第1話 恐怖
物心ついた時から、常に何かを恐れていた。それは、目には見えない何かだった。
神様か、亡霊か、まるで見当のつかないものが、僕の心を時折撫でるように通り過ぎていく。そして一度その触感を味わうと、それから逃れることは出来ない。骨と肉の下で鼓動し続ける心臓のように、感覚の奥につきまとう。そんな恐怖が、幼い頃から確かに存在していた。
しかし幾らかの年月が経ち少年期といえる段階に入った頃の僕は、それは未知であるから恐ろしいのだと言うことに気がついた。得体の知れないものは、誰だって怖い。ならばその正体を解き明かしてしまえばいい。幼気な少年は、勇敢にも恐怖に立ち向かうことを選んだ。
まず手始めに、どんなときにあの「おばけ」が襲ってくるかを知ろうとした。恐怖のやって来るタイミングが分かれば、自ずと正体に近づけると思ったからだ。しかし、残念なことに、この努力は正体に近づくのに何ら貢献しなかった。なぜなら、おばけがドアをノックしてくるのが、あまりに脈絡のない時が多かったからだ。本当に様々な時にそれは訪れた。道を歩いているとき、他人と話しているとき、いつでもおかまいなしにやってくる。全てが分かった後でないと、関連性が見いだせないほど、気まぐれな訪問者だった。
その代わり逆のことについてはよくわかった。あの恐怖を感じないのはどんな時か。自室で一人、ホラーを見たり読んだりしている間は、あの恐怖はやって来なかったのだ。こんな事をしていたのも理由があって、僕が元々ホラー好きであるとか勿論そんなわけではなく、様々な恐怖の対象を知れば、近しいものが見つかるのではないかと考えたのだ(これはどうでもいいことかもしれないが、ホラー作品をそれなりの数集めるのには苦労した)。そして実際近いと感じるものがなかったわけではないが、それも結局共通しているのは未知のものへの恐怖という部分のつながりが大きかった。
ただ、そういったものを見ているときあの脈絡のない恐怖は姿を現すことはなかった。他に明確な恐怖を感じていれば、やつは姿を現さない。そんな風に僕は結論づけたのだが、結局これも間違いだったと後に知ることになる。
ある日、僕がその正体に大きく近づくきっかけとなる出来事が起こる。何があの恐怖を呼び覚ますのか。未だその輪郭を掴めないままでいた僕の元に、突然それはやってきた。僕のいた教育施設に、小さな子犬がやってきたのだ。