6話:願い
カルト宗教に呼び出された世間一般で言われる悪魔。
今回、カルト宗教が呼び出した悪魔――彼からが言うには神は、いくつかに分類される内の一種である。この種類の悪魔は儀式と対価によって出現し、契約を結ぶという手順を踏むタイプである。そしてこのタイプの悪魔は儀式を完璧に行い、対価を用意すれば危険性はほとんど無い。ほとんど……だが。
完全な人の姿となった時、ソイツは口を開いた。
「やぁ、オマエはワタシに何を望む?」
ソイツの瞳は達也の眼をしっかりと捉えていた。
しかし、達也が手の激しい痛みを堪えながら、何かを喋ろうとする前に斧を持った男が悪魔に喋りかける。
「おぉ! 神よ! 私の願いを叶えたまえ!」
顔はやつれ髪はぼさぼさだというのに目だけは異様にギラついており、興奮を隠せていない。
悪魔は喋りかけられて初めて興味を持ったかのように男に視線を寄せ問う。
「オマエは楽しそうだな」
悪魔は中性的な顔に微笑みを浮かべている。
「勿論です! 神よ! 貴方に合う為、私は全てを犠牲にしました!」
悪魔に訴えかける男。この男は槌先日、自分が儀式を主導することが出来ないと分かった途端、異能管理機構に情報を流し、自分は従う者を連れて離反していた。
「ふむ、そうか。なら、私に何かを望むのか?」
悪魔は楽しげだ。達也は意識が朦朧としてきており意識が混濁し始めている。
「えぇ! 私たちの願いをかなえたまえ!」
斧を持った男を筆頭に、美しくなりたい、背を伸ばしたい、金が欲しい、もっと強い男になりたい、簡単に痩せたい等、願いは様々。
悪魔はニコニコしながら願いを聞き終えると口を開いた。
「安心しろ、オマエ達の願いも叶えてやる」
願いを言ったカルト宗教の信者らが歓声を上げる。
「まず美しくなりたい、オマエ」
「神よ! ありがとうございます!」
斧を持った男は感激している。美しくなった自分を想像して更なる信仰を、と考えていた。だが、悪魔はそんなに甘くない。
「美しいぞ。ワタシ、惚れてしまいそうだ」
斧を持った男――男だったものが、そこには存在していた。腕は6本、足は4本、眼は4個付いていて、とても醜悪だ。1つ1つの部位だけを見れば美しいと評することが出来るかもしれない。しかし、部位が明らかに多すぎる。部位が多すぎて収拾がつかず、もはや人間と呼べるものではない。
男だった化け物は自分の身に起きた急激な変化が引き起こす激痛に悶絶し、身体機能を保持することが出来ず生命活動を停止させていく。
「背を伸ばしたいなら背骨を伸ばせばいいだろう?」
え?という声が響いたかと思うと明らかに人体からしてはいけない、何かがちぎれるような音が響き、倉庫の天井にまで届く、背骨があった。先端には上半身が付いており、息はもうしていない。
「金が欲しいなら持てないぐらいくれてやる」
何かが押し潰れる音が響いた。巨大な金が空中に出現し落下した。巨大な金塊の下には何故か、赤い液体が広がっている。
「強くなりたいなら筋肉だな」
何かが滴る音がする。そこには人ではなく巨大な何かの肉塊が存在した。筋肉の異常発達により願いを叶えた人間自身が筋肉に押し潰された。異常発達は筋肉に押し潰された結果、生命活動を停止するまで続いた。
「痩せたいなら肉を無くせばいいな」
そこには骨と皮だけが存在していた。中身と思われる内臓や肉は体外に排出され、生命活動を潤滑に行う事が不可能となった。
それ以外の人も願いを曲解され、生命活動を次々に停止していく。
「オマエ達は対価を払っていないだろう? 当然の結果だ」
悪魔はそれらに興味を無くしたかのように達也へと視線を戻す。
「さぁ、オマエはワタシに何を望む?」
悪魔は楽しそうに微笑んだ。
達也の意識は激痛により朦朧としていた。何が起きているのかで全く把握できていなかった。そんな朦朧とした意識の中、達也の耳には妙に透き通る声が聞こえてきた。
「さぁ、オマエはワタシに何を望む?」
(望み?)
達也はオウム返しのような思考しか湧いていなかった。
「そうだ。何が欲しい?」
達也の思考ははっきりとせず、ぼんやりとした思考しか出来ていないが導かれるように答えていく。
(何が欲しいか……力が欲しい)
「どうして欲しいんだ?」
(成りたかったからだ)
「ほぅ。何になりたかったんだ?」
(ヒーローに。最強無敵のヒーローに……成りたかったんだ)
「ふは、ははははは。そうかヒーローに成りたいのか。しかも最強と来た。大変だなぁ」
悪魔は大笑いをした後に口が引き裂けそうなぐらいに開きながら、にやけていた。
「なら、契約をしようか。対価はもう払われている。後はオマエがそう望むだけだ」
(望むだけ?)
「そうだ。望むだけだ。望むだけで強大な力が手に入る。それこそ最強無敵にヒーローにだって成れるさ」
悪魔は微笑む。まるで何にもない世間話のように。取引を行わせようとする。対価が払われていようと力が代償も無く手に入るはずが無いというのに。
悪魔は達也の意識が朦朧としている状況を良しとし、契約をさせようと思考を声で、匂いで、話し方で、誘導している。
(そうか……成れるか……なら)
「なら?」
(望む。力が欲しい。最強無敵のヒーローに成れるような……そんな力が欲しい)
「契約成立だ」
悪魔は天使のような微笑で微笑んだ。