第13話 マグロって命を賭ける価値があるのかな
「おい、坊主。大丈夫か?」
「まぁ、初めて舟に乗ると大抵そうなるんだぞ。心配するな」
マグロを獲りに漁師の親方とジョン、そして僕の3人が舟に乗っている。
だけど、僕だけが吐きまくり。
時間はまだ陽が登り切っていない早朝だ。
「どうして、こんなに揺れるの! おかしいじゃない!?」
「何言ってんの。海は波があるんだよ。だから舟は揺れるのは当たり前さ」
「漁師はな嵐の中だって漁にいくんだぞ。このくらいは序の口だ」
信じられない。
ぐわんぐわんと舟が上下する。
胃の中がグルグル廻って中身が全部、口から出ていく。
「おいシオン、吐くなら海だかんな。舟の上に吐くんじゃないぞ」
「あー、分かったよ、ジョン」
「こりゃ、ちょうどいい巻き餌だ。魚が寄ってくるぞ」
「親方ぁ、それはないでしょう」
もう、ふたりとも、僕が吐くのをニタニタして見ている。
なんとかならないのかな、本当に。
「おい坊主。もう少ししたら、静か海の領域に入る。そこまでの辛抱だ」
「方向はこっちでいいんだよね、親方。風の向きはちょうどいいみたい」
「おう、もちろんだ。ちゃんと計算してあるから心配するなって」
舟は3人が乗るとあとは100㎏のマグロを載せるくらいのスペースしかない。
大きな1本の帆が風を受けて膨らんでいる。
ジョンが細かい操作で舵を制御して、親方が指さす、静か海の方に向かって進んでいる。
と、思うんだけど、吐き気がひどくて本当にそうなのか、確認もできていない。
ふたりがそうだと言うのを信じるしかないな。
☆ ☆ ☆
「ほら、波がなくなっただろ」
「すごい親方! こんなに沖に出ているのに波がないなんて信じられない」
「ここは海流が複雑に交わる海域なんだ。この下に100㎏超えのマグロはやってくるのだ」
「でも、なんか凪いでいる海がずっと続いているみたいだけど?」
「そりゃそうさ。その広い静か海のどこにマグロがいるか、読み取るのが漁師の腕だ」
親方とジョンはマグロ探し談義で盛り上がっているけど、僕か完全にグロッキー。
もう吐く物も残っていない。
「シオン、大丈夫か?」
「まぁ、大分よくなったかな」
「じゃあ、これ」
「なに、これ?」
おっきい木で作られた物を手渡された。
「これは櫂っていうんだ。これで漕いで舟を進ませるのさ」
「えっ、僕も漕ぐの?」
「当たり前じゃん。親方はマグロの兆候探しで忙しいんだぞ」
「だけど」
抗議したけど、ダメでした。
静か海は波もないけど、風もない。
舟を進ませるには漕ぐしかないという海域なんだって。
「ほら、もっとしっかり漕いでよ」
「あ、悪い」
力なら決してジョンに負けていないと思うんだけど、僕が漕いでいる方が遅れて舟が曲がってしまう。
その度にジョンが一休みして調整している。
「あー。進みが遅いな。このままじゃマグロのいるところまで行くのに日が暮れちゃうよ」
「ジョンよ、そんなことないぞ。ほれ、あそこ」
「あ、トリネコじゃん。奴らがクルクル廻っているとなると、でっかい魚がいるってことだよね」
「そうだ。それも、あんなにたくさんのトリネコがくるくる回っているのはでかいマグロがいるにちがいない」
おー、あそこにマグロがいるのか。
ここはひとつ頑張るしかないでしょ。
「おっ、シオン、やっと調子が出てきたな」
「あそこまででいいんでしょ。だったら頑張るよ」
「そうだ。あそこまでいけば、でっかいマグロが絶対いるぞ。マグロを追いかけて25年のワシが言うんだから間違いないざ」
☆ ☆ ☆
「これが 小魚だんごだ」
「でっけーーー」
「大きいね」
手のひらで固めたでかい魚の団子。
今は舟の周りでは小魚が跳ねまくっている。
それを網ですくって、棍棒で叩いてぎゅっと握ったのが小魚団子だ。
これをでっかい針につけて投げ込む。
ドボン。
準備はできた。あとはマグロが小魚団子に食いつくのを待つだけだ。
「坊主は休んでいていいぞ。ジョンはこっちの綱を持ってマグロが喰いつくのを待て」
「おう! 絶対にでっかいマグロを釣り上げてやるぞ」
「そのイキだ」
僕は一休み。
さすがマグロ釣りを手伝うのは無理だからね。
波もなく風もなく漕ぐこともなく。
ぼーっと空を見上げている。
空にはたくさんのトリネコが飛んでいて、時々急降下して跳び上がる小魚を捕まえて食べている。
なんか、面白いなー。
僕にはまだまだ知らない世界がたくさんあるんだなー。
いろんな世界を見れるのって楽しいなー。
なんてぼーっと考えていたら。
「親方! 来たっ」
「おっ、そっちに来たか」
「うわっ、引っ張られる。どうしよう」
「踏ん張れ。命綱があるから大丈夫だ。もちろん、ワシも手伝うぞ。お主も頼むぞ」
3人で引っ張るけど、全然引けない。
ボートが引っ張られて、すごいスピードで動いていく。
「親方、すっげーでかいの、釣れちゃったみたい」
「ああ。このボートを引けるってなると、100㎏どころじゃないぞ」
「そうなの?」
「3人で引いてもびくともしないとなると、200㎏、いや、300㎏以上だ」
300㎏のマグロって、どんだけでかいんだよ。
どうやって、捕まえたらいいんだ?
「ワシが銛をぶち込むまでだな。脳天を銛でブチ差せば、どんなに大きくてもなんとかならーな」
「親方、すごい!」
いや、それは成功してからでしょう。
だいたい、銛をぶち込むと言っても、海の中じゃ無理だし。
「あと10分、待てばあいつは一度海面に出てくるぞ」
「どうしてなの? 親方」
「そうい習性だ。間違いない」
今は親方がそう言うんだったら信じるまでだ。
親方が銛をぶち込みやすい様にできるだけ、綱を引いてマグロを近づけないと。
「よし引くぞ。いちにのさん!」
あっちょっとだけ、綱が引けた。
まだ50メートルは綱が出ているっていうから、まだまだだなー。
3分間で10メートル。
海面に跳びだすまで、どれくらい引けるのかな。
10分が経つ頃には残り20メートルまで来た。
すると、海の中に影がみえた。
「なんだ、こいつはまたこともないでかさだ」
「親方でも見たことないの?」
「ああ、きっと500㎏はあるんじゃないか」
「「すげーーー」」
そんなでかいマグロは伝説の中でしか存在していないらしい。
つまり、こいつは伝説級のマグロってことか。
「ほら、上がってきたぞ。それもこっちに向かってくる。チャンスだ」
「親方いけー」
「たのみます」
親方がどでかい銛を振りかぶってタイミングを調整する。
どんどんとマグロは上がってくる。
跳ねた!
同時に親方の銛がマグロに向かって飛ぶ。
額のど真ん中に銛がぶちあたった!
「やったぞ」「「やったー」」
あ、急にマグロの動きが弱くなる。
これなら、綱を引けば舟に寄せられるかも。
「綱をひっぱればいいだね」
「あー、まぁー、そのう」
「えっ」
「なんだな。こんなに大きいとは思ってなくてな」
「えっ」
「こいつを陸に持ち帰る方法がないと今、気づいた」
「「ええーーー」」
「この舟に載せたら、重量オーバーで沈むわな」
「じゃあ、海の中においておいて、綱でぴっぱったら?」
「血が流れているから、このままじゃ海のギャングと呼ばれるシャチってのが来る」
ええー、それじゃ、全部は持ち帰れないってこと?
「仕方がない。真ん中のあたりだけ切り落として100㎏ぐらいの切り身を持ち帰ろう」
「そんなー。せっかく伝説級のマグロなのに。切り身にしたら、伝説級の切り身にランクダウンしちゃうよ」
うまいなー、伝説級の切り身。
なんか、イメージが湧いてこない名前だなー。
「もう、シオンもちゃんと考えて! 伝説級のマグロをそのまま持ち帰る方法を!」
「あっ」
☆ ☆ ☆
500㎏と聞いてピンときた。
それくらいならギリギリ、時空収納できてしまうかも。
いけるかな。
えいっ。
《スピア》
「「ええーーーー」」」
ふたりが見ている前で伝説級マグロは消え去った。
もちろん、時空収納へ、ね。
でっかいマグロ、取ったどー。




