1話:捜査会議
達也が悪魔と契約し力を得てから数週間。達也は回転式拳銃の残存エネルギーを増やそうと7人の悪者を殺害していた。しかし殺害を重ねていっても達也の精神が揺らぐ事は無かった。揺らがない理由としては相手を凶悪な犯罪を重ねている悪者のみを選び殺している事、そして達也は自分が死んでしまうという事を言い訳としていた。
だが凶悪な悪者のみが胸に銃創を受け、血を流さずに死んでいるという事実は積み重なる。積み重なった事実を異能統括機構が見逃すはずが無い。そして現在悪者連続殺人事件として捜査会議が行われていた。
悪者連続殺人事件の捜査会議として設立された捜査本部には異能統括機構の治安維持部隊と警察の捜査員が合同で捜査が行われている。そして治安維持部隊から数名、警察からも10人前後の人数が会議に参加している。
連続殺人事件という重大事件ではあるが標的が悪者のみとなっている事や他に市民を脅かす凶悪な事件に人員が回されている為、捜査に回される人員は比較的少なかった。
「今回、悪者として指名手配、悪者警報が発令されていた犯罪者が胸に銃創を受け、血を流さず死亡するという事件が多発している。これは異能を使用した犯罪者、即ち悪者が関与していると断定し、捜査本部が設置されることに至った」
治安維持部隊、捜査員達が一人の男の話を聞いている。男の名は桜井翔琉。桜井はモニターにスライドを表示させ、事件が起きた場所を表示させている。これは達也が殺した悪者が地図に記されており、地図を見る限り関東圏に集中している。
「この地図を見る限り犯人と思わしき悪者は関東在住である可能性が高い。しかし殺された悪者達は全てが潜伏しており、治安維持部隊や警察が居場所を特定できていなかった者達ばかりだった。よって私達はこれから聞き込みを行い、犯人と思われる悪者の目撃情報を洗い出す。各自、配布された資料を確認してくれ」
桜井は50ページからなる資料を捜査員全員に渡していく。桜井は警察官として地道な捜査を行い続け、情報を集め積み立てていくという事を信条としていた。桜井が主となって作成された資料には、死亡時刻、司法解剖の結果――胸を貫通した何かが心臓を破壊したことが主な原因、死亡場所、銃創から考えられる口径、殺された悪者の能力など様々な事が記載されている。
そんな膨大な作成した資料を一読し、桜井に話しかける人物が1人。話しかけた男の名は立花錦二。立花は異能統括機構の治安維持部隊から選出された人員だ。立花は世間で正義の1人とされている。名称は“狼男”。能力からして正に狼男だ、と世間からは評価されている。しかし世間がどう評価していようと実力は折り紙付きだ。
「儂は立花という者だ。よろしく頼む」
立花は儂という一人称を使っている通り歳を食っている。
「桜井さん。あんた……次は誰が襲われると踏んでいる?」
「それは……どうして?」
尋ねられた質問に対して桜井は質問を返す。
「殺されている被害者は悪者だけだ。次の現場で取り押さえる事。これが1番だと思うが」
立花は桜井とは正反対と言っても過言ではないような人物だ。立花は異能統括機構に所属する者として悪者が関わる様々な事件に関わってきた。捜査方法は捜査員によって様々だが、立花は肉を切らせて骨を切るような捜査方法を好んでいた。つまりは次の事件を起こさせ、現行犯で取り押さえるといった方法だ。この方法を行う事自体、問題は無い。しかし問題は無いというだけで世間はあまり良い顔はしない。故にあまり重要視されていないこの事件を担当するといった結果に結びついたわけだが。
立花の発言に他の同行している治安維持部隊の隊員は1人を除き、またか、といった顔つきではあるが納得している様子だ。立花は異能と活躍ぶりから“狼男”という名称がつけられているが他の隊員には付けられてはいない。他の隊員は異能が協力では無かったり、サポート向きであったりと様々だ。その中には当然活躍が少ないという事実も含まれている。
そして名称がついておらず、立花の話に納得がいっていない人物が1人。上層部から推薦され、有望視されている人物。年齢は立花よりも若い。名は水野樹。達也の親友だ。
樹はカルト宗教残党の件から事件を何件か担当し実績を積む事が望まれていた。そして担当する事件はある程度、安全が見込まれ有能な捜査官がついている。“狼男”として正義の名を馳せる立花がこの事件に振り分けられた理由にも多少影響している。
「何しろ狙われているのは悪者だけだからなぁ。殺すところを見て現行犯の方が効率はいいだろ」
「なっ!?」
桜井は立花の言葉に絶句する。異能が関わる事件では現行犯が1番、手っ取り早いことは多かれ少なかれ誰もが理解している。しかし理解しているだけで公ではあまり好まれない。何故なら、次の犯罪を防止するという事を放棄しているからだ。そして今起きている事件は殺人事件。殺人事件を起こる事を見逃すという事を明言した事に桜井は衝撃を覚えていた。
「立花さん!? 殺人事件を見逃すというんですか!?」
そしてもう1人。声を上げた人物がいる。樹だ。樹は立花の発言に驚きを隠すことが出来なかった。今、起きている事件が殺人事件であり無くさなければならない、と樹はそう考えている。そんな殺人事件を起こることに期待し悪者であろうと、殺害される瞬間を眺めているだけではならない。それは樹の常識であり、良く言えばすべての人を助ける英雄的思考、悪く言えば現場を知らない者の意見だった。
「見逃すってわけじゃねぇ。ただ悪者には今回の犯人を見つけてもらう為に手伝ってもらうってことじゃねえか。しかも今回殺されている奴らも凶悪な犯罪を起こしてる犯罪者だろ?」
立花の言っている事は暴論ではあるが、ある意味理に適っている。今回の事件で殺されている被害者は凶悪な犯罪を起こす悪者ばかり。そして死亡原因も銃創を受けて死亡していること以外――主にどんな異能を使用してるかどうか判明していない。1度、真でも敵わない人間が死ぬ瞬間を見てどんな異能を使用するか、誰が犯人かを把握すれば良いと考えだった。当然、立花も普段の悪者犯罪ではそのようなことをせず、予想される被害者に警備などを手配していた。
「しかし、命は命ですよ!? そんな事許されるはずが……」
樹は今回立花の元でサポートするように言われていた。そんな立花が人を見殺すような事を言い、捜査に役立てるという事に拒否反応が出ていた。
「樹。おまえは儂の元でサポートに徹するように言われているだろうが。……とにかく今は喋るな」
立花は少しやりにくそうに話す。立花は上から樹のお守りを任されているわけだが樹の事に少し苦手意識を持っている。上から任されたという事実からそうなっていると自分の事を分析しているが、事実は異なる。立花は樹の正義感を無意識的に苦々しく思う事が原因となっている。
そんな立花と樹の話を聞きながらも思考していた。立花の言っている事は衝撃を受けたが確かに言っている事は確かだ。そんな風に桜井は考えていた。
(大っぴらに認めるわけにもいかないが、情報を得やすいのは確かだ。なら……)
桜井は資料を作る際にある程度殺害の法則性を見出すことに成功していた。事件が発生する感覚は3日から4日、時間帯はある程度ばらけてはいるが夕方から夜にかけて、そして関東圏の悪者警報の中でも比較的凶悪な悪者を殺す。
桜井は見つけ出した法則から次を探す。そして悪者警報と見合わせ結論を出す。
「立花さん」
「あんたも反対かい?」
「いや、消極的な賛成だ。次に事件が発生と思われる場所は次の4つだ」
立花に詳しい場所の情報を渡す桜井。悪者情報とともに桜井の個人的な勘に基づく順位付けもされている。
「成程な。確かに儂と同じ場所だな」
立花はニヤリと笑う。立花は自分と同じような予想場所が示され、確信を得ることが出来たようだった。
「えぇ。あなた達は現場を。私達は情報を集めます。互いに力を合わせましょう」
手を差し出す桜井。
「あぁ。儂らも微力ながら誠心誠意努力しよう」
差し出された手を握り締める立花。
捜査方法は異なり、考え方すら違う。だが互いに犯罪者を捕まえるという目的は同じだった。




