9話:一発
達也は悪者が潜伏していると幽霊に教えてもらった場所を張り込んでいた。住居の窓にカーテンが掛かっておらず、窓から中をのぞくことが出来ていたが達也は家の中に人がいることを確認できなかった。
その為、寝ているか外に出かけているのか、どちらかだと予想し張り込みを始めていた。
郊外の外れであり人通りはない。普段、達也の感性では治安が悪そうだと感じる場所だが、拳銃の力とストックが切れかけているという事実があり何も感じることは無かった。
悪者でなくとも一日中寝ている人は居る。一日ぐらい家を空ける人もいる。犯罪者であっても今この瞬間に捕まる人もいる。そんな中、達也はとても運が良いと言えた。悪運が強いとでもいうべきだろうか。
(っ!?……来たっ! アイツは悪者なのか?)
今回、達也が狙っている悪者は子供を拉致、監禁、殺害を行う犯罪者であった。異能を持ち、悪者となっているわけだが、硫酸を生み出す特徴を持つとだけ記載があった事を思い出す達也。指名手配されている顔と同じか、しっかりと確認を行っている。時間は夜であったが、街灯に照らされ顔を確認できた事、悪者が気を抜き、顔を隠しているマスクを脱いだことが幸いし、達也にはすぐに分かった。
(悪者だ。通称“硫酸男”だったか?)
そんなことを考えながら遮蔽から“硫酸男”に銃口を向ける達也。心臓の音が高鳴ることを感じていた達也だが、不思議と心は落ち着いているようだった。
達也は拳銃に銃弾を籠めはしない。エネルギーのストック、ほぼ全てを拳銃に回し一発の銃弾を作成する。拳銃と繋がり、使い方を分かっている達也は危なげなく、引き金を絞っていく。
“硫酸男”は呑気に歩いている。アイツは人を殺していると達也は理解した。引き金を絞り、拳銃と深くつながることで今まで以上の幽霊が達也の視界には見えていた。
“硫酸男”の背後にはおびただしい数の幽霊がいた。どの子供も姿はボロボロだった。
達也は最後にもう一度覚悟を決め、さらに引き金に力を込めた。
金属的な乾いた衝撃音が鳴る。一発の銃弾が放たれ悪者と分類される男の胸を貫く。
“硫酸男”は自分に何が起きたか分からないといった呆けた顔をしながら膝から崩れ落ちていた。男の胸から血が流れることは無く、青白い光が死体から漏れ出し、達也の持つ拳銃に吸い込まれていった。
「増えた……のか? ストックが」
達也は自分の目の前で起きた事が信じられない様子だった。しかし、目の前にしたいがあることを再認識し、その場から立ち去るように逃げた。
そんな達也の事を幽霊達は見つめていた。
「全く、どうなっているんだ?」
端正な顔つきの男が顔を歪めて悩んでいる。悩みの種となっているのは先日、カルト主宗教が潜伏しているとされていた空き倉庫に行った時のことだ。
「そう悩むもんじゃないよ? 樹君」
そんな悩む男に対して話しかける人影が1人。その人物は普段ある学校で生徒会長と呼ばれている人間だ。
「か、会長!? で、ですけど、どう考えたって異常ですよ。こんなの……」
樹の手に握られている書類には空き倉庫で発見された死体の死因について記載がされている。どれもカルト宗教に所属していた人間だという事は分かっているが、死因がバラバラで全てが以上だ。手足が無数に生えて死んでいる者、背骨の以上成長により上半身が千切れている者、何かに押し潰された者、筋肉の異常発達により死んだ者、肉が無い者等、様々だ。
「確かにそうだね。しかも……多分儀式は完了しているよ、これ」
一夏は今までの治安維持部隊としての経験を新人の樹に対して告げる。
「ほ、本当にやばいじゃ無いですかぁ!?」
樹は少し涙目だ。一夏は後輩を揶揄い過ぎた事に気づくと思わず笑ってしまう。
「大丈夫だよ。私も含め、治安維持部隊には強い面々が揃っているよ。私も儀式によって召喚された化け物を殺した事ぐらいはあるさ」
誇ることですらない、ただの事実のように告げる一夏。
「まぁ、だから、安心したまえ。後、これは没収だ」
「あぁ! でも明日までに書かないと!」
方向書を一夏に取り上げられ、焦る樹。
「君、寝不足だろう? 私が書いておくからさっさと寝たまえ」
強引に立ち上がらされ、仮眠室に放り込まれる樹。樹は先輩としての一夏の優しさを感じると睡魔に身を任せた。
樹が寝た事をしっかりと確認した一夏。先程まで樹に対して浮かべていた笑顔はなくなり、少しの焦燥が顔に浮かんでいる。
「今回の儀式……何が召喚された? 止めれたはずなのに、止められなかった……」
歯が軋むような音が響いた。一夏はすぐにでもカルト宗教の残党の逮捕を行いたかったが、軍港近くという事で軍に話を通すために時間が掛かってしまっていた。
「しかも契約者は、あの場から立ち去っている」
倉庫にいたのは全て対価を支払っていない違反者だろうと、これまでの経験から当たりをつける一夏。
「魔方陣も素材もかなりの上物だ。低級な化け物が出るはずが無い」
これから出るであろうまだ見ぬ被害者達に悲しみを覚えつつ、報告書を書き上げていく。せめて、上層部がこの件の重大さを理解してくれるように祈りながら。