第1話 「少年少女」 2
それからアルスはベンに言われた場所に来ていた。
恐らく役所の一室だろうそこには30人程が集まっていた。
大柄で筋肉質な男が多く、眼つきも鋭い者が多い。
極めつけは全員何がしかの武器を持っているところだ、どう見ても平和な雰囲気ではない。
「あーこれで全員揃ったかな?では話をさせて貰おう」
すると小太りな男が現れて話を始めた、服装からして役人だろう。
「聞いているとは思うが諸君らには山賊を退治して貰いたい、近頃街道や山中で商人などを襲撃していてかなりの被害が出ている。治安維持としても経済的にも見過ごす事は出来ない」
役人だろう男は腹立たしいのだろうか強い声と口調で喋っている。
「生け捕りなどと言う面倒な事は言わない、皆殺しで構わんので山賊を殲滅して貰いたいのだ!何度かの警告にも連中は応じる気配がなく全くもって不快だ!」
役人が熱くなっていると近くの男達の会話が聞こえてきた。
「カッカしてるな、よっぽど上から言われてるらしい」
「いーや多分、これ以上放置すると上の上が介入してくるからじゃねーか?」
「ああ、そうなったらメンツが丸潰れって訳か」
「だな、まさかまさかの帝国十三騎士様のお出ましなんつってな」
男達の話に気を取られていると役人の話は終わったようだ。
「では、部隊の指揮はトーション武官に任せる、検討を祈る」
すると役人の男は部屋を出て行った。
「指揮を取らせてもらうトーションだ、よろしく頼む」
トーションと呼ばれた男は中年の男性だが武官というだけあって体は鍛えられ服の上からでも分かる筋肉と柔らかそうな物腰の中にも鋭い眼つきがあった。
「説明にあったように君達には私と共に山賊討伐を行ってもらう、これは領主シュヴァルツェンベルク侯から正式な命令が出ているので報酬に関しては期待してくれていい」
「へー!そいつはいいや!」
「領主様の命令とあっちゃ取りっぱぐれはねぇよな」
集められた傭兵達は報酬が期待出来る事に興奮しているようだ。
アルスとしてもしっかり報酬が貰えるのはありがたい。
「賊共は東の山の麓の森を拠点に潜伏しているようだ、一気に強襲してこれを殲滅する」
「調べでは賊はどうやら敗残兵や流れ者の集まりのようだ、それなりの錬度はあるだろうが君達ならば問題無いと判断している」
「当たり前だぜ!賊共ぶっ殺してやるよ!」
「出来高でボーナスとか着かねぇの?」
「やる気があって結構だ、目覚ましい戦果を挙げれば褒賞も考えよう」
「待ってましたー!」
好条件の仕事に傭兵達の士気は高くなったようだ。
トーションという男は中々人を使うのが上手く見えた。
「ではこれより出発する!森までは馬車で移動しそこからは歩いて向かう」
建物を出ると玄関の近くでリリウムが待っていた。
古ぼけたフード付きのマントで顔はよく見えない。
「話は聞いてきた。これから山賊退治へ向かうけど…ほんとに来るのか?」
アルスがそう聞くとリリウムは小さく頷いた。
「見極めたいと…思います」
危ないから止めておけと何度も言ったが彼女は存外に頑固なのか同じ問答を繰り返す事になりアルスが折れたのだ。
「荒事だしきっと命のやり取りになる、仲間だって傭兵連中だから荒くれみたいなもんだ、気を付けて」
アルスが歩き出すとリリウムはその後ろを張り付くように着いて行った。
馬車に乗り込むと馬のいななきを合図にそれは走り出した。
乗り込んだのは偶然にも部隊長のトーションの馬車だった。
「ん?そこの者は先ほどは居なかったはずだが?」
トーションは怪訝な顔でリリウムを見た。
「この子…こいつは俺の相方なんですよ。ちょっと買い出ししてて来れなくて」
「そうか、まあ頭数は多い方が良い」
とりあえず注意は逸れたようだ。
「若いな君、名前は?」
「アルスです」
「そうか、見た所は田舎から出稼ぎか名を上げにでも来たというところか?」
「ええ、まあそんなところです」
「立派な剣を持っているようだから、それなりの家かとも思ったがそういう雰囲気でもなかったからね。まあ、今回は山賊狩りとしては十分な戦力がある。無理をして戦果を上げるのではなく生き残る事を考えろ」
「はい、ありがとうございます」
アルスはこの男は信用出来そうな気がした。
「気にするまでも無いとは思うが少し気がかりな点がある」
「襲われた商人は護衛として傭兵を連れていた、それもそこそこに名の知れた傭兵団だった。それが全滅して商人も荷車ごと持ちされているんだ」
トーションは少し険しい表情で話を進める。
「後で商人は殺された状態で森の近くで発見された。これもあって今回は多めの人数を募集した訳なんだがな」
馬車は森へと向かって走って行った。
馬車を降りて案内役に従って森を抜けると山の麓に小さな砦があり、古いものだが手直しされて山賊の根城になっているようだ。
「賊は多くて10~15人ほどだ、見張りを射抜いて一気に叩く」
トーションが合図をすると弓を使える者が数名、矢を構えて放った。
それは見張りを射抜き倒れこませた。
「行くぞーーー!!!」
掛け声と共に傭兵たちは一気に砦へと襲い掛かった。
山賊達は襲撃に対して反撃し、武器を持って応戦した。
あっという間に乱戦になりあちこちで剣が交わされる。
「食らえぇ!」
手斧を持った山賊がアルスに斬り掛かるとアルスはそれを躱し、振り抜いた隙を狙って顔面を殴りつけた。
バキッという打撃音と共に山賊がよろけると、すかさず首の後ろに肘打ちを叩き込んで昏倒させた。
「!」
アルスが振り向くと山賊がリリウムに襲い掛かっていた。
剣で斬ろうとするが意外にも身軽な彼女は上手くそれを躱していた。
「リリウム!」
アルスは助走を着けて飛び蹴りを山賊の腹に叩き込むと山賊は吹き飛ばされて動かなくなった。
「大丈夫か?」
「はい…剣を抜かないのですか?」
リリウムはアルスの顔を見つめるとそう呟いた。
「いや、これは」
そうこうしていると山賊の首領が現れた。
「ふん!犬どもめ、ここも嗅ぎ付けられたか」
筋肉質だが太った恰幅の良い悪人面の男が砦の上からこちらを見下ろしていた。
「その通りだ、領主直々に討伐命令が出ている!大人しく降伏しろ!命令は即時殲滅だが降伏するのであれば命は助かるように取り図ろう!」
「馬鹿め!どうせ捕まれば死刑に決まっている!それに死ぬのは貴様らよ!」
首領は笑みを浮かべると後方に控えていた人物のマントを剥ぎ取った。
そこには少女が立っており、服装は見慣れない独特のものだ。
「あれは」
「シヴュラ」
「え?」
アルスが呟くとリリウムが小さくシヴュラと告げた。
「くくく、今から嬲り殺してやろう」
首領は少女の体をいやらしい手つきで触ると叫んだ。
「マテリアライズ」
すると少女の胸部にある結晶体のような物から光が発せられた。
「ま、まさか」
トーションが驚きを口にすると、目の前に巨大な質量が実体化する。
巨大な金属の巨人、戦場の覇者にして大陸最強の戦闘兵器マテリアル・アーマーである。
「がははははっ、俺は元ルッツ連邦の傭兵だ!戦争のどさくさでシヴュラごとトンヅラしたって訳よ」
ⅯAが一歩足を踏み出すと地面が揺れる。
それだけでも体がふらついてしまう、圧倒的な威圧感だ。
「怯むな!撃て!!」
弓矢を射かけるがMAの装甲はそんなものは全く通さない。
「無駄よ無駄無駄!」
手に持った巨大な剣が振り下ろされると轟音と共に地面が揺れ、物凄い風圧と衝撃が迸った。
「うわっ!」
あまりの風圧と衝撃でアルスが転んで起き上がると目の前には土煙が立ち、剣が振り下ろされた地面は大きく抉れていた。
そこに居ただろう傭兵数名は跡形もなく消し飛んで僅かに肉片だけが見えた。
「くっ!撤退だ!逃げろ!」
「逃がさねえよ!言っただろう?死ぬのはてめぇらよ!!野郎ども殺せ!」
首領の合図と共に山賊達は撤退を始めた傭兵に次々と襲い掛かった。
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
戦意を失い背を向けて逃げる者が次々と剣や槍で斬り殺されて行く。
「まずい、俺たちも逃げないと」
アルスはそう言いつつも状況が厳しい事が分かっていた。
数人の山賊に取り囲まれ逃げるのは難しいからだ。
「俺が道を作るからリリウムだけでも逃げるんだ」
「…」
「リリウム?」
リリウムはおもむろにフードを外すと素顔を見せてアルスを見た。
「どうして剣を抜かないのですか?」
「だからそれは…」
「あなたは騎士では無いのですか?」
紫色の瞳に心を見透かされるような気がしたアルスは口を開いた。
「俺の父さんは軍人だった、だけど戦争へ行って帰って来なかった。これは父さんの剣なんだ、衝動的に持ってきたけどこれを抜いて戦ったらそれは父さんと同じでもう戦争っていうか命のやり取りじゃないか」
「怖いのですか?」
「そうだ…怖い、怖いのか俺は」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!!」
山賊が剣を振りかぶって襲い掛かってきた。
「っ!」
何とかそれをアルスは避けた。
「うひょー!なんだこいつ良い女じゃねえか!」
「こりゃこの後が楽しみだぜ!」
「このガキぶっ殺したらたっぷりと可愛がってやるぜ」
山賊達はリリウムに気づくと欲望をむき出しにしてにじり寄って来る。
「くっ!」
どうする?どうしたら良い。
流石に4人を倒して突破するのは無理だ、リリウムは何故か逃げようとしない。
だが、もし自分がやられたらリリウムはどうなる?
せっかく助けたこの子は結局慰み物になってしまう。
それは嫌だ、絶対に認められない。
なら、どうしたら良い?どうすれば良い?
リリウムを見る。彼女は無言でこちらを見ている。
全く恐れや怯えが見えない、無感情と言っても良い。
「覚悟」というベンの言葉を思い出す。
あの時、俺は覚悟をしたはずだ。
この少女、リリウムを守ると!
「死ね!!」
振り下ろされるこん棒に対してアルスは腰の剣に手を掛けた。
「ああああぁぁぁーーーっ!!!」
声を張り上げて剣を抜き、そのまま相手を斬り伏せる。
「がっ!」
斬られた山賊が崩れ落ちる。
「や、野郎!」
「舐めるな!」
襲い掛かってくる山賊を次々と斬る。
一人目の胴を斬り、二人目の槍を躱しながら首を斬って、最後の三人目が怯えていても構わずその腹を剣で突き刺した。
「うぐぅあっ!!」
山賊は腹を貫かれた痛みに呻く、剣を引き抜くと大量の血が噴き出して倒れた。
あっという間に4人の山賊を斬り殺し剣の血濡れを払った。
「はぁはぁ…」
覚悟が決まったからか迷いは無かった。
人間を斬る感覚は不快だが恐れは無い。
返り血も不快だが気にしない。
「(これが命のやり取り)」
アルスは今までこうなるのが怖かった。
理由があっても自分は人を殺した。
戦いに身を置くという覚悟、殺してでも生き、殺してでも守りたいものを守る。
男が覚悟を決めたのなら後はそれを通すしかない。
「ちっ!調子に乗るなよ小僧!」
上から響いてきた声に振り替えるとMAがこちらを見つけて迫ってきていた。
「流石にあれはどうにもならないな」
地面を揺らしながら迫る鋼鉄の巨人、とても人の敵う相手ではない。
「いいえ、大丈夫です」
不意にリリウムが声を掛けてきた。
彼女はこちらを真っ直ぐ見つめるとフードを脱ぎ捨てた。
ボロボロのシヴュラ服だが胸の上辺り、デコルテの部分が露出しておりそこにはクリスタルのような物が輝いていた。
「私は見ました。貴方の覚悟を…アルス、貴方には騎士の、ライダー・ナイトの資格があります」
そう言うと彼女は眼を閉じて腕を開いて胸を突き出した。
「若き騎士よ、我が求めに答えるならば宝玉に触れそなたの名と我が名を唱えし後に述べよ…エンゲージと」
「えっ」
理解が追い付かない、リリウムが突然饒舌になって何だか雰囲気も違う。
求め?
エンゲージ?
それは何なのだろう。
「…私と共に歩んでくれますか?」
リリウムは眼を開くと優しく微笑んでそう言った。
「ああ、分かったよ」
何も不安に思うことなく、俺はリリウムの胸にある宝石のような物に触れた。
「俺アルスは君リリウムと…」
「エンゲージする!!!」
その瞬間、リリウムのクリスタルが強く発光した。
「何だ?あの光、まさか」
首領は眼下の少年が何をしているのかを察したがもう手遅れだ。
「認証完了、これより私は貴方のシヴュラ、そして貴方は私のマスター」
「さあ、戦いましょうマスター…MAを実体化させます」
「どうしたらいいんだ?」
「マテリアライズと」
「よしっ!…マテリアライズ!!」
再度クリスタルが強く輝き、リリウムの力によってMAが実体化する。
マテリアライズとはMAを実体化するキーワードであり、これによってシヴュラの力が解放される。
一瞬にして実体化したそれは大地へと現れた。
純白の装甲は光を反射して美しく輝き、対峙するMAに比べて細くしなやかなシルエットを持っていた。
頭部の人間の目に相当する部分には人と同じように二つの輝きがあり、その姿は白い騎士もしくは天使か悪魔のようでもあった。
「ん?うおっ!ここはなんだ!」
気が付けばアルスは白いMAのコアブロック内に居た。
「神経リンク正常、物質化強度正常、各種動力伝達オールグリーン…」
リリウムはアルスの斜め後ろの席のような所に座っていた。
「マスター、手を動かしてみて下さい」
「え?手って」
「今マスターの体はこの子と繋がっています。マスターの意思でこの子も動くはずです」
「そんな事を言われても」
混乱しているが手を動かすイメージをすると急に感覚が外部に繋がったのか、白いMAの腕が動き、指が人間と変わらないように滑らかに動いた。
「うおっ」
「神経接続問題無し、適合極めて良好です。マスターはとても良い資質をお持ちです。これならこの子の力を引き出せますよ」
外では首領のMAが動き始めていた。
「あんな小僧がMAだと?生意気な!!叩き潰す!」
MAは剣を振り上げて白いMAへと向かっていく。
「いきなりですが実戦です。大丈夫、マスターとこの子なら勝てます」
「ちょ、ちょっと待て」
「食らえ!!」
白いMAを叩き切ろうと剣が振り下ろされる。
「!」
反射的に避けるイメージを描くと白いMAは正確に反応して振り下ろされた剣を回避した。
「敵MAはバブーンタイプ、主にルッツ連邦で作られたシヴュラが呼び出す機体です。やや装甲が厚い事以外は極めて平均的な能力です…ヘルメット下げます」
「おわっ!」
いきなり上から降りてきたものに頭を覆われて視界が塞がれて驚いてしまった。
「慣れないと自分の視界と機体の視界の切り替えがし辛いと思います。暫くはヘルメットを使った方が良いと思いました」
確かに視界が塞がれた事で機体から伝わってくる感覚に集中出来るように思える。
「この子の名前はイブリス…マスターと私の機体です」
「イブリスか」
まだ実感は沸かないが自分が乗り込むMAの名を知って少し安心を覚えた。
「小賢しいわ!」
攻撃を回避された首領は再び剣を振るってイブリスに襲い掛かる。
「武装実体化、エネルギーブレードを選択」
イブリスの右手に筒のような物が実体化し、それは高熱を発する光の刃を噴き出した。
「斬撃来ます。受けて下さいマスター」
「くっ!」
がむしゃらに敵の攻撃を受けるイメージをする。
イブリスはアルスの感覚を正確に反映して横薙ぎされた剣をエネルギーブレードで受け止める。
「何っ!」
攻撃を受け止められた首領は驚きの声を上げた。
「うおおお!!!」
アルスの意思を反映してイブリスは左腕を引きそのままバブーンを殴りつけた。
金属の激突音と共に殴られたバブーンが後ろに飛ばされ、バランスを崩しながらも何とか転倒せずに踏み留まった。
「ぬうう、おのれぇ」
首領は額に汗をかいていた。
あの細いボディの機体の拳打がこのバブーンを浮き上がらせて後ろへと殴り飛ばしたのだ。
白いMAはこの機体より性能が良い事を確信した。
「だがひよっこの小僧にこの俺が負けるはずがねぇ!!」
叫ぶと剣を構え直して突撃を開始する。
「行くぞサマンサ!気張れや!!」
「はい、マスター」
シヴュラの少女は従順そうにそう呟いた。
突っ込んでくるバブーンに対してイブリスはブレードを構えていた。
「迎え撃ちます。マスター落ち着いて対処しましょう。勝てます」
リリウムは機体を制御しながらアルスを落ち着かせるように優しく囁いた。
「ああ」
地面を揺らしながら突撃する機体とそれを待ち構える機体、二つが交差して決着が着く。
「っ!」
斬り合った二つの機体。
イブリスは無傷だったがバブーンは袈裟斬りにされ、切り口から火花が上がると爆発しながら地面に倒れこんだ。
大きな地響きと共に崩れ落ちた機体は実体化を保てなくなったのか徐々に薄くなって消えた。
すると地面には首領とシヴュラが横たわっていた。
コアブロックへの直撃では無かったが激突の衝撃によるものか首領は重傷を負い腹部から出血していた。
「マスター…」
シヴュラ・サマンサは致命傷を負い死にゆく主を見つめていた。
彼女も怪我を負い、頭部から血が流れ、左腕を右手で押さえていた。
「クソがこんな所で死ぬとはな、だが所詮は俺もクソだ…こんなもんか」
「国なんぞの為に戦って死ぬなんざごめんだったが、最後は変わりゃしねぇな…じゃあな、サマンサせいぜい良いマスターを見つけろや」
首領はそう言うと息絶えた。
「さようなら、マスター」
サマンサは主の死に目を閉じて祈りを捧げた。
「ハッチ解放します。降りましょうマスター」
「ああ」
コアブロックの天井がスライドすると空が見えた、流れ込む空気が心地よい。
すると座っていた座席が上の方へと動き始めた。
座席が上がった先はイブリスの顔の前、胸部の上だ。
「(高い)」
外に出るとMAの大きさを再認識する。
約18mの鉄の巨人、こんなものが動き回るなんて信じ難い。
機体の顔を見る、白い機体の顔には目のような輝きがありやはり巨大な人のようであった。
そんな事を思っているとイブリスの手が胸の位置まで移動して来た。
「乗りましょう」
リリウムにそう促されてアルスは手に飛び乗り、後から乗ろうとするリリウムに自然と手を差し出していた。
彼女はその手を無言で取ると柔らかく微笑み返した。
イブリスは姿勢を屈めると二人を地面にゆっくりと下した。
「勝手に動くのか?」
「ある程度の動作は予め組み込まれていますから」
「というか、これリリウムが降りてもその実体化?してるけど」
「はい、概ねですが100m程度なら離れても大丈夫です。その範囲なら実体化を維持出来ます」
大地を踏むと妙に落ち着いた感覚があって安心した。
「って、あれ?」
だがバランスが保てず転んでしまった。
「マスター?…初めての戦いでお疲れなのですね」
あまり自覚は無いがどうやらそうらしい。
色々なことが起こり過ぎているのもあるだろう。
倒れているとリリウムが頭の方に座り込むと足の上に頭を置いてくれた。
所謂、膝枕というやつだろう。
「いやっ!なにして!」
「暫くこのままで…落ち着くまでの少しの間です」
優しい声でそう言われるとなんだか妙に眠たくなってきた。
「じゃあ少しだけ…」
そう言い掛けるとそのままアルスは眠りに落ちた。
「はい、私の…マスター」
リリウムは膝の上で眠る少年を愛情深く見つめていた。
「まさか、あの少年がライダー・ナイトとはな…いやはや驚きばかりだ」
「しかし、これから騒がしくなりそうだな」
そうトーションが呟くと散り散りに逃げた傭兵たちも戻ってきつつあった。
この一部始終を陰ながら観察していた者が人知れずその場を去ったがそれに気づいたのは誰も居なかった。
日が落ちて夕日になり、白銀のMAはその光を受けて赤く輝いていた。
シュヴァルツェンベルク侯爵居城 プラナ城
「そうか、やはり賊はシヴュラを連れて居たか」
「はい」
巨大な城の一室で男二人が会話している。
一人はこの城の主であろう痩せた初老の男性だ。
柔らかそうな雰囲気をしているが眼は鋭く、傑物である事が伺える。
もう一人は年若い10代の青年である。
「お前を行かせておいて良かった、MAが相手では傭兵がいくら居ても勝ち目は無かったからな」
「いえ、それがそうでも無かったのです」
「ん?」
予想に反した言葉に初老の男性は興味を引かれたようだ。
「全くの予想外でしたが傭兵の中にライダー・ナイトが居たのですよ」
「ほう?」
「若い田舎者のようでした。恐らくは実戦も初めてだったのではないかと」
「ふーむ、謎の少年か…してどうなった?」
「はっ、山賊の首領もMAを出して戦闘が行われました。結果は少年の勝利でした」
「ふむ」
「シヴュラも素性が知れません。しかし、あの一戦だけ見てもMAの性能はかなりのものです。名のあるシヴュラ・プロデューサーの作かあるいは上等な工場製と考えられます」
「…」
初老の男性は黙って何かを考えているようだ。
「閣下?」
「うむ、お前はもう暫くその者を探れ。必要であれば接触しても良い」
「はっ!侯爵閣下」
初老の男の名はフランツ・フォン・シュヴァルツェンベルク…ジグムント帝国に広い領地を持つ大貴族である。
「任せる、ヨハンよ」
青年の名はヨハン・バルツァー。
シュヴァルツェンベルク侯爵に仕える貴族の青年である。
一人の少年と記憶を失ったシヴュラの出会いはやがて大陸全土を巻き込む大いなる流れへと続いていく。
しかし、この時はまだ誰もその事を知るはずも無かった。
1話 終
1話の後編となります。
よろしくお願いします。