第3話「シヴュラとマスター」 3
2日後、アルス一行はトーションの手配した馬車でベラージとの国境近くの街タボルへと向かう事となった。
既に出発し揺れる馬車の運転席に座りながらアルスは何故か隣に腕組して座っているルーテシアに何とも言えない圧を感じていた。
「…」
「…」
何を会話するでもなく時間が過ぎて行く。
馬車が揺れたり景色が変わったり鳥の鳴き声などで変化があるのが救いだ。
「…なあ、アルス」
ルーテシアが口を開いた。
「お前は確か田舎の出身と言っていたな」
「ああ」
「不躾だが何故、田舎から出てきたのか教えてくれないか?」
その問いにアルスは少し考えてから口を開いた。
「まあ、居心地が悪かったっていうのかな、何もない平和な村で毎日畑をして稽古して、たまに勉強を教えて貰うの繰り返し。変わった事と言えばお祭りとかがあるくらいだったな」
「俺の父さんは軍人だった、それで数年前までは剣を習ったり戦い方を教えて貰ったりしてた。でも父さんは戦争へ行って帰って来なかった」
「母さんと妹も居たし、俺がしっかりしないといけなかったんだけど、どうしても毎日畑をするのはつまんなくて鍛錬ばかりしたり村の奴らと喧嘩したりが増えた」
ルーテシアはアルスの話を何も言わず聞いている。
「ある日、父親が居ない事を馬鹿にされて大喧嘩で相手をボコボコにしてさ。母さんに凄い怒られてそれが気に入らなくて街へ行く!みたいになってそのまま父さんの剣を持って飛び出してって感じかな」
アルスは自嘲気味にそう言った。
あまり褒められたものでは無いという自覚があるからだ。
「そうか」
「どうしたんだ急に?」
いきなりの問いにアルスも質問を返した。
「ん?そのな…実はわたしもあまり仕事を家から歓迎されていなくてな」
「そうなのか?」
「私には姉が四人と兄が一人居る。しかし、本来は次期当主となるべき兄上は生まれながら病弱でな。正直な事を言えばとても当主は務まらない」
ルーテシアはどこか遠くに視線を向けて話を続ける。
「一番上の姉上はわたしが物心着く頃には既に嫁いでいたし、二番目の姉上もすぐに嫁いだ。三番目と四番目の姉上は兄上に代わって当主になるべく忙しく働いている」
「そっか、貴族ってのも大変だな」
「それでわたしも家の為にも実績を付けたいと思って巡回騎士になったのだが、家から…特に父上からは賛成されていないのだ」
ルーテシアは膝を抱えると顔を埋めた。
「というのもな…その、早く結婚して、その婿をだな…」
「え?」
急に声が小さくなったのと馬車の音もあって上手く聞き取れない。
「な、何でもない!ようはわたしも居心地が悪くて飛び出してきたのでお前と似たようなものだと言いたいのだ!!」
顔を上げたルーテシアはいきなり怒り出した。
「あ、ああ確かに」
情緒不安定なところのある彼女に驚きながらも確かにアルスも少し親近感を覚えていた。
馬車の覗き窓からその様子をスーは興味津々に観察していた。
「いいですねぇ、ルー頑張って下さい」
スーはとても面白げに二人の様子を見ている。
対してリリウムは席に座って目を閉じていた。
「楽しそうね、スー」
席に戻って来たスーにリリウムは話しかけた。
「ええ、恋愛って素敵だと思います。特にそれが身近な人の事なら尚更です」
スーは恋愛や恋に関して興味が深いようだ、この辺りは外見のような10代の少女らしい。
「リリウムはあまり興味が沸かないのですか?」
「んー?私はそんなに面白いとは思わないかしら」
リリウムはアルスの方を見て呟く。
「私達シヴュラに許されるのは愛情だけ、恋なんて許されない」
「そうね、だからこそ恋に憧れるんですよ」
「考え方の違いかもしれないわね、過去の無い私にはマスターへの愛しか無いもの」
「私達は人じゃない、だから恋は許されない。だけど憧れたり思いを秘めたりすることは自由だと思います」
シヴュラは定められた生き方しか出来ない、戦う為に作られ、戦いに生きる。
それが変えられないとしても憧れたりする事はシヴュラにだって許されるとスーは考えているようだ。
リリウムはそれに共感は出来なかったが、少し感じ入るものがあった。
チクリと胸の奥が痛んだ。
「(えっ)」
何故、胸が痛むのだろうか?
どうして胸がチリチリと焼けるのだろうか?
思い出せない、いやそんな記憶などあるのかも定かでは無い。
でも、何故か胸の奥が僅かに痛んだ。
「リリウム?どうしました?」
暫く固まっていたのかスーがこちらに近寄ってきていた。
「何でも無いわ、ごめんなさいスー」
顔を上げると胸の痛みは消え、疼きのような余韻だけが残った。