7話:会話
達也が指定された場所に着いて数十分。指定された場所はそこまで多くはないが、いないというわけでは無かった。そんな場所で数十分間、達也は待ち惚けを食らっていた。
「……どうしたんだ。こいつ。もう……帰ろうかな」
達也は情報端末に表示されていたメッセージを眺め、呟く。かれこれ数十分嵌っている達也は、秘密がばれている事や協力――脅迫されている事関係なしに、もう帰って絵しまおうかと頭をよぎってしまうのだった。
「いや、それは困るな。柳沼達也」
そんな達也にかけられた声。発せられた声は幼く高かった。達也は声が発せられた方向に視線を向けると目を見開いた。
「えっ? 君が……俺にこのメッセージを送って来たのか!?」
達也の視界に入ってきた人物は控えめに言っても若い、若すぎる。達也も高校生というかなり若い部類だがそれよりも若い。小学生と言っても違和感が無いような見た目だった。
「そうだ。君には私に力を貸してもらいたい」
簡潔に要求を告げる少年。しかし達也は目の前の少年がメッセージを送ってkチア様に到底思えなかった。
「いや、君みたいな子があんなメッセージを送るはずないだろ? 誰に言われたんだ?」
その瞬間、達也の耳にはカチンと幻聴が聞こえた。
「度し難いな、君は! 何故、私が送っていないと断言できる!?」
「あ、ああ。すまなかった。思わず言ってしまった」
達也は謝罪する。最後の一言が少年の怒りに油を注いでしまっているが……。
「ふん! まあ、いいだろう……僕の名前は虎太郎。そして君に力を貸し、貸される者となる」
そして虎太郎と名乗った少年は情報端末を操作し、達也の情報端末にデータを送信した。
「これは……?」
達也の情報端末に送信されたデータは文書だった。達也が文書を困惑しながらも読み進めていく。
「僕と君の契約書。形式的なものだけど、無いよりはあった方がいいだろう?」
虎太郎はにっこりと微笑む。その表情は快活な少年そのもので邪気を感じ取ることが出来ない。しかし達也にとって、契約とはあ重いものだった。
文書の中身をしっかりと読み進めていく達也。その中には達也の行動を支援する事や道具の手配、捜査の攪乱などが入っていた。しかし、この文書には1つ問題が存在した。
「虎太郎……君の願い事とは何なんだ?」
文書に書かれた内容には達也の行動を手助けする内容しか書かれていない。唯一、礼儀として存在したのは次の一文だ。
『柳沼達也は虎太郎の願い事を1つだけ叶えるために最大限の努力をしなければならない』
結局、文書の中に虎太郎の要求が含まれていないと困惑する達也。しかし困惑する達也を気にする様子は虎太郎には存在しない。
「まずは試用期間というやつだ。君に実力があるか、確かめなければならないからな」
虎太郎の願いとは一体何なのか。それが分からない達也は契約を結ぶべきか、結ぶべきじゃないか、判断に困っている。悪魔との契約をしたときにも感じたことではあるが、何かしら力には裏があるものだと得理解していた。回転式拳銃もエネルギーのストックが無ければ達也は死亡する。
今回の契約にしても達也に力を貸すような事を契約に書かれていた。その事は達也にとっても魅力的に映るが、願い事とは何なのか。そこまで虎太郎は労力を払ってでも成し遂げなければならない事が存在するのか。そして何に協力させられるのか。達也は迷っていた。
「さあ、契約しようじゃないか。 柳沼達也。僕は君に力を渡す。同時に君も私に力を貸す。そういう取引をしようじゃないか」
そして畳み掛けるように言葉を重ねる虎太郎。
「第一、僕がいなければ君はもう。異能統括機構に足取りを掴まれていたも同然だ」
「は?」
達也は虎太郎の言葉に度肝を抜かれた。異能統括機構に居場所や正体がばれていたかもしれないという虎太郎の言葉。達也は曲がりなりにも足取りを掴まれない様に意識していた。しかし目の前の少年は自分がいなければ足取りが掴まれていたと言っている。驚かない筈が無かった。
「簡単な話さ。君の情報端末のログ。全て悪者警報に出ている悪者、しかも殺された悪者を毎回ご丁寧に調べているじゃないか。しかも悪者が死ぬ少し前にな」
「まさか……」
達也は自分の情報端末に残るアクセスログだけで特定されてしまう事が信じられなかった。
「全く度し難い。何故、それが真実であると分からない。それはただ視野を狭めるだけだ」
虎太郎は衝撃を覚える達也を見て嘲わらう。しかし次の瞬間には表情を改めて聞いた。
「柳沼達也。僕と契約しろ」
虎太郎は再び笑う。達也にとってその顔は、以前契約した悪魔のように見えた。




