ある日々その3:励久の強さの秘密
実はこの話を本編の最初期に書いていてんですけど、なんか気に入らなくてしばらく寝かせてました。
お蔵出しも込めて色々書き足して公開します。
本日は晴天なり。
天気のいい晴れの日。唯と湊に搾り取られて多少ゲッソリしたけどこれくらいでは死にはしない。
一人暮らし用の小さなアパート。友人を泊めるならせいぜい3人雑魚寝するくらいの広さ程度の丁度いい物件だ。毎月4万5千円くらいで最寄りの駅まで徒歩5分程度なら最高だろう。
まぁ俺の場合は知り合い割引適応されてて、ここからさらに割引かけてもらえてるからかなり格安で住まわせてもらっている。
現在朝の5時。朝飯は昨日残った焼肉食えばいいから炊飯の用意だけしてっと。
ジャージに着替えて家を出る。朝方は涼しいからジョギングにはちょうどいい。いきなり走ると体を壊すからとりあえずまずは軽く歩いて体を温めていこう。
―――――◇―――――
15分程度歩き、強歩に変更。下手に走るよりもこっちの方が体力を使うから俺はそうしている。心地のいい風も吹いていてとても良い。河川敷を歩いていると聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「やぁ藤宮君、おはよう、今日もいい動きじゃないか」
「おはようございます棚端さん。棚端さんもジョギングですか?」
「そんな所だよ。そうだ。来月試合があるんだ。よかったら見に来てよ。これあげるからさ」
「おぉ!!?MG1の特設席のチケットじゃないですか!!?いいんですか!!?」
MG1
『Muscle Grand Prix』通称MG1、日本プロレスリング協会が主催する漢たちの熱き戦いの決戦場。
VRが普及した現在でも漢たちがその肉体のみで戦うプロレスは盛大な人気を誇っている。寧ろVRのように凄まじい威力で戦う生身の漢達は男女を問わずに絶大な人気を持っている。
一部VRユーザーはレスラーに憧れてVRでその技を試してみたり、本当にプロになるために入門する人も少なくない。
そんなプロレスで毎年行われている真夏の祭典。日本人だけではなく、世界中からこのリングに立つために日本にやってくるレスラーも少なくない。それもあってチケットの倍率はかなり高い。販売開始から3分足らずで完売してしまうほどに凄まじい。
そんな中でも特に競争率が高くて尚且つ金額も2万円近くするMG1の決勝戦が行われるドームのチケットを渡されたんだからめちゃくちゃビビる。
「これスゲェ高いんじゃないですか?」
「気にしないでいいよ。俺もそうだけど志波田さんに磨壁さんからも渡されるかもしれないから受け取ってね?」
「マジっすか!!?え?志波田さんもしかして出場するんですか!!?」
「あ、ここだけの内緒にしてね?」
「分かりました!!絶対に見に行きます!!」
「見に来るだけじゃなくて、俺としては君とリングの上で戦ってみたいけどね」
「いやいや!!流石に俺じゃ相手になりませんって!!」
「でもオカダくんも君のこと褒めてたし、依伏君も君みたいな後輩欲しいって言ってたから、どうかな?」
「うひゃぁ・・・」
ビックネームにそんな風に評価されてるとか怖っ。因みに今名前が挙がった選手は皆チャンピオンベルトを巻いたことがある凄まじい選手ばかりだ。
現チャンピオンレインクリエイター『オカダ・カズハル』
絶対不動のエース『棚端 裕之』
暴走ギングレックス『磨壁 劉義』
魔界王者4号『志波田 勝頼』
ゴールデンスター『依伏 宏太』
プロレスを知らない一般人でも名前くらいは聞いたことがある超がつくほどのビックネーム。そんな人たちからチケット渡される上に、入門しないかって誘われるとかやばくない?
「ははは!!冗談だよ!君の将来だからね、もし自分の意志で来たいと思ったら来て欲しいよ」
「びっくりしたァ・・・」
「あはは・・それじゃまたね」
「はい!!試合頑張ってください!!」
棚端さんと別れてジョギングに戻る。朝からいきなり大物に会えるとは思わなかったぜ・・・
因みになんで知り合いなのかというと、リアルハードモードクリアの為に一時期プロレス道場に通っていたことがあるのだ。短期間だけど。
そこから色々と縁があってこうして会うと話ができるくらいに知り合いになれたのだ。プロレスはいいぞ?漢と漢のケンカだ。最高に熱い戦いの舞台だからな。
―――――◇―――――
いつものコースを回り終えて帰宅すると”いつものように”鍵が開いていて腹に来るいい香りがしていた。玄関にはいつものように俺のものではない靴が二足ある。今日は随分早いな。
「あ、おかえりー」
「ただいま、朝飯何作ってんの?」
「冷蔵庫の中に昨日”食べてた”焼肉の残りあったからそれで焼きそば作ってみたんだけどどうかな?」
「素晴らしいと思います」
いつものように唯が部屋にきて朝食を作ってくれていた。いつも通りだな。
「おかえり励久、水回りの洗濯と掃除終わってるよ」
引いていた布団は綺麗に畳まれ、洗濯やら掃除も全て終わっていると報告してくれる湊がのんびりテレビを見ていた。
「サンキュー、いつも言ってるけど二人共そこまでしなくていいんだぞ?」
「いいっていいって!アタシが好きでやってるだけだから!」
「そうそう、湊は”掃除”に関しては私以上なんだしやらせとけばいいよ?私も勝手にやってるだけだし」
丁度完成したのか大皿に盛られた焼きそばと茶碗を三つ持って唯がテーブルに並べていく。手伝いたいのだが、既に湊がテキパキと他の用意を済ませているため出る幕がない。
「んん〜!!流石唯様!!唯のご飯美味しいんだよねー」
「わかったから早く食べるよ、励久が食べたくてウズウズしてるんだから」
そこまで食い意地張ってねーよ。腹減ったのは事実だけど。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま!片付けはアタシも手伝うわ」
「お粗末さまでした。当然でしょ?」
「いやいや、流石に俺がやるから二人はゆっくr「「励久はゆっくりしてて!!」」・・・はい」
別に出来ないわけじゃないからな?普通に出来るからな?ただこいつらはいつも俺に手伝わせてくれないのである。という訳で唯と湊が二人で片付けを始めたので俺はおとなしく待機である。
まぁ何もしないのは暇すぎるのでPCを立ち上げてメールの確認、他にも何か面白そうな電子瓦版のニュースが無いか確認もしておこう。テレビもいいんだけどネットニュースもバカにできないし。
と言うか最近はネットニュースの方がテレビ以上の情報が流れていることがザラだから大体こっち優先だな。テレビは大体大きなニュースしかやらなから細かいニュースはあんまりやらないんだよな。
お?あの有名子役ニュースに出てるじゃん。休業したみたいだけど、最近たまに現場に戻ったりするみたいだ。ドラマとかはまだ復帰は未定だけどそれ以外のことは少しだけでるのか。
ところでなんか見たことある気がするんだよなぁ・・・・誰だっけ?
「そうだ励久、さっきお義母さんから電話来てたよ?」
「お〜、珍しいな。母さんから電話来るなんて」
「”道場”でイザコザあったみたいだよ?」
俺の実家は”ちょっとした”武道の道場を経営している。基本的には護身術なのだが、対人格闘技が基本だ。それもかなり歴史があるもので、曰く江戸時代初期から続く歴史ある武道だ。
「あぁ・・・・なんか予想つくわ。爺ちゃんか婆ちゃん絡みだろうな」
「励久のおじい様もおばあ様もすごいよね?アタシの所にいる人達でお世話にならなかった人いないんだもん」
「それを言ったら私の実家なんてどうするのよ。皆アキラさんに育てられたようなものよ?」
俺の婆ちゃんは現在81歳にも関わらず今尚現役というスーパーウーマンである。見た目は田舎のお婆ちゃんって感じだが、動きは二十代。元気の秘訣は毎日の牛乳と”適度な筋トレ”とのこと。
爺ちゃんも似たようなもんだ。三角飛びはするし壁は走る。瓦割りも20枚は普通にするんだから元気すぎるだろ。
「とりあえずかけてみるか」
―――――◇―――――
「まさか一回帰ってこいってか・・・」
「まぁ仕方ないよね。事情が事情だし」
「アタシたちも行っていいみたいだしいいんじゃない?」
実家は俺が今住んでいる場所から電車で二時間、そこからバスに乗り継ぐこと一時間位の場所にある。周りは昔ながらの田舎の風景と都会の光景が見事に融合した珍しい場所だそう言えば帰ってくるのは久しぶりだ。
道場を兼ねた備えたちょっと大きめの屋敷の立札には『藤宮道場』の文字。昔間違えて竹刀で付けてしまった傷が今でも残っている。
門を超えて敷地に入れば道場に通う少年少女の気合の入った声と、畳を強く撃つ鈍重な音、耳を澄ませば小さく聞こえる鉛玉を切り裂く金属音。”またいつもの”修行を誰かがやっているようだ。ほんと相変わらずだよ。
玄関先には今時私生活では珍しい和服を着た初老の女性が綺麗な姿勢で俺を出迎えてくれた。
「おやおかえり、リク坊。それに唯ちゃんに湊ちゃんも久しぶりだね」
「ただいま。茜おばさんも相変わらず元気そうだね」
「「こんにちは」」
藤宮茜。今年で確か還暦を迎える俺の叔母だ。既に道場の師範としての現役は引退しており、今は道場の一清掃員や道場に通う門下生達の世話などを率先してやってくれているみんなの頼れるおばちゃんだ。
因みに現役を引退した理由は”掃除”に専念したかったからである。
「背が少し伸びたかい?」
「伸びないよ。もう成長期は終わってるし」
「そうかい?」
「そうだよ」
「そうかい、ならそういう事にしとこうか。話は聞いてるよ。護人さんと雅はいつもの和室にいるから行ってあげなさい。楽しみに待ってたんだからね」
「そうするよ。後で士おじさんのところにも顔出すから」
「ありがとね。あの人喜ぶよ」
玄関を抜けいくつかの部屋を横切る。書庫であったり、プライベートな居間であったり、台所であったり、何一つ変わらない我が家に懐かしみを感じつつ、父さんと母さんが何時も使っている和室へと直接足を運ぶ。
「む?」
「ん?」
その途中、出くわしたのは身長190cmを超える巨体の持ち主で道場通いの門下生だと思われる姿をした大男だった。
前に帰ってきた時にはんな大男いなかったから俺が家を出てから道場に入ってきたのだろう。にしても随分ガタイいいなこの人。
ゴリラ。この場合は動物の方のゴリラみたいに大きいしリンゴ潰せるんじゃないだろうか。
「・・・・どちら様でしょうか?」
ガタイの割に声高いな。変な声ではないけどそのガタイから出る声とは思えない声だ。その上そんなに大きな声でもない。不思議な人だ。
「初めましてですね。藤宮の長兄励久といいます。今は大学通いなので家を出てますけどね」
「・・・・・・そうですか。門下生の黒轟といいます。まだ修行中なので失礼します」
名乗ると轟さんはそそくさと道場の方へ歩いて行った。トイレでもしていたのだろうか?それとも誰かに用事があって呼びに来ていた?
「ゴリラだね」
「ゴリラだったね」
「おいこら失礼すぎだろ」
どちらにしても俺には関係ないか。止まっていた足を動かし、目的の和室まで再度向かう。部屋を二つほど超えて中庭の見える廊下の先。そこが目的の和室だ。
日の入る部屋なので中にいる人の影が麩に浮かぶ。二人ともいるようでその影は二つ・・・いや3つある?
「励久?」
久しぶり・・・ではないけど懐かしい声だ。凛とした声。母さんの声は小さくともはっきりと聞こえるからとてもいい。
「ただいま母さん。父さんもいる。入ってもいい?」
「いいよ。入ってきなさい」
少し厳つい声の父さん。許可はもらえたので障子を開けると変わらない両親の姿とこれまた珍しい老人の姿があった。
「おぉ励久!久しぶりじゃ!!元気しとったか?」
「爺ちゃん久しぶり。元気そうだね」
「唯ちゃんに湊ちゃんもいらっしゃい」
「こんにちはお義母様」
「お邪魔します」
俺の祖父、藤宮源。今年で90を超えるはずの爺さんが元気そうに立ち上がり抱きついてくる。しかも結構強めに抱きついてくるからちょっと痛い。
「いやいや元気そうじゃ!!肉体も鍛えられとるし素晴らしい!満点じゃ!!羊羹やろう」
それテーブルの上にあった羊羹でしょうに。でも嬉しそうだしありがたく受け取ろう。
「それじゃぁの。儂は道場に戻るから皆仲良くするのじゃぞ?」
祖父ちゃんは羊羹をもう一個持って道場へと向かっていった。なるほど。さっきの門下生はきっと祖父ちゃんを探しに来てたんだな。
「父さん母さんただいま」
「おかえり励久。元気そうで良かった」
「呼び出してごめんね。ちょっと寂しくなっちゃって」
優しく笑顔で迎えてくれる両親。
―――――◇―――――
「そっか、唯ちゃんも裕二くんも湊ちゃんも変わってないね」
「裕二も含めてこいつらなんて簡単に変わらないって」
「そう言っても励久はみんなと仲良く出来て嬉しいんでしょ?」
「まぁね。毎日飽きないし楽しいよ」
「昔からずっと四人一緒だったからね」
久しぶりの会話は本当に何気ない話ばかりだった。学校のこと、私生活のこと、唯との関係に、四人で何しているか、こっちでは最近何があったか、昨日の晩御飯に何を食べたかなんてことも話し始める他愛ない家族の会話。その度にニヤニヤしている湊と恥ずかしそうにしている唯。
母さん割とからかうの好きだから、お気に入りの唯相手だともうすごいことになる。二人共嫌そうにはしてないから素晴らしく仲はいいんだけどな。
「それでどうしたの?電話来たから驚いたんだけど?」
疑問に思っていたことを切り出すと両親は申し訳なさそうな顔をして黙ってしまった。
「・・・・・」
「励久・・・電話でも簡単には話したんだけど面倒事なのよね」
もしかして・・・前に戦ったあのリュウオウがマジでこっち側から手を出してきたのか?もしそうだとしたら完全に俺のせいじゃないか。
「ウチの道場の後継の話が出てきちゃてね」
「「「そっちかぁ」」」
よかった。そっちの話か。と言うか最初に思っていたとおりだったわけだ。
実は前々からその話はたまに上がっていたのだ。現在の道場主はさっき羊羹をくれた俺の祖父。柔道剣道合気道に空手、何でもござれの武人である。趣味は畑と金魚の世話というなかなか可愛らしい一面も持っている。
そんな爺ちゃんも今年で90を超える。前から次期道場主は誰がなるかと噂は流れており、そんなに切羽詰る話ではない。
確か有力候補はさっき玄関で話した茜叔母ちゃんの旦那さんである藤宮護人さんだったはずだ。
爺ちゃんの次に強くて教え方も上手い。その上優しい人なので門下生からも慕われている人ウケの良いおじさんだ。それなら問題ないはずだけど俺を呼び戻してまで話すってことは問題が起きたからで間違いないだろうな。
「順当に行けば護人さんが後継者だったんだけど・・・・ちょっと他の師範代と揉めちゃってね」
「そのちょっとが大きすぎて上手く話がまとまらない感じ?」
「そうなんだよ。それで申し訳なかったんだけど励久も含めて話をしようと思ってさ」
「なるほどね」
さてさて、一体何がどうなってそんなことになったんだか。
―――――◇―――――
話はこうだ。
爺ちゃん、現道場主が後釜、つまり時期道場主を決めるための会合を師範代たちと共に行った。爺ちゃんは護人おじさんを次期道場主に指名した。藤宮道場で教えている武道の全てを習得しているし人望もある。これほど相応しい人はいないだろうと爺ちゃん。
半数の師範代はそれで納得した。しかし一部師範代が反対した。
理由は簡単。弱いとのこと。確かに護人おじさんは強くはない。多分爺ちゃんと本気でやれば一分と持たないし下手すると他の師範にも負けてしまう。だから相応しくないと反対。
けど道場主になるのは肉体的な強さだけではなく心の強さも必要だ。その点護人おじさんはその強さをしっかりと磨き上げたし、勝てないとは言っても武術の精度は高く、堂々とした立ち振る舞いから道場主としての資格は十分にあると賛成派の師範。
そのままイタチごっこに発展して最終的に道場らしく代表数名による試合で勝った者を新しい道場主の指名者もしくは自らが道場主と認めると言うことに話が進んだわけだ。
「それだけなら俺を呼び戻す必要はなかったんだよな?」
「うん。お爺ちゃんが出れれば間違いなかったし、賛成してくれた人たちも強い人ばっかりだったから」
「けどルール的に爺ちゃんは試合に出られず、その上で反対派にあの”馬鹿”が付いたってこと?」
「そうなの。あの子が向こうについて自分が次の道場主だって言ってるのよ」
あの馬鹿。俺の従兄弟であり藤宮道場で爺ちゃんの次に強いと言われている男、赤垣蓮。
茜叔母ちゃんは父親方の叔母にあたり、蓮は母親方の叔母の子だ。昔から喧嘩っぱやく好戦的で高圧的。
しかも武術の天才と呼ばれるほどに武道の才能を持っており出場した大会はすべて優勝。まさに武術をするために生まれてきたと言っても過言ではない。
けれど肉体は強くても心の強さがまるでないのだ。強さの象徴といえばいいのだろうがそれ以外には全くダメ。我慢弱いし納得いかなかったらすぐに却下。めんどくさい奴なのだ。既に茜叔母さんを超えているから母親からの言葉も聞かずに完全に有頂天になっているわけだ。
今の今まで黙っていたのは蓮が勝てない相手、爺ちゃんである藤宮源が道場主であったことが何より大きかったのだろう。爺ちゃんもそれをわかっていたから今まで後釜に関して触れてこなかった。
でも流石に年齢には勝てなかったという所で今回あの馬鹿はついに動き出そうとしているのだろう。
「話はわかったよ。どうしたらいい?」
「励久・・・」
「そんな悲しそうな顔しないでいいって。俺の家の問題なんだしこれくらいするって」
悲しそうな顔をする両親だけど、そんな顔をしないで欲しい。あの馬鹿が道場主なんてやれば家にまで被害が及ぶ可能性だってある。
下手すれば武道が世間から危険視されてなくなる可能性だってあるんだ。それくらいあの馬鹿は後先考えなしなのだ。そうなればせっかくもらったMG1のチケットが無駄になる可能性もあるし、最悪今後暴力的だなんだのとそういう競技そのものがなくなる可能性もある。
そうなればVRも無関係ではいられない。つまり俺の死活問題にもなるのだ。全力で協力しようじゃないか。
「あの子に道場主になることを諦めさせるのが一番の解決法だよ。そのためには勝つしかない。そうじゃないとあの子は納得しないから」
「だよね。その試合に出ればいい?」
その方法だが、あの馬鹿はつまり自分が最強だから他に奴の下には付きたくないって言っているわけだ。じゃぁ簡単だ。ひねり潰せばいい。昔ながらの方法ではあるがウチの道場らしいといえばらしい。
「うん。お願いできる?」
「任された。日程は?」
「明後日の午後一時からなの」
明後日か。あんまり時間はないけど鈍ってる訳じゃないし問題ないか。となるとそれまではこっちで体動かして現実と仮想のズレを直したりするくらいでいいだろう。他にも道着引っ張り出してきたり何だりしないといけないし忙しくなりそうだ。
―――――◇―――――
「思ってた以上に大変だね」
「あの男マジで嫌いなのに道場主になるとか悪夢よ悪夢。もしそうなったら多分アタシの所絶対に縁切るわね。間違いなく」
「私の所も確実ね。お義母様?よかったら”裏”から手を貸しましょうか?」
「大丈夫よ?二人の気持ちはとっても嬉しいけど励久が帰ってきたんだし問題ないわ。二人もそれは知ってるでしょ?」
「「勿論です!!」」
「それじゃあ後の心配はしなくていいから二人共着替えましょうか。久しぶりに”稽古”付けてあげるわ」
―――――◇―――――
あれから2日。つまり試合の日。
特別何かあった訳でもなく、久しぶりに会う師範代の先生たちやチビスケだった門下生達の成長した姿に驚いたりしながら、手合わせしたり、一緒に稽古したりして久しぶりに動く感覚の思い出しをさせてもらった。
おかげでこちらの準備は万全だ。そう言えば二日もゲームしなかったのは本当に久しぶりだったかもしれない。それくらいには久しぶりの事だった。
「っし!!問題なし!」
「本当に二年以上道場に通っていないとは思えないほどの仕上がりだね、励久くん」
「あぁー・・まぁ道場には通わなかったですけど体は常に動かしてたので」
「流石リクお兄ちゃん!!あれだよね!!ゲームで使うからすごく頑張ってるんだよね!!」
試合前のウォーミングアップを終えて仲のよかった師範代と門下生のちびすけ元ガキんちょ共が駆けつけてくれた。
他の門下生と師範代、爺ちゃんと両親含めた藤宮の人間は既に道場の中でその時を待っている。
俺と同じようにあの馬鹿も反対側で彼を試合にあげた数人の師範代が最後の調整などをしている最中だろう。
「ねぇねぇリク兄ちゃん!!」
「どした?」
小さい時からウチの道場に通っている男の子。ガキンチョだったクセに二年で体だけでなく心まで大きくなっておりちょっと男らしくなっている。
「蓮に勝てるの?蓮つよいじゃん!」
「こら、一応年上なんだから呼び捨てにすんじゃないの」
「だって蓮怖いんだもん。いっつも『弱い奴は黙ってろ』って言うし」
あいつなら間違いなく言うだろうな。弱い奴嫌いだし。そういうのを鍛えて強くなるための道場だってわかってないのかあいつは?強さだけを求めるなら他のどっか別のところ行けよ。
「リク兄ちゃん負けたら俺道場に入れなくなるじゃん?」
ガキんちょ小僧だったそいつが言うと周りに居た子供たちもまた落ち込むように下を向いてしまう。
そんなガキンチョどもの頭を乱雑に撫でて顔を上げさせる。
「心配すんなって。あの馬鹿に勝って勝利のVサイン見せてやるからよ」
「「「ホント!?」」」
「ホント。約束してやるよ。だから道場の中で見てろよ?」
「「「うん!!!」」」
駆け足で道場の中に入っていくガキンチョ達を見送ると、師範が横に立っていた。
「君は相変わらずだね。根拠もないのに君が言うと昔から本当にそうなると思えてしまう」
「思えるじゃなくて現実にしてきたの間違いですよ?先生」
「ははは、君は私をまだ先生と言ってくれるのかい?」
「勿論。俺にとってはいつまでも先生ですよ」
俺が小さい時から道場に通っていた人、一緒に武道を習って色々教えてくれた人の一人、現在はこうして師範として道場にいる俺の大事な人だ。色んなことを教えてくれたんだから先生と呼ぶのが一番いい。
「ありがとう。やっぱり思うよ。君がいてくれたから僕は今もこうしてここにいるんだとね」
「そうですか?」
「そうだとも、それじゃぁ僕も道場に入っているよ。頑張って」
「はい」
彼の背を見送り試合開始までの残り時間、最後の調整を俺はこなしていくのだった。
―――――◇―――――
「これより、藤宮道場の次期盟主を決めるための代表選を行う!代表者前へ!!」
「「はい」」
時間となり中に入れば門下生に師範代、そして藤宮に名を連ねる者に、道場に関わりがある様々な人たちがこの試合を見届けるためそこにいた。勿論そこには唯と湊の姿もある。
対面するのは馬鹿こと赤垣蓮。俺が最後に見た時よりも筋肉質になっていてその姿勢は綺麗なものだった。
ただ瞳に映る野心は以前とは比べ物にならないくらいギラついており改めてコイツが頭とかやる人間ではないと分かる。
実はこの二日間何度か顔を合わせているのだが、その度にやれ『お前なんて相手にならん』だの『怪我したくなければ即刻諦めろ』だの五月蝿いくらいに言ってきたので本当に厄介だった。
それだけではなく、彼を推す師範代や門下生なども会うたびすれ違う度に無理だのなんだのと五月蝿くて仕方ない。
まぁ元々道場に顔をあまり出さなかったので、自業自得といえばそれまでではあるんだが。
俺は自他共に認める廃ゲーマーに片足を突っ込んでいる。小学生の頃からゲームが好きで毎日のようにやっていたし、道場に顔を出していろんな人と修行するのも毎週数時間程度。
気が向けばもう少し道場にいたけどその程度だったしVRにハマってからはさらに頻度は落ちた。それでも両親との約束で道場にはちゃんと顔は出していたしガキンチョどもの稽古もどきもそれなりにしていた。
だからこうして文句を言われないし、一部師範代や門下生にも慕われているわけだ。自分で言うのは変な話だけど。
「両者武器の持ち込みは竹刀のみ。勝敗は気絶した場合のみ決着とする。よいか」
「はい」
「分かりました」
「藤宮源師範。お願いします」
「うむ」
呼ばれた爺ちゃんは立ち上がり高々と宣言する。
「この試合の結果によって次期道場盟主が決まる!双方己の武術すべてをかけて戦うのだ!!皆の者しかとその目に焼き付けよ!!」
真面目に取り仕切る爺ちゃんを見るのは久しぶりだ。それだけこの試合には大きなものがあるということだ。俺としても実家が火の海になるのはなんとしても阻止しないといけないのでやる気は十分。
「両者準備は良いか」
無言で頷く。手に持つ竹刀を腰へと落とし、抜刀の構えを取る。対する蓮は侍のように顔の横で己の得物を構えている。
見守る人たちの呼吸のみが道場に聞こえる音となった時、開始の合図が告げられる。
「始めぃ!!」
―――――◇―――――
私の息子は昔からゲームが好きだった。小学校に入る前からお爺ちゃんが持ていたレトロゲームに夢中になって、携帯ゲーム機を買ってあげるとで毎日のように遊び、テレビゲームに釘付けになるようにはまりこんでいた。
VRゲームが出た時はもう毎日そうだった。早く起きてゲームをして時間ギリギリまで遊んでいる。
一般家庭ならきっと禁止とかするのだろうけど私たち夫婦はそうはしなかった。代わりにいくつかの約束をした。
やることはしっかりとやること、勉強を厳かにしないこと、やりたくないことから逃げないこと、友達を大切にすること。だらしない生活はしない事。
約束はまだまだあるけど励久は約束をしっかり守りながらゲームで遊んでいた。元気に外で遊びまわる姿が見たくなかったといえば嘘だ。子供らしくといえば言葉は悪いかもしれないけど、友達と仲良く公園とかでもっとたくさん遊んで欲しかった。
けど、それがなかったけど、毎日楽しそうにしている我が子を見るのはそれ以上に楽しかった。嬉しかった。同時にだ。ちょっとだけ、もったいなかったと思うことは今でもある。
この子は自分がいる環境が普通ではないことを理解している。それくらいには自己評価ができる子。それでいて腐ることなく真っ直ぐに育ってくれた私の大切な子供。
私が道場の娘であることもあるのだけど、この子をもしも、最初からずっとゲームではなく、道場の、武道に全力で取り組ませていたらどうなっていたかと思わないこともない。
それくらいには私たちの息子は才能が有ると思っている。親バカかもしれないけどそう思ってる。それこそ、今の試合の相手赤垣蓮すら及ばない強さの可能性を秘めていると昔からずっと信じている。
だってこの子は昔から、努力や挑戦に対する視線がほかの誰よりも強く、失敗から成功を掴むためならどんな困難にだって挑み続ける才能が誰よりも高かったんだから。
だからあの子をお父さんは気に入っている。お父さんのお弟子さん達も励久のことを誰より強いと知っている。
ゲームクリアの為にいろんな人に頭を下げて武道のイロハを学んでいた自慢の息子でその全てを身に着け磨き上げるまで努力を重ね続けたのだから。だからね。赤垣蓮のお高く止まった鼻をへし折るのには励久が一番だって、そう思ったの。
だからこうしてあの子にお願いしたの。貴方を馬鹿にしてきた人たちに、あなたが大好きな人達の為にあなたの強さをみんなに見せて欲しいって。
ゲームでもいい、なんだっていい。あなたが今まで養い身につけてきた全てをもってこの試合を終わらせてくれると信じたの。見方を変えたら最悪の親かも知れないのは自覚してるけど、それでも私はあの子を愛してる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人は静かにお互いを見合いその力量を測り始める。励久は自然体でただその場で構え、蓮はそのぎらついた瞳で励久を飲み込もうとしている。
「・・・ふっ」
「っ!!!」
励久が鼻で笑うと蓮の顔から表情が消えた。そのままゆっくりと前に足を進めていった。二人の距離が残り2mになろうとしたとき、蓮が動いた。
ゆっくりとした動きから一気に最大速度へと到達し薙払うように竹刀を振るった。
藤宮流剣術はありとあらゆる姿勢からの奇襲、迎撃、強襲を可能とする武術。特に蓮は剣術においては、このままいけばお爺ちゃんを超えるのは間違いないと言われている天才だ。
本当にこの子がもっと大人だったらこんなふうに揉めることもなかったのに。
――――バシィィィィ!!!!
「っ」
「『海応』」
けど、それ以上に励久は天才よ。才能ではない。努力の天才というべきね。確かに他の子と比べると”道場に通っていた”時間は少ない。でも”武術を学んでいる期間”はおそらくほかの誰よりも長い。
振るわれた竹刀を片手で受け止めて涼しい顔付きで蓮を見る励久。この時点で実力の差がはっきりした。
藤宮流武術『海応』は対武装戦闘を想定した戦いを基本とする武術。
その中でも基礎中の基礎であり、本来は相手の武器攻撃を受け流して間合いに入り込むのだけど、お爺ちゃんはこれを受け流すのではなくて”受け止める”。流石に刃がついた武器は無理でもそれ以外なら何でも止めてしまう。
励久が今見せたのはお爺ちゃんと全く同じこと。振るわれた竹刀の流れに合わせて腕を動かし、自分に当たる前に最低限の力で停止させた。
素手にも関わらず、痛みなんて感じていない涼しい顔で立っているのだから他の子たちも驚いているわ。
励久はゲームでも現実でもずっと武術に精通していた。
ゲームをやる為に顔を出していた筈なのに負けて悔しいから稽古をつけて欲しいというのはほぼ毎日あったし、VRゲームにはまりだしてからはその頻度も多くなった。道場にいるいろんな人にお願いして道場の時間外に手ほどきを受けていたし、私たち夫婦も持てる全てを教え込んだ。
最初は全く動けないし筋力も無かったから一ヶ月くらいしたら多分やらなくなるかもしれないと思っていたけど、励久は始めた日からずっと続けてきてくれた。
ゲームをやる条件として少しだけ道場に顔を出す約束以外にも、その負けず嫌いの性格から時間外に師範代や私にお願いしてきて稽古をつけてあげたとこもある。私たちに気づかれないように夜道場で体を動かしていたのも知っている。”見えないところで”励久はいつも頑張っていたのを私は知っている
「・・・・・っ」
「動きが単調すぎる。せめてあと3歩前から動き出せ。それと”視え”過ぎて話にならん」
「っ!!?」
「藤宮流剣術『海風』接続『白月』」
「――――」
格下だと思っていた励久に涼しい顔で言われた蓮は、自分と全く同じように振るわれた竹刀を同じく『海応』で止めようとしたのだけど、手を添えた瞬間に腕ごと押し込まれ、側頭部に竹刀と自分の手が直撃した。
静かに『バシッ』と竹刀が当たる音しかしなかったけど、直後に赤垣蓮の体が道場の床に大きく倒れた。
励久が毛嫌いして近づかなかった、励久を”知らない”師範代たちが驚愕するのを見て、励久を”知っている”私を始めとする関係者は内心ほくそ笑む。
やっぱり私たちの息子はすごいんだって自慢出来たのと同時に、将来の盟主となる自慢の息子を見せることができたんだから。
―――――◇―――――
「んじゃ、また帰ってくるわ」
「ありがと、励久」
「今度帰ってくるときはもっとゆっくり出来るようにするからね」
「リク兄ちゃんかっこよかった!!今度帰ってきたら俺にもおしえてね!!」
「ユイ姉ちゃんもまたね!!」
「ミナトお姉さん!!また一緒に修行しようね!!!」
「またなー」
あのバカを気絶させてからはまぁ凄かった。護人おじさんではなく俺に道場主をやれって行ってくる人も出てきたし、技を教えてくれって頼み込んでくる門下生も寄ってくるわ大変だった。
今はまだ大学生だから継ぐのは無理とはっきり答え、爺ちゃんの号令の下そのあとはトントン拍子で話は進み次期道場主は護人おじさんで決まり、馬鹿に関しては俺に負けたのがよほど悔しかったのか修行の旅に出るとか言って何処かに行ってしまった。
考え方が古いなオイ。
まぁ無事に家庭の事情も解決したし、また明日から学校とゲーム三昧と洒落込むとしますかね。
「ところで二人共どうだった?」
「「久しぶりにこってり絞られた」」
母さん容赦ないからなぁ。
―――――◇―――――
「源師範代」
「なんじゃ?」
「お孫さんは一体何者なんですか?」
「何ものって・・・わしの孫じゃよ?」
「そうではなくて・・・・碌に修行をしていなかったのにあの強さと身のこなしは・・・」
「そうか・・・・お主は知らんかったの」
「知らなかった・・・とは?」
「励久はあれじゃ、びーあーるげーむじゃったかの?」
「VRですね多分」
「それじゃそれ、そのビーアールゲームの為に小学校から高校まで、いや今もきっとそうじゃろうな。ほぼ毎日道場で修行してたんじゃよ。それも毎日3時間は短くともしておったのじゃ。長ければ6時間くらいかの?」
「ろっ!?しかも毎日って!?」
「そうじゃろそうじゃろ?ゲームの為にそこまでできる儂自慢の孫なんじゃ!強くて当然じゃろ?」
「なるほど・・・それであそこまで高い技術を・・・」
「励久の何かの為に取り組む姿勢は誰にも負けんのじゃよ。たかがゲームの為と言ってバカにできんぞ?」