第八話◇本当の君にはじめまして①
出て行けと言われたのだから、秘密を守る為にも出て行かなくてはいけない。いけないのだが。
「決断できずに朝になってしまったというわけですね」
「決断するのに一晩は短いよ」
部屋にいるとまだ出て行っていないことを追及されると思い、クロードはソフィアを連れて庭の外れにやってきていた。外はまだ日が昇ったばかりで少し肌寒く、クロードは風が吹く度に身震いしていた。
「私が取り乱してドアをきちんと閉めていかなかったから」
「いや、僕が軽率だったんだ。まさかよりにもよってアレクシス殿に女だとばれるなんて。まさかあそこまで性格が悪いとも思わなかった。あれ二重人格だよ、絶対。姫の前だけ猫かぶってるって!」
「でもクロード様の身に何もなくて良かったですわ。女と分かって豹変する殿方もいらっしゃいますから」
「違う意味で豹変したけどね。誰のかは知らないけど好みじゃない宣言までされたからね。そりゃあ僕は女としての魅力は皆無かもしれないけど、それは男の恰好して男の振りしているからで。いや、確かに胸もないかもしれないけど――」
アレクシスは直接的に胸がないなどと言ってはいないのだが、目は口より雄弁、といったところか。クロードはかなり気にしていたーーもとい根に持っていたらしい。
「確かに胸はないかもしれないけど!」
「その台詞二回目ですわよ、クロード様」
ソフィアは自分の主人が拳を握りしめる姿を生暖かい眼差しで見つめていた。何があったか大体理解した。
「クロード様……そんなに胸のことを。大丈夫ですわ! 胸が無い方が男装もしやすいですし、それに肩もこりませんし!」
「そんな微妙なフォロー悲しくなるだけだよ!」
仕事の為、キッチリした髪型に露出の少な目な服を着ているが、ソフィアは着飾るとそれは女性らしい華やかさを見せる。それを知っているクロードはついソフィアが羨ましくなってしまった。自分が着飾ってもソフィアのようにはならないだろう。
二人が身体的特徴に関しての話題で白熱していると、近くの木で葉が揺れる気配がした。
「誰だ!」
クロードは反射的に音のした方へと視線をやった。だが、木の葉が一枚落ちただけで、特に変化はないようだった。
「何だ、風か」
葉の音で警戒を強めたのか、すっかり話が逸れていることに気が付きクロードは再び考え込んだ。
「こんなのただの悪あがきだよね。選択肢なんてないも同然なんだし」
「そうですね、ばれてしまった以上はどうすることも出来ませんものね。こっそり王女殿下に挨拶だけして国へ戻りますか? すぐに戻りたくなければ、しばらく伯爵の妹君のお屋敷に滞在させてもらえばよろしいですし」
「その方がいいんだろうね。けど――」
「けど?」
「僕、もう一回アレクシス殿と話してみるよ!」
「やめたほうがいいと思うよ」
突然後ろの木から声が聞こえて、クロードは驚いて振り返る。木が揺れたかと思うと、上から一人の少年が降りてきた。その少年にクロードは見覚えがあった。
「あなたは、あの時の……ハンカチの」
「どうも、あの時ぶり、ではないんだけどね」
ハンカチの君ことエデルトルートは頭を掻いた。早朝の散歩中にクロード達が来たため、とっさに木の上に隠れてしまったのだ。
「え、え?」
「あなたが噂の美少年の不審者でしたか」
「不審者? 違う違う、俺はこの城の関係者だよ」
どんな噂をされていたんだと、エデルは首を傾げながら否定した。
「それを証明するものは?」
ソフィアはクロードを後ろに庇うように、片手をあげ立ちはだかった。不審者にのほほんとした主を近づかせるわけにないかない。
「今は証明できるものはないけど、エデル王女にちゃんと証明してもらえるよ、俺のこと聞いたら。あ、でも待って! アレクの前でこの話出したらまずい! また怒られる!」
「王女やアレクシス殿とお知り合いですの?」
「そうそう、知り合いとはちょっと違うけどそんなものかな。だから忠告。アレクとの話し合いなんて無謀だよ」
「話を聞いていたんですね。いったいどこから?」
「ごめん、全部聞いてた」
「こちらも弱みを握られているのは同じ、ということですか」
「俺の弱みはないよ、ソフィア。あ、でも待って、アレクに言われたら怒られる!」
「では同等の立場ですわね」
ソフィアは少しホッとしたのか、腕を降ろし警戒を解いた。
クロードと目があったエデルはにっこりと笑って見せた。クロードは思わずエデルの顔に見惚れてしまった。
――ああ、やっぱり顔がいい。
エデルに見惚れるクロードの顔を眺めながら、エデルが口を開く。
「でもやっぱりーー」
「やっぱり?」
心を覗かれたのかとあわあわするクロードを不思議そうに眺めながら、エデルは言葉を続けた。
「可愛いと思ったら、やっぱり女の子だったんだね。俺のカンも捨てたものじゃないな」
「ま、また可愛いなんて……っ」
慣れない褒め言葉に動揺するクロード。ソフィアはそれを見て、自分の主のチョロさが心配になってしまった。
基本面食いなのよね、このお方。
しかし、ここでソフィアはあることに気が付いた。
「もし、不審者殿」
「その呼び方やめて欲しいなあ」
「なぜ私の名前を知っているんですか?」
「え、だってクロードが呼んでたから」
「クロード様を呼びつけしないでくださいな」
「いいよ、いいよ、ソフィア」
「私はここに来て一度もクロード様に名前を呼ばれていないはずです。それなのになぜ私の名前を?」
しまったという顔のエデル。実際、ソフィアにも一度も名前を呼ばれていないと言う自信はなかったのだが、言い切ったもの勝ちである。
(この人、アレクシス殿と違いクロード様並みにチョロいかもしれません)
しかし、ソフィアは相手がもっと動揺するかと思っていたのだが、彼の様子は落ち着いたものであった。
それどころか、
「そっか、いっそのこと俺のことも言った方が都合がいいかも」
などという、謎の言葉を呟いた。
「今からこっそり姫の部屋に来てくれないかな? そこで俺の正体について話すよ」
「まさか、あなた姫の護衛とか?」
「来れば分かるよ、そこでアレクの対策についても話そう。じゃあ、俺先に行くから」
近くの窓を開けると、そこからさもあたりまえの様に中へ入るエデル。二人は驚いてその様子を見ていたが、声を上げることはなかった。
「悪い人には見えない、でしょう?」
「まあ、確かにちょっとクロード様っぽいところはありますわね」
主にチョロそうなところが。
「どうしますか?」
「このままここにいるわけにもいかないし、かといって国にはまだ帰りたくないし。行ってみようよ、エデル姫のところへ」
「アレクシス様に見つからないといいですけど」
「か、考えないようにしてたのに」
選択肢のない二人は王女の部屋を目指して城の建物内へと再び戻ったのであった。