第3話「シヴュラとマスター」 6
翌日の朝、アルス達は宿の前で現地協力者を待っていた。
宿から聞いた通りの時間にその人物は現れた。
「どうも、私はヨハン・バルツァー。シュヴァルツェンベルク侯爵の元で働いている者です」
ヨハンと名乗った青年は感じの良い雰囲気で好青年といった所だろう。
アルスが手を差し出すと彼は握手に応じた。
「では、早速出発しましょう。説明は道すがらさせて貰います」
移動用だろう簡素な馬車に乗り込むとヨハンは話を始めた。
「聞いていると思いますが今回の仕事は不審なMAの調査と必要ならば殲滅です。一月ほど前から目撃されるようになり、何度か調査が行われたのですが出所や素性などは分かっておらず。知っての通り場所が国境間近という事もあって迂闊な行動が出来ない状況です」
「そこで我々が秘密裏、内々に処理をするという訳です。相手がベラージの軍であれテロリストや他の何かであっても基本的には殲滅の方針です」
ヨハンによると基本的には見つけて排除するという事らしい。
「大丈夫なんですか?もし他国の軍隊だったら揉め事になるんじゃ?」
アルスはそう疑問を投げかけた。
「そういう可能性はあります。しかし、それは上が判断する事です。我々には排除の許可が出ている。これは侯爵閣下のご意向でもあります」
どうやら命令は侯爵直々の物らしく、それに従えとの事のようだ。
「分かりました。でもまあ、余計な争いにならないといいですよね」
「勿論です。その為に我々が水面下で動くのですよ。放っておいてタボルに攻め入られでもしたらそれこそ「余計な争い」じゃ済まない」
ヨハンという男は柔らかい言葉の割には合理的さと何だか棘のようなものが感じられた。
態度も悪くないし言っている事もおかしくないのだが、僅かに引っ掛かるようにアルスは感じていた。
「一つ構わないか?」
ルーテシアから質問が上がった。
「ああ、これは失礼。オースティン公国に誉れ高きポー伯爵のご息女、ルーテシア様ですね。ご協力感謝致します」
畏まった態度でヨハンはルーテシアに接した。
「ほう、わたしの事を調べたのか」
「いえいえ、ルーテシア様は巡回騎士ですからね。その立場は大陸共通法によって保証されたもの…知っていて当然ですよ」
「ふん、まあいい。話を戻すが、国境ではMA戦が予想される。という事はお前もライダー・ナイトか?」
ルーテシアはヨハンに視線を向けてからフードを被って黙っているもう一人の人物を見た。
「はい、私も大したものではありませんがライダー・ナイトです」
そう言うとヨハンは顎で指図するとフードの人物は立ち上がりそれを外した。
特徴的な服を来た少女であり、予想の通りシヴュラであった。
癖毛で薄紫色の髪は短く、シヴュラの例に漏れず美しい顔は少し眠たげな顔つきだ。
だが特徴的なのはその褐色の肌だろう、全体としては少し気だるげな印象を受ける。
「私のシヴュラのプラムです。どうぞよろしく」
シヴュラ・プラムは一礼すると特に言葉を発さずにまた座った。
「やはりか、侯爵が裏仕事をやらせるくらいだからな」
「いえいえ!只のお使いのようなものですよ」
ヨハンは謙遜しているが確かにその身のこなしは隙が無い。
恐らくはかなりの実力がある事はアルスにも分かる。
「私からも質問があります」
リリウムも何か聞きたいようだ。
「MAの居場所や拠点が発見出来ないというのは何故でしょうか?索敵能力の高いシヴュラが居れば容易かと思われますが?」
「ああ、それに関しては山は磁石などを含んだ岩が多く更に地形も複雑なのです。加えて霧も出やすい。これによって歩兵での探索が難しい。次は単純な事で索敵能力に優れたシヴュラが居ないからです。高性能なシヴュラとMAは貴重だ。良好な関係では無いとは言っても現状敵対していない国家との国境にそこまでは出来ないという事でしょうね」
ヨハンの説明は簡潔だ、おかしくは無い。
「そうですか」
リリウムも納得したのかそれ以上は聞かなかった。
「中々世知辛い事情ですよ、いかに大国であるジグムント帝国といえど常に人も物も足りていない訳ですから」
ヨハンはそう自嘲気味に笑うがそれが愛想笑いである事は誰もが理解していた。
それからしばらくして山の麓に到着した。
「この山脈が国境になっています。お互いに不干渉地域になっているのでこの山中に基地や拠点などがあれば確実に黒と言う事です」
「しかし、こんなデカくて険しい山なんて探しようが無い」
アルスが言うようにこの山々を歩いて調べるなどどう見ても不可能だ。
「スー、索敵に自信は?」
「私はボ…お父様の作ったシヴュラです。あらゆる事において他のシヴュラに負けない自信はあります」
リリウムの問いにスーは自信有りの表情で返した。
「プラム、あなたは?」
問いにプラムは頷いた。
「マスター、私達三人で広域索敵を行います。MAもしくは大きな金属反応があれば探知出来るはずです」
「ほう?索敵に自信があるようですね。流石はお二人のシヴュラだ」
リリウムの作戦にアルスは乗る事にした。
「マテリアライズして三機で索敵しながら山に入るって事だな?」
「はい、霧も出ているのなら目視での発見は困難が予想されます」
「わかった、ヨハンさんもそれでいいですか?」
「異論ありません」
「私も構わんぞ」
「よし、なら」
「「「マテリアライズ!」」」
すると三人のシヴュラの胸から光が放たれMAが実体化する。
白い巨人イブリス、赤い巨人スカーレット・ルージュが現れ地面に着地するともう一体の巨人が姿を現す。
灰色の機体のシルエットはやや細身でイブリスに近いが、全体的な印象としてはロチェスターに似ていた。
右肩が青く塗られているのは彼のパーソナルカラーだろう。
「あれは」
「分析中…ジグムント帝国の量産機ランカスターです。工場生産のシヴュラですが高度な管理と調整で作られたハイエンドタイプと考えられます」
「帝国の主力MAだな。やはりかなりの実力者のようだ」
機体間通信してきたルーテシアはそう言った。
ヨハンが実力者である事を察しつつ探索が開始された。