第3話 子供
本当に子供みたいだね。そう言われた時、僕は当然のように困惑した。一体何のつもりで、そんなことを言うの?そんな僕の疑問を遮るように、スミはまた微笑みながら言った。
「ただ単に、犬が好きだからだよ。それでいいよね?」
「え、うん」
そう頷くしかなかった。理由としては何もおかしくない。好きなものの世話なら苦じゃないというのはわかる。実際、僕が根気よくポチの当番を続けていたのも、そういうことだ。
結局、そのときの僕にはスミが何を言いたかったのかわからなかった。今なら答えがわかるような気もしなくはないが、それを確信できているわけではない。
それでも、スミは怖くなかった。不可解な物言いをする子だったけれど、スミと話している時にあの恐怖はやってこなかった。だからその頃から、わからないものが何でも怖いわけじゃないのかもしれないと、考えを改めるようになった。あの恐怖には、確かな理由がある。
そんなある日の朝、僕たちは先生からポチが居なくなったという話をされた。どうやら何かの拍子に縄が外れ、夜の間に逃げ出したらしかった。
そして先生は、ポチはその内戻ってくるだろうから外を探しに行ったりしないようにと念を押した。これはそもそも理由なく施設の敷地内から外に出ることは禁止されていたからだ。そう言われてもやはり、もう数人になってしまった当番の子供は、落ち着かない様子だった。そして、それは僕も同じだった。
数日経っても、ポチは帰ってこなかった。ポチの居なくなった日から、殆どの時間窓の外を眺めていたスミが、僕に切り出した。
「ポチを探しにいく」
「でも、先生が」
その時の僕は少し驚いた。スミにとってポチがここまで大事な存在だと思っていなかったから。
僕の制止にも構わず、軽く荷物をまとめて、スミは外に出ようとしていた。先生に見つかったら怒られる、そんな思いで僕はスミに戻ることを必死に勧めたが、当のスミはそれを全く意に介していないようだった。
そして、スミは何かを思い出したように、僕に話しかけてきた。もしかしたら、思い出したような感じはただのふりで、元々言うと決めていたのかもしれないけれど。
「君って多分、ずっとここにいるよね」
「ずっと、って?」
生まれた時からずっと、ってこと。そうスミは付け加えた。なるほど、そう言えばそうだ。ここにいる子供は僕のようにずっといるのも居れば、途中から入ってくるのもいる。そういう子達がここに来る前どこにいて、何をしていたのかを僕はよく知らなかった。
スミは、どっちだったかな。ずっとここで一緒にいた気もするし、途中からだったかもしれない。でも多分、それは重要じゃなかった。
「呼んでる気がするんだ。君もそこから出てこいって」
何となくわかった。スミは単純にポチを心配してるわけじゃないってことが。そして、この数日で何かの意志を固めていたということも。
「大丈夫だよ」
スミは僕の方へ振り返って、何か言おうとして、俯いた。でも少しして、また顔を上げて、はにかみながら言った。
「子供だから。私も」
その言葉も、怖くなかった。
その日から、スミは居なくなった。