカフェへ避難すると、空いていたテラス席に座る。
対面に座った彼女は、俺とは一転して元気そうだったので、余計溜め息が出た。
「プラナシカも何か飲むか? これくらいなら、奢ってやるぞ」
「あの…それは有難いんですけど、また身体で払えって言いませんか?」
こいつは、何かとつけて俺がそんなことを言うと思っているのだろうか。
自業自得の節もあるが、せっかく気を回してやったのに、こんな言われ様では、もう次の気まぐれを起こすことは無いだろう。
「こんなことで言わねーよ。それとも、お前の身体はお茶の一杯で買えるほど、そんなに安いものなのか?」
「違いますよ。でも、それなら、お言葉に甘えさせてもらいますね」
「うーん、どれにしよっかなー? これもいいし、これも食べたいし…迷っちゃうな~」
笑顔を浮かべた彼女から疑心を抱いていた影が無くなると、一転して楽しそうにメニューを眺めていた。
最初からそういう態度を取れば、こっちも気分が良かったのに、散々疲れてこれでは余計気が滅入ってしまいそうだ。
ガラにもないことをするものじゃないと、自分を戒める。
「じゃあ、このフルーツタルトとマカロン、それとピーチティーをお願いしていいですか?」
じっくりと吟味して注文を決めた彼女から、次々にオーダーを聞かされる。
「あー、はいはい」
忘れてしまわないうちに店員を呼んで、彼女の分まで注文した。
注文した者の所持金からオーダー分の金額が引かれるので、そうしないと、奢るという行為が成立しないからだ。
すぐに注文した物が運ばれてくると、彼女は幸せそうに次々と口へ運んでいく。
「んぅ~! 美味しいですぅ。しかも、いくら食べても太らないなんて、夢みたいです。んふふっ、VR最高ぅ~」
なんとも食いしん坊万歳なコメントを貰ってしまうと、彼女のリアルな姿をなんとなく想像できた。
元々、ゲームの初期設定をする時に、実際の身体そっくりのアバターが作られるので、見た目はそれほど今見ているものと変わらないだろうが、現実では甘い物を食べたくても、ある程度抑制しているのだろうことは窺える。
そして、彼女の言う通り、現実と相違ない味がする食べ物をいくら食べても、現実の身体が太ることは無い。実際には、ゲーム内にいる自分の分身であるアバターが食べているだけだからだ。
食べた気はするのに太らないというのは、特に多くの女性ユーザーから支持を得ている。これは、完全没入型VRゲームならではの大きな利点だ。
「おい、見ろよ。ランカー様が狩りもしないで、いいご身分だぜ」
「違うだろ? きっと、女をハンティングしてんだよ」
「ハハハハハッッ!!」
偶々通りがかった見知らぬ男たちが、俺の姿を見つけて、こちらにも聞こえるように冷やかしの目を向けてきた。
年配のプレイヤーから聞いた話では、昔のオンラインゲームでも、女性比率が著しく低かった為、女とつるんでいる輩には、大概妬みの込もった罵声が浴びせられたものだと言っていた。
彼らを見る限り、そう歳を重ねていないような年代に見えるが、時代と共に技術は進歩しても、今も昔も人間は大して変わっていないというのが窺える。
「そんなわけねーだろ。僻みはいいから、さっさと狩りに行ったらどうだ?」
「ひえっ、おっかねえー」
「はーあ、行こ行こ」
大人の対応であしらうと、彼らは悪態を吐きながら、そのまま行ってしまった。
足も止めなかったことから、おそらく何かのクエストへ向かう途中だったのだろう。
「全く、ろくでもない奴らだな。用も無いなら、声も掛けるなよ」
「……」
だが、言われてみれば、特に今日していたことは、客観的に見るとデートみたいにも見えてしまっても、不思議ではない。
そう思い返していれば、目の前の少女も同じことを考えていたのか、フォークを口に咥えたまま顔を赤く染めていた。
「食わないなら、俺が貰うぞ」
「…食べます」
それでも、しっかり完食した彼女はともかく、気づけばもう夕食時の時間だったので、連絡を取り合えるようにフレンド登録をしてから、一旦お互いにログアウトして、再集合することになった。