第一話 今日が過去で、昨日が未来で。
「ねえ? もしも、ね? 夢だったらどうする?」
「ん~? なにが?」
自身のベッドで寝転がって読んでいた漫画から顔を上げて、藤原美柑は恋人の坂井麟梧に声を掛けた。
スマフォでゲームをしていた麟梧は意図が掴めず、手を止めて美柑に訊ね返す。
「もしね? 私達の出会いから今日までが夢だったら……、麟梧はどうするかな? って思って」
美柑の言葉に麟梧は少しだけ考えて笑う。
「探すよ? 探して探して探し回って、もう一度告白する」
言ってから恥ずかしく成ったらしく、麟梧は顔を背けてスマフォに視線を落とす。
頬も耳も赤くなった所が可愛くて、美柑は麟梧に後ろから抱き着いた。
「約束ね?」
「ああ、約束する」
照れ合いながら、むず痒く、甘い時間が二人を包んでいた。
Side 美柑
カーテンの隙間、窓の外から夏の日差しが入ってきている。
上体を起こして伸びをする。
「ん~」
伸びと一緒に声が出て、眠気が消えた。
ベッドから降りて、充電器に差したままのスマフォを手に取って麟梧にメールをしようと操作する。
受信トレイに麟梧の名前が無い。
あれ? 首を傾げて送信トレイを見るけど、そこにも無い。
なんでだろう? そう思いながら何の気なしに窓に視線を向けた。
カーテンの隙間から緑色が視界に入る。
「え?」
違和感を覚えてカーテンを開ける。
淡いピンクのカーテンを開くと窓一面に青々とした森が視界に飛び込んでくる。
「なんで? どうして?」
視界に映るのは仙台市青葉区、台原森林公園。
それは私が高校進学前まで暮らしていた所だった。
「なんで旭ヶ丘なの⁈」
おかしい。
栄転で東京に単身赴任していたお父さんの所に、お母さんと来たはずなのに。
その為に東京の高校を受験したのに。
なんで私の目の前に仙台の森が有るの?
慌ててスマフォの日付を確認すると20XX年7月10日。
「えっと……、20XXって事は、私中学生の頃よね? え? 麟梧は? 麟梧の番号は?」
電話帳を確認して、メールも確認して……。
どこにも恋人の坂井麟梧の名前も痕跡も見つけられなかった。
「そんな……、嘘でしょ? ねえ? お願い……麟梧、麟梧」
訳が分からず、全身が震え出した。
「夢よね? 悪い夢を見てるのよね?」
両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。
掌で覆った目から涙が溢れて止まらなかった。
脳裏には“麟梧、絶望、悪夢、居ない”の文字で一杯だった。
私の悲鳴を聞きつけて、勢いよくドアが開かれて母が部屋に飛び込んでくるのが見えた。
Side 麟梧
目覚まし時計のベルの音で眠りから覚めた。
手を伸ばして枕元の目覚ましを止める。
重たい瞼と回らない頭のまま、体を起こす。
「眠い……」
部屋を出て洗面所で顔を洗って、違和感を覚えて鏡を見る。
「ん? なんだ?」
違和感に首を傾げて鏡に映る自分の顔を見るが、違和感の元が見つからない。
「麟梧ー! 遅刻するわよー?」
「はーい!」
リビングから母親の声に返事をして慌てて自室に戻った。
着替えようとハンガーに掛けた制服を手に取って首を傾げる。
時計を見ると朝食を急いで食べて出ないとまずい時間だ。
階段を駆け下りて母親に声を掛けた。
「母さん、俺の制服は? これ中学のじゃん」
「あんた何言ってるの? まだ寝惚けてるの? 良いから着替えて食べちゃいなさい」
母親の“頭不憫な息子がまた変な事を言っている”という顔に言い募る。
「いや、あれ中学のじゃん! 高校のは?」
「夢でも見たの? 高校は受験と卒業してからね」
訳も分からずテーブルに置かれた新聞を手に取って、右上の日付を確認する。
「は? なんで……?」
日付は20XX年7月10日と有る。
ドッキリか何かだろうか?
慌てて部屋に置いたままのスマフォを手に取ってカレンダーを確認するがそこにも同じ日付が表示されている。
と言うかスマフォそのものも高校に入学した時に買い替えた、前の物だった。
意味が分からず、発信履歴を確認するが中学時代の友人や家族の名前しか表示されない。
そこで恋人の名前が見当たらずに電話帳を探すが、一覧には彼女の名前は見当たらない。
「美柑? え? 嘘だろ? なんで? は?」
耳に届く自分の声が上擦っているのが分かる。
再度リビングに戻って母親に慌てて訊ねる。
「母さん! 美柑知ってるよな? 藤原美柑!」
「誰? 麟梧彼女出来たの? 今度連れてきなさいよ。それよりも学校、遅刻するわよ?」
その言葉が頭に入った瞬間に眩暈がした。
「美柑が居ない?」
足元がぐら付き、悪い夢を見ている気さえした。