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第一章 ⑨ 3周年のサプライズ

 翌日、彼女の新たな提案、もといお願いもあり、再び行動を共にすることになった俺たちは、調教師のジョブのレベル上げをしながら、まだ未知な部分が多い調教師について探っていた。

 というのも、新たに調教師を得たとはいえ、そのレベルは1と最底辺に低く、レベルを上げなければ使い物にならなかったからだ。

 噂やアラジンから聞いた情報通り、一部のモンスターを捕獲して、使役することができるのが主な特徴だったが、使役できるモンスターの数に制限もあれば、捕獲する為にもスキルレベルを上げないといけない。

 彼が、プラナシカの欲しているペガサスをテイムするのは大変だろうと言っていた意味が、ようやく本当の意味で理解できたといえる。

 これらの情報を含めて、早々にディオラの元に売っても良いのだが、まだ未解明な部分も多く、不確かな情報を売るのは、彼女の信用にも関わるだろう。

 という建前は置いといて、自分たちしか持っていないという優越感に浸ったり、周知の事実となる前に、自分だけ何歩も先を行こうという浅ましい欲求を満たす為に、まだ時期を見計らっている。

 せっかく、まだクリア報告の無かったクエストを一番にクリアして、新たな調教師というジョブを得たのに、後から入手したプレイヤーにレベルを追い抜かれたり、テイムについても先を越されてしまっては、悔しいことこの上ない。

「これは、やりがいがあると言った方がいいのか、手間がかかると言った方がいいのか、分からんな」

「良いんじゃないですか? 私は、バレットさんといっぱい一緒に居られて、嬉しいですよ」

 結局、あのクエストでの一件を経て、すっかり懐かれてしまい、もはや付きまとわれているようなものだ。

 相変わらず、足手まといではあるものの、より友好的になって積極性を増した彼女は、今後の夜の活躍が大いに見込まれる。

 もう好き好んで男の相手をしているようなものなので、恋人同士がお互いの身体を交えるのに対価が必要でないことを考えると、報酬の対価としては何か矛盾しているような気もする。

 しかし、別に俺たちは付き合っているわけでもないのだから、その限りではないのかもしれない。

 一度、甘美な女の味を知ってしまったからには、簡単に手放してしまうのは惜しいと思い始めていたのも、彼女との関係を切り離せなかった原因だろう。

 すっかり、彼女の術中に嵌ってしまったような気がして腹立たしい面もあるが、また一晩過ごせば、きっとそれも気にならなくなってしまうのかもしれない。

 つまるところ、男というのは、どうしようもない生き物だということだ。

「そもそも、まだお目当てのペガサスも見つけてないし、今遭遇してないってことは、かなりレベルが高い可能性があるからな。どの道、先にレベルを上げておいて損はない」

 調教師のジョブに変更すると、そこで初めて視認できる新たな数値があった。

 それは、モンスターごとに振り分けられた捕獲可能レベルである。

 例えば、序盤の街の周辺にいる何の変哲もないスライムであれば、捕獲可能な対象であることを示すアイコンと共に1と数字が表示されている。

 なので、スライムを捕獲する為には、1以上に捕獲スキルのスキルレベルを上げなければならない。

 また、使役する為には、使役スキルを上げる必要があり、これを上げると、同時に使役できる数が増えるというもの。

 夢もロマンもあるが、まだまだ長い道のりである。

 ペガサスを狙うと決まっている彼女はともかく、俺も将来的にどんなモンスターを使役しようか考えておくのも悪くない。

 自分の長所を伸ばすタイプか、反対に短所を補うタイプ、あるいは全く違う用途で活躍するようなモンスターも視野に入るので、これは人によって、さらに個性が出ることだろう。

「…と、そろそろ行かないとか」

 視界の隅に表示されている時刻を見れば、既に21時半を過ぎている。

 ずっとゲームの世界で過ごせる方が、刺激的で楽しく過ごせると思うのだが、退屈な現実は非情なもので、今日みたいな平日であれば、大学のコマが終わった後にようやくできるくらいなので、大した時間が割けない。

 彼女も同じようなもので、夕方頃から入ってくることが多く、この日も途中で夕飯を済ます為に抜けつつ、今の時間まで狩りをしていたのだ。

 狩りを切り上げ、プラナシカと連れ立って街を目指すものの、今日は街の近くで狩りをしていたので、戻るまでにそう時間は掛からなかった。

「私は行けないですから、今日はこのまま落ちますね」

「そうだな。どれくらいかかるかもわからないし…。じゃあ、また明日な」

「はい。また明日、です」

 笑顔で手を振って、この世界から姿を消したプラナシカの残像を見送ると、不意に笑いがこみ上げてきた。

「ふっ…。また明日、か」

 ここしばらく、そんなことをいう間柄の人間はいなかったように思える。

 懐かしいような、馬鹿らしいような複雑な心境を抱いた。



 王都ウヨキウトまでワープしてくると、さすがに人通りが多い。

 プレイヤーだけでなく、NPCがたくさん住んでいるのだから、その賑やかさはさすが王都といったところか。

「あ、バレット」

「お? レトじゃないか」

 空間の歪んだ大門を抜けて王都に出たと思ったら、同じようなタイミングで彼女も現れた。

 ワイマールのワープ屋は、どの街から跳んだとしても、同じ街を選べば、同じように空間を捻じ曲げられてやってくるので、こういう事が起きうる。

「先日のクランイベント以来ね。でも、ここに来たってことは…もしかして、あなたも?」

「ん? ってことは、お前も呼ばれたのか」

「ええ、呼ばれたのよ。お姫様にね」

「じゃあ、一緒に行くか」

「あなたが構わないなら、別にいいけど」

「変な噂でも立つってか? 今更だろ」

「それもそうね」

 死神と恐れられている彼女は、相変わらず物騒な大鎌を持っていて、人並外れた怪しげな雰囲気を醸し出しているが、付き合い方を覚えればそう怖いものでもない。

 真っ黒なフードとローブに身を隠し、素顔もろくに見れたものではないが、確か黒髪だった覚えがある。

 彼女と並んで歩いて行けば、プラナシカの話にもあったように、群衆の中にいたプレイヤーは次々と姿を晦ました。

 おかげで、人通りが減り、道が歩きやすくなって助かってしまう。

「そういえば、この間のクランイベントでは助かったわ」

「ああ、あれか。思ったより報酬が旨かったから、がつがつボスを倒してたら、9位にまでなったのは笑ったな」

「そうね。経験値もいっぱい稼げて、レベルを上げれたのも良かったわ」

 クラン同士で競い合うように行われるクランイベントにおいて、本来30人規模のクランがひしめく中で、たった二人のクランで上位入賞というのは無茶を通り越して無謀というものだ。

 なので、基本的に俺たちは積極的に取り組まないことが多いが、時として上位賞に設定された報酬が欲しい場合は、その限りではない。

 たった二人とはいえ、このゲームをプレイしている中で上位に位置する二人が、その気になって時間と心血を注げば、先日のようにTOP10まで入ってしまうことも稀にある。

 他の有力なクランでも、特に秀でた上位ランカーたちがある程度固まっていることもあり、主だった戦力が偏っているおかげでもある。

 その他の理由としては、活発に動いているクラン自体が減っている可能性も無くはない。

 自由度が高いゲームなだけに、個々でやりたいことが分散していて、クランとしてのまとまりが無かったり、クランとしての活動まで積極的に行おうと思う者ばかりではないということだ。

「それで、欲しかった上位賞のでっかいベッドまで取れたんだから、万々歳だろ。俺も、そのおかげもあって、もう90までいったしな」

「あら、それは自慢かしら? でも、おめでとう。おかげで、天蓋付きのキングベッドが、あの広々空間のクランハウスで、ひと際存在感を放ってるわ」

「…でも、あそこ使ってないだろ? 寝るにしても、自分のホームを使ってるだろうに」

「そこを気にしたら負けよ。あとで欲しくなっても、もう手に入れる機会が無いかもしれないじゃない」

「確かに、それはそうだ」

「それとも…何か有効活用したい当てでも、あるのかしら?」

 深く被ったフードの中から覗いた深淵の瞳が、生者を誘うように見つめてくる。

「おいおい、やめてくれよ。死神からベッドに誘われちまったら、俺の死は確定的じゃないか」

「まあ、失礼しちゃうわ。くくくっ…」

「あぁ…。でも、お前も死神って呼ばれてるけど、女なんだよな…?」

 真っ黒いローブで全身を隠しているので分かりにくいが、胸の辺りに確かな膨らみがあり、歩く度にぽよんぽよんと触れている。

「へ? な、なに言い出してるのよ。あんまり変なこと言うと、追い出すわよ」

「あ、ああ…悪い」

「全く…。急にそんなこと言われたら、ビックリしちゃうじゃない……」

 プラナシカの件で、途端に色気づいてきたのかは分からないが、さすがに相手が相手だ。血迷った選択と思われても仕方がない。

「あっ! そうだ、良い話を手に入れたから、レトの耳にも入れておこうと思っていたんだ」

「あ、話逸らした…」

 問い詰めるような視線はスルーして、周りの様子を窺う。

 彼女のおかげで、逃げずに近くをすれ違うのはNPCくらいだろうが、どこにプレイヤーが潜んでいるか分かったものではない。

「あー、しかしどうすっかな。あんまり知られたくない話だから、クランハウスに行ってからの方が良かったかも」

「ふーん。なら、メッセで飛ばしたら? …あ、もしかして、昨日の件?」

「そうそう」

「ごめんなさいね、手伝えなくて」

 素っ気ない謝罪ではあるが、その容姿で殊勝な態度を取られても、それはそれで不気味である。

「良いって、気にするな。元々、そういう約束だろ。無理に誘わないし、嫌なら手伝わないって」

「そう言ってもらえると、気が楽だわ。…バレット。あなた、ちょっと見ないうちに変わった?」

「そうか? 別に、髪も装備も弄ってないが…」

「そうじゃない。人柄のことよ。…スンスン。あ、やっぱり…知らない匂いがする」

 無遠慮に近寄ってきた姿は、悪霊が寄ってきたみたいで怖気が走るかと思ったが、見た目に反して女性らしい匂いがしたことで、その気分も薄らいだ。

「お前は犬か。あーあ、やっぱり話すのやめようかな」

「そういうところは、変わってないみたいね。安心したわ」

「うーん…。お前は、一体どういう立場で俺を見てるんだ?」

「さあ? 内緒、ってことにしとくわ」

「食えない奴だな」

「あら、女を食うだなんて、お下品だこと」

「そうは言ってないだろ、全く」

「…ねえ。そろそろ、話すなら早く教えてくれないかしら。あなたと、放置プレイなんてする気はないわよ」

「ああ、そうだった」

 彼女の提案通り、フレンド登録してある相手に発信できるメッセージ機能を使って、例のクエストと調教師に関する情報を流した。

 同じクランの相方に因んで、俺も鬼や悪魔なんて呼ばれたこともあったが、それは少し違う。

 本来なら、いくらでも金を取れるような情報であっても、タダで分け与えるようなこともする。これも、同じクランのよしみというやつだ。

 これで、彼女が強くなったとしても、それは俺たちのクラン――延いては、俺にとって利益となるので、何の問題もない。

「これ、本当なの?」

「ああ、間違いない。現に、もう俺は取ったからな。確かめるか?」

「ううん、いい。あなたがそう言うなら、そうなんでしょう」

「一通り出現モンスターも確認したが、俺と同じくらい強いレトなら一人でも大丈夫だろう。ボスも攻略の仕方が分かってれば、カップラーメンができるより早く済むだろうからな」

「カップラーメン…? まあ、それよりも、発生条件の方が問題ね」

「動物との触れ合いは、頑張ってもらうしかないな」

「それは問題ではないわ。ああ、そういえば、バレットは苦手だったものね」

「じゃあ、どれだ? 見逃すってのは、教えた通り蛇のトラップを利用すればいいし…あっ、そうか。レベル上げの件だな」

「あなたも知ってるでしょ? 私と組むような奇特な人は、数えるほどもいないって」

「ああ、でも問題無いだろ。俺が、一緒にやればいいだけなんだから」

「…そう、ありがと。じゃあ、これはほんのお礼よ――ちゅっ」

 当たり前なことを言ったつもりだったのだが、いきなり肩を掴まれたかと思えば、頬に柔らかい感触が一瞬だけ伝わった。

 死神の口づけ――なんていったら、印象としては死の宣告も同然である。

「ほあっ!」

「そういうとこだぞ……」

 死神の僅かな声量の呟きは、ガンナーの驚いた声によってかき消えてしまい、当人の元へ届くことは無かった。



 王城の玄関口である正門まで来ると、衛兵に止められて、招待された旨を伝えると、今度は好意的に促された。

 ゲームのキャラにまで、そんなリアルな描写が必要かどうかはともかく、初めて入った王城の中は、思った以上に煌びやかで豪華絢爛なものだった。

「すごい…」

 死神を王城に招き入れる絵面はどうかと思ったが、彼女自身も城内を眺めて目を輝かせている。

 待合室まで通されると、その部屋の装飾に見合わぬ姿をした者たちが集まっていた。

 同じように招待された、プレイヤーたちである。

「うわ、死神じゃねーか」

「死神夫婦…」

「ヘキサクロスが、揃ってご登場かい」

 三者三葉とはこの事かといわんばかりに、思い思いの言われ方をする羽目になった。

 だが、これもいつものことだ。

 見知った面子ばかりなので、こういうことも初めてではない。

大魔導師マーリンに、フュンネル、それに廃人スーパーニートまでいるじゃないか。珍しいこともあるもんだ」

「というか、ランカーばかりじゃない。招待されたってのは、これっぽっちなの?」

 待合室すら広くて豪華なのに、そこに招かれたのは、僅か10人にも満たないプレイヤーだった。

「どうやら、最上位のランカーだけが集められたみたいですね。あともう一人くれば、ちょうど10人になりますけど…あ、来たみたいですね」

 最後にやってきたのは、俺達の大盾メインシールドで親しまれている大盾持ちの男だ。

「間に合ったみたいだな。AGIが低いと、街中を移動するのも時間が掛かるのは、何とかしてもらいたいところだ」

「3年経っても直さないなら、もう直す気ないと思うぜ」

 悪態ついて笑い飛ばす中、個人ランキングの上位10名が揃ったところで、周りを固めていた衛兵たちが急に動き始めた。

「これより、姫様との謁見が始まります。皆様、どうぞ失礼の無いようにお願い致します」

 衛兵の一人が一言注意を述べてから、謁見の間への大きな扉を開く。

「そんなこと言われても、テーブルマナーすらよく知らないぞ」

「要は、ゲームの演出だろ? 気負うことはないさ」

 諸注意をされたところで、思い思いに口を開くプレイヤーたちは、緊張感などどこ吹く風と笑いながら、さらに煌びやかな謁見の間に足を踏み入れた。

 呆れるほど高い天井に圧倒され、壁を彩る装飾は豪華かつ優雅だが、いやらしさを感じさせるようなものではない。。

 部屋の隅に一定間隔で並ぶ衛兵の姿は、ゲームでよく見る光景でもあるが、実際に目の当たりにすると、物々しくて圧迫感がある。

 思わず、背筋を正さなければいけない雰囲気に当てられてしまうが、それは全員ではなかったようだ。

「はー、天井たけー」

「実際に見ると、こんな感じなんだなぁー」

「ちょっと、失礼でしょ。特に男子、あんまりキョロキョロしない」

「お前は委員長かよ」

 王座に座ったミウヒ姫の元まで遠足気分で歩く一行と違い、俺とレトゥムは静かに様子を見ていた。

「姫様の御前であるぞ! 控えい!!」

 大臣と主張するような恰好や立ち位置をしていたNPCが、突然大声を上げた。

「あーっ、びっくりした」

「今ので寿命縮んだかも…」

「ないない」

 過剰な演出に肝を冷やしたのも一瞬のこと、怒り心頭といった様子の大臣は、まだ収まった様子もない。

「いいのです、ネクスノ。下がりなさい」

「ははーっ」

 しかし、それも姫様の一言で矛先を収め、数歩下がって落ち着いた。

 それに代わって、立ち上がった姫様は、一歩前に出ると仰々しく挨拶を始める。

「この国で、最も優れた戦士である10人の勇者たちよ、よくぞ集まってくれました。急な招致にも関わらず、誰一人欠けることなく、この場に参られた事を嬉しく思います」

「まずは、改めてご挨拶を。皆も知っての通り、私はミウヒ・コジング・ジャポーネ。この国の国王、トマヤ・ルケタ・ジャポーネの娘です」

「あなた方がこの世界に来てから、今日でちょうど3年。それを記念して、催し物も開催されますが、何よりこの3年間で皆が逞しく成長してくれたことを頼もしく思います」

「重ねて、これまでの功績と栄誉を称え、これからもこの国――いえ、この世界の為に尽力して下さることを期待します」

 何事かと思ってみれば、要は長く遊んでくれてありがとう、これからもよろしくという運営からの祝辞だったようだ。

 静かに聞き入っていたプレイヤーたちも、姫様の前で一様に頷いて、その意向を示した。

 だが、そこで空気が一変する。

「しかし、残念ながら、まだこの世界を魔王の手から退けるまでには至っていません。これは、あなた方に非があるわけではありませんが、私たちはこれを急務として捉えています」

「そこで、あなた方により真摯に向き合ってもらう為に、あるお話をする事にしました。これで、今まで以上に危機感を持って、日々の冒険に臨むこともできるでしょう」

 話が妙な方向へ逸れていったことで、プレイヤーたちはざわざわと騒ぎ出し、サービス終了という単語が頭を過ぎる者もいた。

「何分、内密な話なので、ここにいる人間以外の方にお話される事は、固く禁じさせていただきます」

 一度息を吐いてから、深呼吸をして心を落ち着けたミウヒ姫は、力強い目で真実を語った。

「この世界は、あなた方が思っているような仮想現実の世界ではありません」

「ここは、あなた方の肉体がある地球から、何兆光年も離れた場所にある大陽だいよう系の第三惑星、自球じきゅうに位置します」

「そう、つまり…ここは、遥か彼方にある――もう一つの現実なのです」




 つづく

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