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第一章 ② 情報収集

「それで、今度はどこへ向かってるんですか?」

「あそこさ」

 すっかり恐怖心や緊張感を切らして、さり気なく隣に並んで歩いていた彼女に、怪しげな雰囲気を醸し出す『魔女の住処サバト』と看板の掲げられた小屋を示す。

「ひぇっ! こ、ここですか…?」

「蛇の道は蛇ってな。情報を探すなら、情報屋に聞くのが手っ取り早い。…高くつくがな」

 店の外観とは裏腹に、扉を開けば先程のカフェと同じように、カランカランと能天気な音が鳴る。

 しかし、その場違いな音とはかけ離れた装飾の施された店内は、店主の趣味が随分反映されている事だろう。

 煌びやかな物もあれば、魔女の住処という名に恥じぬ曰くや呪いの付いていそうな怪しげな物まで、見境なく置かれていた。

「あら、いらっしゃい。珍しいわね、バレットが女の子を連れてくるなんて。初めてじゃないかしら」

「余計な詮索はよせ。どうせ、お前の考えてるような関係じゃない」

 出迎えた色っぽい店主は、相変わらず魔女というより娼婦のような扇情的な恰好をしている。

 でかい乳は放り出して谷間を見せびらかしているし、ここが情報屋ではなくキャバクラなどと間違えられるのも無理はない。

「へぇ…? で、そちらのかわいいお嬢さんは?」

「あ、初めまして。プラナシカです」

 俺から情報を得られないと察した店主は、すぐさま矛先を変えて、情報を盗み出した。

「おい、こいつと迂闊にしゃべるな」

「え? 何でですか?」

「ふふ~ん。バレットが誑かした女の子の名前は、プラナシカちゃんっていうのね~。これは、高く売れそうだわ」

「ほらな。こういうことだ」

 一体誰がそんな情報を買うのかと不思議に思う傍らで、店主は面白がって微笑んでいる。

 グラマラスなスタイルや綺麗系の外見をしているので、黙っていれば良い女なのだが、このように男を揶揄ったり弄ぶ節がある所為で、素直に好きにはなれない。

 一方で、情報屋としては優秀だ。プレイヤーの多くが男なので、こういう女に騙されて、根掘り葉掘り情報を抜き取られる姿は、想像が容易い。

 それでも懲りずに足繫く通う男共も多く、きっと彼らもこの魅惑的な店主を一度は抱いてみたいものだと思っていることだろう。

「それで、今日はどんな情報がお望みだい? 人気のデートスポット、それとも二人の愛の巣?」

「で、デートスポットはまだしも、愛の巣って……ふわぁぁぁ」

 妄想が捗って、顔を真っ赤にしてしまった純情な少女は放っておいて、本題を切り出した。

「ロニコムの長い一日ってクエストと、隠しジョブって噂の調教師についての情報をくれ」

「あぁ、それね。それより、女の子に連れない態度を取るのは、直した方が良いんじゃないのかい? そんなんじゃ彼女も…って、もうそこにいるのか」

「お前が、女の子って歳かよ…」

 彼女の実年齢は知らないが、プラナシカと違って、もっと大人びた風貌をしているので、とても十代の少女とは思えなかった。

 しかし、そんな小さな独り言すら聞き耳を立てた情報屋は、目ざとく追及してくる。

「何か言ったかい?」

「いや、今日も良い眺めだなって」

「そう。まあ、いいわ。そこ座って」

 話が長くなりそうだと察した店主から、狭い店内で幅を取るソファに座るように促され、プラナシカと並んで座る。

 カウンターから出てきて、テーブルを挟んだ対面のソファに移動した彼女は、小さく溜め息を吐きながら腰掛けた。

「それで、調教師の件だったね。最初に言っておくけど、そんなものが分かっていれば、今頃あんたを含めた上位ランカーがこぞって取っているはずさね」

「確かにな」

 彼女の言う通り、調教師が本当に存在するならば、上にいる者ほど躍起になって取りに向かうはずだ。

 それだけ、第6のジョブというものの存在は大きい。

「だから、あたいが知ってる情報も不確実なものが多くて、売り物になりそうなものはそう多くないよ」

「とは言ってもな。こっちも、持ってる情報が乏しいんだ。とりあえず、関係しそうなものはありったけ欲しいところだ」

「まあ、そういうなら…いつも贔屓にしてくれてるバレットの為に、ちょっとだけサービスしてあげようかね」

 彼女はニヤリと不敵な微笑みを浮かべると、深いスリットの入った脚を組み直した。

「まず、確かな話からしておこうか。ロニコムの長い一日ってクエストは、おそらくあんたも察っている通りエクストラクエストだ。発生条件も把握してる」

「ほう…」

 このゲームには、大きく分けて三種類のクエストがある。

 それが、通常のクエストとエクストラクエスト、そしてクランクエストだ。

 クランクエストは、その名の通りクランに発注されるクエストの事で、主にクラン自体のレベルや定員の上限解放、クランハウスに置ける家具などが報酬になっている。

 ただ、こちらはパーティを組む際、クランメンバーのみに限定されており、部外者は同行できない縛りがある。

 通常のクエストは、メニュー内の『クエスト』タブに表示されて、いつでも受けられるものの事だ。

 同時にいくつも受けられるし、プレイヤーのレベルなどに合わせてクエストが寄せられるため、他の人とはクエスト内容が被らないこともある。

 しかも、このゲームでは自動生成型といわれるシステムによってクエストが発生する為、通常のクエストであっても、いつまでもあるとは限らないものもあり、毎日のように入れ替わっている事もある。

 そして、エクストラクエストは特定の条件を満たすことで発生するものや、メニューからではなく、直接NPCからクエストを依頼されて受注するタイプのもので、通常のクエストとは分けて表示される。

「ただ、そのクエストをクリアしたって報告が一向に無いのさ。だから、調教師が取れるかは未知数さね」

「そういうわけで、そのクエストに関していえば、売れるような情報って言ったら、その発生条件と失敗した奴らから聞いた敵の出現情報くらいだね」

「わかった。どっちの情報も貰うとしよう」

「毎度どうも。で、調教師についての話だけど、そっちはちょっと気になる男がいてね」

 アンニュイな雰囲気を漂わせて、意味深な言い方をされると、違った意味に聞こえてくる。

「ん? お前の性癖に見合った彼氏探しに、付き合うつもりは無いぞ」

「へぇ。それは、あんたがあたいの彼氏として立候補するって意味かい?」

 売り言葉に買い言葉とはこの事で、先程の雰囲気が嘘のように食って掛かってきた。

 挑発してくる彼女のような魅惑的な女をものにすれば、良い意味で毎日の生活が爛れていくのは間違いないだろうが、そう簡単にいくはずもない。

「はんっ、立候補したところであしらわれるだけだろ。お前みたいな女が、俺なんかで満足するようには思えないからな」

「あの…お二人って、仲悪いんですか?」

 静かに話を聞いていたプラナシカが、言い合いになってきた様子を見かねて割り込んできた。

 しかし、そんな心配を他所に、店主は明るく声を掛ける。

「ふふっ、仲が悪いってことは無いよ。あたいは、これでもバレットのことは気に入ってるし、イイお得意様だからね。こういう軽口を言い合うのも、いつもの事さね」

「そういう事だ、気にしなくていい。…話が脱線したな、続けてくれ」

 同じ古参であるディオラとは、付き合いも長ければ、話を交える機会も増える。

 主に情報屋として活動する彼女に代わり、クエストへ赴いて新たな情報を仕入れたり、店に飾る内装が欲しいからと素材集めやクエストを手伝わされた覚えもある。

「あんたたち、魔法のランプを使うプレイヤーの話は聞いたことあるかい?」

「ああ、会ったことは無いが、聞いたことはある」

「私は知らないです」

「プラナシカちゃんも、アラジンと魔法のランプって話は知ってるだろ? 要は、あのままさ」

「ランプを擦ると、魔神が出てきて、願い事を叶えてくれるって話ですよね? 昔、観た覚えがあります」

「あいつ、確か名前もそのまんまアラジンじゃなかったか?」

「そうそう。そのアラジンは、武器として魔法のランプを持ってて、ランプから魔人を呼び出して戦ってるって話さね。まあ、願いを叶えてくれるってわけじゃないみたいだけど」

「俺の聞いた話だと、そいつは魔法使い扱いだと思ったんだが…」

「そう、そこなのよ。あたいが聞いた限りでもその通りだけど、実際にジョブを確かめたって話も聞いたことがないのよね」

「…なるほど、ホラ吹きの可能性があるってことか」

 通常、Π(パイ)の字を書くようにしてメニューを開いても、その画面は開いたプレイヤーにしか可視化されておらず、他のプレイヤーがメニューを開いていても、空を描くように操作している異様な姿を見るだけになる。

 一時的に、あるいは限定的に他のプレイヤーに見せる設定もあるので、それを用いれば自分のステータスを晒す事もできるが、おいそれとするようなものでもない。

 同じクランやパーティを組んで、お互いの情報をより正確に知って、戦術や陣形を立てる為に用いる程度だ。

 ステータス以外のもっと手軽な面でいえば、挑もうとしているクエストの内容を口頭で伝えずに、パーティの仲間たちにも一緒に見てもらうなどという用途もある。

「現状、調教師のジョブを持っている可能性が一番高いのは、この男なのさ。今では、手乗りサイズの猿も連れている姿を見たって聞くし、クエストに挑む前に、まずは彼から情報を聞き出してみる方が先決じゃないかい?」

「確かに。悪くない考えだ」

「調教師の能力なんかも、不確かな情報ばかりだからね。大抵、別のゲームの知識だったり、名前から想像したイメージでしかないからさ。勝手なもんだよ、ホント」

「それなら、そいつの情報もくれ」

「はいよ。じゃあ、まずはクエストの条件からかね」

「ああ、順に頼む」

 ディオラから必要な情報を得て、頭の中にメモしていく。

 特にクエストの発生条件は、思いもよらなかったものだったので、彼女に聞かなければ、俺には一生縁が無かっただろう。

 一通り話を聞き終わると、彼女に提示されただけの額を支払った。

 彼女曰く、「大した情報じゃないから、安くしとくよ」ということだったが、それなら万単位での請求はやめて欲しいものだ。

 情報を貰ってしまった手前、もう引き下がるわけにもいかないので、仕方なく支払ったが、予想通り高くついた。この分は、後でプラナシカにきっちり取り立ててやるとしよう。

「毎度あり~」

「じゃあな、ディオラ。せいぜい、顧客に襲われないようにな」

 メニューを閉じて、早々に店を後にしようとした――が、魔女の手は獲物を逃がしてはくれなかった。

「あ、ちょっと待ちな。バレット、あんたにはもう少しだけ話があるんだよ」

「あの…じゃあ、私は先に出てますね」

「あー、悪いね、気を遣わせちゃって。すぐ済むから、もっといい男でも探して待ってておくれ」

「あはは…。ありがとうございましたー」

 完全に邪魔だから出てけと目で訴えかけていた相手にも、律儀にお礼を言ってから出ていく様を見送り、いつものように二人きりになった店内で、店主に目を向ける。

「それにしても、一体どういう風の吹き回しだい? あんたがお守だなんて。まさか、本当にあの子に惚れてるわけでもないんだろう?」

 窓の外でチラチラとこちらを窺う少女の姿を見ながら、余計なお世話を焼くディオラは、いつもに増してしつこい。

「違うって言ってるだろ、何度も言わせるな」

「ふ~ん。それにしては、珍しいことをするもんだね」

「こっちにも、ちょっと事情があるんだよ」

「へぇ…。そいつは気になるねぇ。そのちょっとした事情ってのを、売る気はないかい?」

「無いね。さっきの金額の倍積まれても、教える気はない」

「そう、それは残念。でも、そうなると、お姉さん余計気になっちゃうんだけど」

 何と言われようと、こればかりは、どんな金にも代えがたい。

 教えたが最後、根掘り葉掘り聞かれるどころか、軽蔑の眼差しで見られて、今後入店拒否される可能性すらある。

「…話ってのは、そんなことか? だったら、もう行くぞ」

「あーもう、待ちなって。そう慌てなさんな。早漏でせっかちな男は、女に嫌われるよ」

「早漏は余計だぞ。あと、あんまりそういうことを口に出すもんじゃない」

「ふふっ、バレットは相変わらずだね。女に幻想を抱き続けてる童貞くんみたい」

「うるせぇ。ど、童貞ちゃうわ」

「あー、楽し。やっぱ、バレットといると飽きないねぇ」

「人を揶揄って面白がってんじゃねーぞ、売女」

「はいはい、ムキにならないの」

 見た目から察すれば、確かに年上の女だと判断するのが妥当だが、だからといって揶揄われるのは好きじゃない。

 ちょっとばかり美人だからって調子に乗っているこの女は、自分を産んで育ててくれた親に感謝すべきだ。

 そうでなければ、もう俺はとっくにこいつの顔面へグーパンチを叩き込んでいる自信がある。

「あんたも、あの子とクエストを受けるつもりなんだろう?」

「当然だ。調教師については取れればラッキーくらいの考えだが、もうクエストの情報を買ってしまった以上、きっちりクリアしないと金の無駄になる」

「そう。それなら、もし本当に隠しジョブの調教師が手に入ったのなら、そっちも含めて言い値で買ってあげるよ」

「言い値で? ほう、随分強気だな」

 いくら高い情報料だとしても、それを捌けばそれ以上の見返りを得られるというのは想像できるが、それにしたって珍しい提案だ。

「あぁ、そうさね…。もし金に困ってないってんなら、あたいのこの身体を売ってもいいよ? いつも気になってたんだろう? あたいのおっぱい」

 胸元を晒した艶やかなドレスに、胸の谷間から指をかけ、脱ぐような素振りを見せるが、それだけで終わってしまう。

「ぐっ…知ってたのか」

「そりゃそうさね。あんたに限らず、他の男も同じようなところにばかり視線を向けるからね。さっきも、スカートの中が気になってたんだろう?」

「すまん…」

「いや、あんたが謝る必要はないよ。あたいも、それがわかってて、こんな格好を続けてるわけだからね」

「…それで、どうするんだい?」

「どちらにしろ、上手く事が運べば、その情報を売るつもりではいたからな。構わんさ」

「それは良かった。で、支払いの方はどっちがお望み?」

 これ見よがしに深い谷間を見せつけてくるディオラなら、札束があれば胸に挟んで、どっちを取らせるかという真似事まで仕兼ねない。

「…俺にそんな提案したこと、後悔するなよ」

「ふふっ。それを言うなら、バレットこそ後悔させないでよ」

 いつも以上に魅惑的に見えたディオラに送り出され、鼻息荒く店を後にする。

 発破をかけてくれただけかもしれないが、何はともあれ、俄然やる気が出たことで、クエストへの意欲を高めたのだった。

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