第七話◇早すぎる幕引き
鳥、鳥、鳥、最後に卵。
これが本日の晩餐でのクロードの感想である。
「まさか本当に鳥料理で攻めてくると思わなかった。最後のデザートがカスタードプティングとか徹底しすぎだよ」
夕飯の後、貴賓室に戻ったクロードとソフィアは食後のお茶を飲みながら、長椅子に腰掛けていた。クロードはいっぱいになったお腹をさすりながら、椅子の背にもたれかかった。
「なかなかに粘着気質な方のようですわね。おいしかったですけど」
「だよね、粘着気質すぎるよね! おいしかったけど!」
「まあ、突然メニューの変更も難しいですから、もともと鳥料理の予定だったんのでは?」
「そうだったら良いけど。あの婚約者怖すぎるよ。僕、無事に国に帰れる自信なくなってきた」
「警護を連れて来ればよかったですね」
「冗談に聞こえない」
ソフィアは冗談でなく本気でそう言ったのだったが、クロードが怖がると思いただ微笑んだ。夜の城は出歩かないようにさせよう。
「それにしても、決まりと言っても王女様のお顔を一度も拝見できないとは、残念でしたね」
「それ僕も思った。見てみたかったんだけどな、ベルクトでも三本の指に入ると評判の美少女」
これは アレクシスが流した噂ではない。自分に不利になる噂は流さないのが彼である。
美しいと評判だったエデルの母親と瓜二つだという話が勝手に広がってしまっていたのだ。実際エデルは母の生き写しであったが、噂が本当だったのはただの偶然である。
「まあ、あくまで噂ですけれど。あの美形の婚約者があれほど熱をあげているのですから、かなり信憑性は高いのでは?」
「わー、余計見てみたくなってきた! せめて声だけでも聞けたら……」
紅茶のカップを持ち上げた手が止まる。
声?
クロードはなぜか違和感を感じていた。そうだあの一瞬だけ聞いた声、前にどこかで聞いたような。
ぼんやりと記憶の糸をたどる。どこで聞いた声か、そんなに前ではなかったような――。
「クロード様!」
ソフィアの声でハッと我に返る。我に返った理由はもう一つあった。
「熱っっ!」
考え事をしていたせいで、口の近くに持ってきていたカップが傾き、中身が胸全体に流れていたのだった。
「大変! 早く服を脱いで下さいな! 上着も、シャツもあとそれから――」
「大丈夫、自分で脱げるから。それに一瞬熱かったけど今はもうそんなに痛くないから」
服を勢いよく脱がすソフィアを制し、クロードは自分でシャツのボタンを外し始めた。
「いいえ、いいえ! やけどしていたら大変です! 水をもらってきますから、何か新しい上着でも羽織って待っていて下さい」
ソフィアは止める暇もなく、部屋から飛び出していった。朝とは立場が真逆でなんだかクロードはおかしく思えてしまった。
「これも少し緩めるか。そんなにきつく絞めてはいないけど、やっぱり窮屈なんだよな」
その時、ソフィアが急いで出て行ったせいで少し隙間のあいた扉の向こうから足音が聞こえてきた。
「ソフィア? 戻ってくるには早すぎるか。何か忘れたのかな?」
クロードはまだ濡れた上着を肩に羽織ると、扉の方へと近づいた。
「ソフィア」
しかし、扉が開いたその先にいたのはソフィアではなかった。その人物は、クロードの姿を見ると、その胸元を見て少し驚いた顔をした。
「お前、女だったのか」
クロードは慌てて、コルセットを緩めた胸元を上着で隠すと、うわずった声でその人物の名前を呼んだ。
「ア、アレクシス殿、なぜここに?」
取りあえずこの場をごまかそうと扉を閉めようと取っ手に手を伸ばす。しかし、その手は アレクシスに掴まれ、持ち上げられてしまった。
アレクシスは、コルセットの緩んだクロードを上から下までじっくり見つめた。だがその視線からは嫌らしいものは全く感じられなかった。
そして、握りしめていたクロードの手首を離すと一言。
「――好みではないな」
散々見つめられた上、好みではないなどと勝手に断言される。クロードは怒りを通り越して、体の力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。
「あなたの好みなんて一体何の関係が……」
「俺のじゃない」
「は?」
では アレクシスは誰の好みのことを言っているのか。それはもちろん、エデルの好みのことである。エデルの好みとは真逆で、クロードの胸は――男装するには好都合な――かろうじてあるといった感じのサイズなのだ。
「お前のことなんて容姿以前に存在からして興味がないがな」
昼間の丁寧な言葉使いはやはり外面用だったらしい。クロードが女と分かったからか、二人きりだからかは分からないが、 アレクシスは拒絶を全面に押し出してクロードに応対していた。
「これには事情があって……」
「お前の事情なんて興味ない。女ということは誰にも言わない。だが、見合いをこのまま続けることを黙って見ているつもりもない。この見合いは諦めてさっさと帰り支度をすることだな」
「そんな、待って下さい!」
まだ力の抜けた足でどうにか立ち上がるクロード。せめて目線を少しでも同じ高さにしないと圧に負けてしまう。
「お前に選択肢があるとでも?」
「それは、そうですが……」
アレクシスに睨み付けられて、クロードはただでさえ小柄な体をさらに小さくさせた。クロードがねずみだとしたら アレクシスは猫どころか毛並みの良いライオンである。そんな差がある人間にひと睨みされたらたまったものじゃない。
「せめて、姫に一言だけでもお別れの挨拶を」
「挨拶? 『自分は女でした。申し訳ありません』とでも言うつもりか?」
「何も言わないで去った方が不自然では?」
クロードも引き下がらない。エデルを騙していた罪悪感もあったのだろう。実際はお互い様なのだが、そんなことをクロードが知るはずもない。
「エデルには俺から伝えておく。クロード殿下は急用で国に呼び戻されて朝一番に城を発ったとな」
「ですが」
「クロード殿下は朝一番で城を発つ。これはすでに決定事項だ」
言い返そうと口を開きかけるが、冷たい目で一瞥されて言葉が出てこなくなってしまった。
「それでは失礼する。もう二度と会うこともないだろう」
クロードは何も言い返せないまま、アレクが去った後の部屋でぼんやりと立ち尽くしていた。