5話:油断
カルト宗教。異能が現れ、魑魅魍魎が跋扈する前の世界と後の世界ではカルト宗教の意味合いが違う。前の世界では悪魔や新たな神を信じていたりする集団がいた。しかし悪魔や妖怪、神を名乗る化け物が現れるようになってからは、それらを崇拝するカルト宗教が出始めるようになった。
そして今回、達也が軍港近くのコンビナートに潜伏していたカルト宗教の残党が崇拝していたもの。それは悪魔だった。
「ここら辺……だよな?」
工場の明かりによって光源が確保された道を歩いている達也。しかし、達也が行きたがっていた場所は此処ではない。
「確か、無人の空き倉庫って話だったけど……」
今、達也は引き返すべきか迷っていた。明らかにまずい事だという事は理解していたし、悪者が存在するカルト宗教というものがどれだけ危険か、想像するに難くなかった。
しかし達也は意固地になっていた。明らかに危険だと分かるものに首を突っ込もうとするぐらいには。
長年、夢を見てきた最強無敵にヒーロー。ヒーローとは正義。そんな認識は社会全体に存在する。正義となるには異能が必要とされているときは、自分にも異能が無いかどうか期待したりもした。だが、達也には何も特別な力など何も無かった。
そんな思いを正義に抱きながら親友は正義かもしれない。それは達也に多大なる衝撃を与えた。樹だって俺がヒーローになりたかったことは知っているはずなのに……何も教えてくれなかった。理不尽だと思いながら親友に対して怒りを抱いていた。
だからこそ、達也は歩を進める。カルト宗教の残党が潜むとされている空き倉庫に向けて。どんな危険があるのかも知らずに。
端的に言えば、達也はカルト収去の残党と思わしき集団に拉致された。当たり前のようだが、達也が向かったのは空き倉庫。普通の人間が立ち寄るはずがない。そして立ち寄るはずが無ければ人通りがあるわけがない。
そんな場所を土地勘があるわけでもないのに呑気に歩いていればカルト宗教の残党に捕まることは自明の理と言えた。
「うっ……ここは?」
達也が目を覚ますと、視界に床一面に書かれた大きい魔方陣のような物が見えた。そして白で描かれた魔方陣のような模様は達也を中心として広がっており、達也自身も椅子に座らされ手足を支柱や手すりに固定されていた。
「これも神の思し召し! まさか、君のような若い人材が来てくれるとは……」
達也は後ろから声を掛けられた。達也は振り返る事ができないが、達也に話しかけた人物は異常という言葉がピッタリだった。充血した目、ぼそぼその髪、腕はボロボロ、爪は赤い。男の他にも数名の男女が男の後ろに控えている。
「いや、実にめでたい! 信徒からではなく、神の恩寵が来るとは! 我々は神に愛されている!」
異常な男は後ろにいる数名の男女――信徒に語り掛けるように大きな声を出す。
「え? あっ? え?」
達也には誘拐されたという記憶が無く、気づいたら椅子に拘束されていたという事しか理解ができていない。しかも、現状は最悪に近いという事をなんとなく理解している。
達也は必死に頭を回し、この場から打開ができないか、時間を稼ぐことが出来ないか、試みる。
「なぁ! あんた、誰だか分からないが、誰なんだ?」
「おぉ! 神の恩寵よ! 貴方は私たちの恵み! どうか、しばしお待ちを!」
話にならない。達也が抱いた所感だ。しかし神の恩寵がどうのこうの言っているが、どう考えても命がやばいと考え、さらに何かないかと口を開く。
「ただ、待っているだけでも悪いから何か手伝えないかと思ってさ」
内心何言っているんだ、と突っ込みを入れる達也。だが、相手の反応はそう悪いものでは無かった。
「なるほど! 神の恩寵、自ら行ってくれるという事ですか! そうですなぁ……ならば、先に用意してしまいしょうか」
話しかけてきた男が言った、先に用意をするという発言。決定的に何かを間違えてしまったように達也は感じられた。
男は達也の横に鉄を引きずるような音を立てながら立つ。達也は初めて見た男の容姿に驚きと恐怖を覚え、眼を見開いていた。
「なっ、あんた。何をするつもりだ!?」
男の手に握られていたのは巨大な斧。
「大丈夫ですよ、神の恩寵よ! 儀式を始めましょうぞ!」
男は斧を振りかぶる。達也は男が使用としている事を理解し、どうにか避けようともがくが避けることはできない。
肉を断つ鈍い音が鳴る。同時に達也の絶叫する声が倉庫に響く。達也は手首に熱いとしか表現できない感覚に襲われた。熱い。ただひたすらに暑く、声を上げることを止めることが出来なくなっていた。
達也の手首から零れる赤い液体は地面にぶちまかれることなく、白い魔方陣の模様に沿って赤く染まっていく。白い部分が赤く染め上がり、白が消えていく。
「信徒たちよ! アレを持ってくるのです!」
血走った目で信徒たちに命令する男。信徒の1人が急いで小箱を運んでくる。男は信徒から渡された小箱の中身を見てほくそ笑む。
「上々です。先の取引でようやくコレを手に入れることが出来ました。触媒としても十分です。」
魔方陣が赤く染め終わると同時に男は小箱を魔方陣の中心に置く。
「さぁ、神よ! 御身を我が下界に!」
達也は痛みを堪え、何とか周りの状況を確認する。すると視界には赤い稲妻が走り、魔方陣は赤く光り輝いている。何が起きているのか把握できない達也。しかし次の瞬間。
何かが割れるような高い音が鳴る。すると赤く光っていた魔方陣が宙に浮かび、空中のある一点に向かって集まっていく。赤い球体となった魔方陣は何か人のような形を作っていき、段々と形状がはっきりしていく。
完全な人の姿となった時、ソイツは口を開いた。
「やぁ、オマエはワタシに何を望む?」
ソイツの瞳は達也の眼をしっかりと捉えていた。