第2話 ちゃんと計測してみよう
「いいかい。この升は1リットル入るんだ。これを使ってシオンのアイテムボックスの容量を計るよ」
「えっと。アイテムボックスじゃなくて、時空収納なんだけど」
どうも、時空魔法のことは良く知られていなくて、一般的にはアイテムボックスと呼ばれているみたいだ。
僕のことを引き取ってくれた自由商人、ロジャーさんもアイテムボックスって呼びたがる。
「あー、アイテムボックスでいいじゃない。みんなそう呼んでるし」
「はぁ」
今は農園を出て、街に向かう街道の途中にある川にかかる橋の下にいる。
ここは、街道を行き来する人達のための水浴び場が作られている。
と言っても、川から水を引き入れた小さな池があるだけだけどね。
「じゃあいくよ。1杯目」
《スピア!》
「おー、水だけ消えた。不思議だなー」
初めて見る時空魔法にロジャーがびっくりしている。
なんか誇らしい気持ちになるね。
「次は2杯目」
《スピア!》
ロジャーが水を汲んでは、僕が升に触れて時空収納を行う。
簡単なことだがら、テンポよく進めていく。
「これで60杯目と…そろそろ一杯になるかな?」
《スピア!》
「まだ、大丈夫みたい」
「そうか。私の予想だと64杯なんだけどな」
「そうなの?」
僕は今まで60リットルだと思っていた。
もっとも、農園の水汲みはそんな量をしっかりと計らないから細かい数字は分からない。
「ほら、64杯目。どうだ?」
《スピア!》
「これで一杯みたい」
「おー、やっぱりそうか。64リットルジャスト。気持ちいいっ」
「えっ、64リットルって半端じゃないの?」
なんで気持ちいいのか、分からないな。
60リットルの方がちょうどいいんじゃない?
「64リットルというのはな。あー、その前にこの升は縦横奥行がそれぞれ10㎝ってことは分かるかい」
「うん。そのくらいだよね」
「そのくらいじゃなくてジャスト10㎝なの。商人ギルドが作った標準升なんだから」
「そうなんだ。10㎝ジャストね」
商人って農園の誰よりも細かいことを気にする人種なのね。
まぁー、農園だと商人になりたくて計算の勉強している男子が一番細かかったな。
スカウトさんが商人だと分かって自分が選ばれると思っていたから、僕が選ばれた時は相当がっかりしてたな。
いつも、頭が悪いってみんなをバカにしていたからいい気味だけどね。
「で、この縦横奥行をそれぞれ4倍にするとどうなる?」
「40㎝になるよね」
「そうじゃなくて、何リットルになる?」
「40リットル?」
「そうじゃないだろう。4の4倍の4倍で、ほら64リットル」
「うーん、分かんない」
どうも、僕の時空収納が64リットルでジャストサイズだという気持ち良さを伝えようしてしているのは分かるんだけど、どうしてジャストなのかは分からない。
「まーいいわ。64リットルというのは縦横奥行が40㎝づつだから、荷馬車とかで運ぶ荷物だと縦横奥行を足して120サイズって呼ばれるのさ」
「そうなの?」
「そうなんだ。だから、これからアイテムボックスにどのくらい入るのと聞かれたら120サイズと言えば伝わるよ」
そうなのか。僕の時空収納は120サイズなのね。
憶えておかなくちゃ。
「もっとも、ずっとそうとは限らないけどな。もしかしたらレベルアップで大きくなるかもしれない」
「レベルアップ! 冒険者じゃないのに僕にも出来るの?」
「ふふふ。実は秘密の作戦があってな。その時になったら教えてあげよう」
「今、教えてよ」
「だぁめ。その時までは秘密なの」
うーん、ロジャーって子供ぽいな。
9歳くらいの子が「ひ・み・つ」なんていう時と同じ顔しているし。(笑)
「その前に、アイテムボックスの検証を続けるよ。もしかしたら、今でもシオンはラバ以上かもしれないし」
「えっ、どういうこと?」
僕の時空収納はラバ以下って農園ではバカにされてきたからなー。
ラバは90㎏くらい運べるのに僕は60㎏だから。
あと30㎏を背負ってやっと同じになるって。
ちょっと30㎏は無理だしね。
「一度、水をため池に戻してほしい」
《スピダ!》
「おー、いきなり出たね。64リットルの水」
「うん、今は空っぽになったよ」
「今度は小石を入れていくよ」
そういうと升に小石を詰めて僕に差し出す。
どんどんと収納していくと、やっぱり64杯で一杯になる。
「やっぱり!ロジャーのアイテムボックスは64㎏入るんじゃなくて、64リットル入るんだ」
「なんか違うの?」
「小石は1升でだいたい2㎏あるんだよ。水より重たいから」
「あ」
すると、水だと64㎏だけど、小石だと、えっと何㎏になるんだろう…えっと。
「ははは。計算できないみたいだね。64㎏の倍だから128㎏だよ。おめでとう、ラバ以上だ」
「あ、ありがとう」
なんかラバ以上と言われると嬉しいな。
ロジャーさんはいい人だな。
「だけど、商人がラバで運ぶのは小麦とかの食料が多いから人升800gだよ。それだとシオンは51.2㎏しか運べない。やっぱりラバ以下だ」
「ええーー」
なんか、いい人なのか嫌な人なのか、良く分からないなぁ、ロジャーって。
ただ、細かい数字が好きなのと、検証するのが好きなのは分かる。
僕は細かい数字は苦手だけど、検証は楽しい。
ロジャーと一緒に商売しながらの旅は楽しそうだな。
「ということで、街に向かうぞ。その前に水浴びだ」
「ええー、寒いからいいよ」
「駄目だ。街に入るんだから清潔にしないとな。お姉ちゃんに嫌われるぞ」
「うーん。女の子に嫌われちゃうの?」
「ああ。街の女の子は臭い男の子は論外だ」
「分かった。水浴びする」
農園と街って、いろいろと違うみたいだな。
農園だとみんな汗臭いから気にしないんだよね、女の子もね。
「そういえば、シオン。もう、女は経験済なのか?」
「ええっ。女って。13歳になったらから、そろそろだって農奴管理人さんに言われてたんだけど」
「おー、それは残念だったな。農園だと管理人がそんなことも決めるのか」
「うん、最初はね」
中には勝手に経験しちゃう子もいるんだけど、僕みたいな奥手な男は哲だってくれるんだ。
そんな話はちょっとなさけないから内緒だけど。
「そういえば、あの農園って子供がすごく多かったな」
「農園の周りはまだ未開の土地が多いんだ。人手が増えれば農地が増やせるって、農園主さんが言うんだ」
「じゃあ、シオンの兄弟も多いのか?」
「えっと。農園じゃ兄弟って分からないから」
街だとお母さんとお父さんがいて、兄弟が一緒に住む。
そんな話を聞いたことがある。
でも農園じゃ、そんなことはしない。
子供が生まれたら、みんな一緒に育てる。
だから、誰がお母さんなのか、誰がお父さんなのか、分からない。
5歳になると、もっと小さい子の面倒を見たりする。
農園全体が家族みたいだから、一緒に育った子は兄弟と言えるかも。
「おいおい、ずいぶんと大雑把なんだな、農園って」
「農奴って、そういう物じゃないの?」
他のとこがどうなっているのかは知らない。
だけど、僕の育った農園はそうだった。
「おい、そうなると。エッチして子供ができても責任取らなくてもいいってことじゃないか!」
「責任って何?」
街人は、女の人に子供ができると結婚しなきゃいけなくなるみたい。
結婚すると他の女の人とエッチできなくなって、大変みたい。
「なんだか、街人ってめんどくさいんだね」
「えっと。確かに子供ができると喜ぶだけの農園の方が自由な感じがするな」
「でしょ」
うーん。街では簡単にエッチするのはNGだって分かった。
ただ、元々奥手の僕だと農園でも農奴管理人さんに手伝ってもらわないと無理だったから変わらないか。
「だけどね。街人だって、大金持ちは違うんだよ。気に入った女がいたら妾に囲って自分だけの物にする。それも何人だっていいんだよ」
「あ、農園に成人前の少女をスカウトに来る人だね。農園の少女にとって、妾になるのは夢なんだ」
「そうか。もし、シオンと組んで大成功したら、あの農園で少女の夢を叶えようか。それもいいな」
「あ、ロジャー、エッチな顔になっているよ」
「あ、まぁ。そんな未来もあるってことだ」
農園の少女を妾にか。
それは楽しいかもね。
妾になると、家事も何もしないでお客さんを毎日招いて、楽しく過ごせるって、女の子達がドリームストーリーとして話していた。
実際、元農奴の少女が10年してお土産一杯持って農園に里帰りしたことがあった。
夢を叶えたヒーローみたいで、農園の少女たちが憧れの目で見ていたっけ。
「そういえば、シオン。お前にも想いの人がいたんでしゃないか?」
「想いの人?」
「あー、要はエッチしたいと思う女の子だね、農園的には」
エッチしたい人、うん、ひとりだけいる。
「アリア姉ちゃん。ずっと僕のことを面倒見てくれた人なの」
「おー、年上か。いいな。いくつ上なのかな」
「3つ」
「となると、16歳か・おいおい成人しているじゃないか。少女じやなくて」
「うん。今は農園の人達にご飯を作る仕事をしているの」
「えっと、少女じゃない場合はスカウトできるのか? どうだったか」
「駄目なの?」
「いや、良くは知らないが大金持ちになれば可能さ。大金があれば大抵のことはできるんだよ」
「うん、大金だね、ロジャーと一緒に頑張るね」
「おお。そうしてくれ」
ロジャーといろんな夢を語っていたら、街に向かって街道を歩いていくのが楽しくなってきた。
農園の農奴として生きてきた今までの僕とは全く違う。
何をするのも自由という新しい生き方が始まったんだと思った。