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第六話◇プリンスミーツプリンセス③

 一体何を忘れたのだろうか。

 少しと言うには長すぎる時間待ちぼうけをくらったクロードは小さくため息をつく。初めて訪れる城でただでさえ落ち着かないのに、侍女と二人きり――正確にはこの城の人間が数名控えているのだが、彼らは黙ったまま控えているだけなのでいないも同然なのだ。

 椅子に座りながら出された紅茶を一口すすり、またため息。

「伯爵にも付いてきてもらえば良かったかな」

 城まで同行していた伯爵や、彼の配下の護衛とはすでに城門の前で別れていた。

「伯爵は嫁いだ妹君に会いに来る為という名目で今回の旅に同行して下さっただけなのですから。城にまで付いてきて頂いたらおかしいと思われますわ」

「本当は見合いだっていうのは周知の事実なんだから、付いてきてもらっても……」

「まあ、なさけない事をおっしゃらないで下さいクロード様。それでも一国の王子ですか」

「王子です」

「そういうことではなく」

 ソフィアは呆れつつも、元々こういう王子だと言うのは分かっていたことなのでそれ以上は何も言わなかった。

 城壁をプラス一周する王子だ。仕方ない。

「やっぱり婚約者がいる女性とお見合いなんて失礼だったんじゃないかな。ベルクトの第四王女と婚約者と言ったら相思相愛で有名だし」

 もちろんアレクシスの流した噂だ。相思相愛情報と逞造ラブラブネタが、周辺諸国を駆け回るのに一ヶ月もかからなかったのは恐ろしい手腕である。

「クロード様が気にすることありませんわ。会いさえすれば役目を果たしたことにはなるのですから。別に結婚までこじつけるように言われたわけではないのでしょう?」

「そうだけど、自分のせいで他人が嫌な思いするのってあんまり気分良いものじゃないし」

「少し待たされたくらいでそんなに悲観的にならないで下さいな。ほら、何か良いこと思い出して」

「良いこと……あ!」

 うつむいていたクロードが突然顔を上げたので、ソフィアの肩が反射的にはねた。

「何ですか突然」

「いや、うれしいことって訳じゃないんだけど……知らない美少年に容姿を褒められて――いや、可愛いって言われただけなんだけど!」

「美少年?」

 クロードは馬車から降りて、ハンカチを追いかけていった時の話をソフィアにし始めた。少し興奮しながら話すクロードとは対照的にソフィアは話を聞きながら終始顔をしかめていた。

「城壁のぼって出てきたただの不審者じゃないですか」

「確かに! あまりに綺麗な少年だったからそのことについて失念してた。何してたんだろう……泥棒とか? でも何も持ってなかったなあ」

「お二人が戻ってきたら、このことを話しておいた方が良いのでは?」

「え」

「え、じゃありませんわ。不審者が城内を自由に出入りしているなんて警備はどうなっているのか」

「うん、まあ不審者の件は置いといて」

「置いとかないで下さいな!」

「いや、でも悪い人には見えなかったというか」

「顔が良ければ良い人なんてことありませんわ」

「確かに顔は良かったけど、それはそれで。何て言うかな、こう、物腰も柔らかで、品が良くて――そう、例えるなら」

「例えるのなら?」

「物語の王子様のような」

 真剣な眼差しでそう告げたクロードを見て、ソフィアは可哀想な子犬を見るような瞳で微笑んだ。

「本物の王子が何をおっしゃっているんですか」

「でも僕は――」

 クロードの次の言葉は扉の開く音で遮られた。どうやらようやく王女達が戻ってきたらしい。

 この話はひとまず置いておくことにした二人は、席から立ち上がり王女達が部屋へ入ってくるのを待った。


「すみません、お待たせしました」

 そう言ったのは王女ではなく、彼女の婚約者であるアレクシス・ハイゼであった。表向きは違うと言っても一応お見合いである場に婚約者が同席するのもおかしな話だが、表向きが違うのだから仕方ない。

「いえ、おいしい紅茶を頂きながらゆっくりしていました」

 にこりと社交辞令。どこか笑みが引きつるのは、緊張からで決して婚約者のアレクシスの威圧感がすごいからではない。いや、実際威圧感はすごいのだが。

「王妃様には本日は謁見は出来そうにありませんので、明日また様子を伺ってみます」

「え、ああ、お願いします」

 そういう設定なのを忘れるところだったクロードは慌てて返事をした。

「よろしければ滞在頂くお部屋へ案内します」

「え、ええ――え?」

 話が違う。

 いきなり貴賓室に案内されてしまってはお見合いにならないではないか。やはりこの婚約者怒っているのだろうか。 エデルは慌ててアレクシスを見えないところで小突いた。協力すると言ったのだから協力してもらわなければ。

「どこか見たい場所などありましたら案内しますが」

 感情のこもっていないアレクシスの声に、クロードは再び笑みが引きつった。

 いっそのこと部屋へ案内してもらいたいくらいである。

(アレク、庭とかは?)

 小声でエデルが提案する。

「庭は俺とエデルの思い出の場所だから嫌だ」

(そんなこと言ったらどこも思い出の場所になるだろ! 城に住んでるんだから)

「エデルは俺との思い出なんてどうでもいいのか?」

(そうじゃなくて……あ、じゃあ、あそこは? 母上のくれた)

「あそこか……あそこの思い出は」

(もういいってば。あそこにしよう)

 アレクシスはエデルとの思い出の場所で、エデルと自分の間に誰かが割り込むことがよほど気にくわないらしい。 しかし協力すると約束したのだから仕方ない。

「殿下は鳥はお好きですか?」

「鳥ですか?」

 ようやく自分にも答えられる質問になり、クロードはホッと胸をなで下ろした。

「ええ、好きです。焼いてもいいし、煮ても――っで!」 突然ソフィアに三つ編みをひっぱられ、クロードは小さく声をあげた。涙目でソフィアをみると、彼女は口をぱくぱくさせながら何かを訴えていた。

 まずい。食べる方の鳥じゃないのか。

「鳥料理の件は料理長へ伝えておきます。私が好きかどうかお伺いしたのは生きている鳥の方です」

「殿下はお小さい頃、鳥を飼っておいででした。でしたよね、クロード様」

 ソフィアのナイスアシストにクロードは力の限り首を縦に振った。

「それは良かった。実はエデルがお二人をお連れしたいところがあるそうで」

 そこが鳥と関係あるのだろうか?

 二人は顔を見合わせ首を傾げながらも、 アレクシスに案内されるまま、建物の外へと足を伸ばした。


 色とりどりの花が咲く庭に関しては何も触れず、 アレクシスはただ無言でそこを通り越していった。少しは花について説明しても良いのでは、とクロードは思ったがアレクが怖いので何も言うことはなかった。

 庭を抜けた先にあったのは、大きな鳥かごにも見える温室だった。鉄の骨組みに全面ガラス張りの最先端の技術を使った建物であった。ガラスの向こう側には、外からも中の木々が青々と茂っている様子が見えた。

 アレクシスが温室の扉を開けると、中から心地よい歌声にも似た鳴き声が聞こえてきた。

「すごい、鳥がこんなにたくさん」

 どうやらこの温室は本当に鳥かごだったらしい。色とりどりのたくさんの鳥たちが温室の中で自由に飛び回っていた。

「この温室は王妃様がエデルの誕生の祝いに故郷から取り寄せて組み立てさせたものなんです。鳥たちも珍しい種類をヴィオレールから連れてこさせたそうです」

「王妃様が」

 ベルクトの王妃が側室の娘である末の姫君を可愛がっているという噂は本当だったらしい。側室を迎えたことに激怒したという噂もクロードは聞いていたが、娘の可愛さはまた別なのだろう。

 四人が温室の中へ入ると、鳥たちがエデルのところへ集まってきた。可愛がってくれている人が誰か分かっているようだ。

「餌をあげてみますか」

 アレクシスは手に持っていた小さな袋の口をほどいた。すると、エデルの肩に乗っていた鳥がそわそわとしだした。

 袋の中から穀物を粉状にした餌を取り出すと、クロードの手に乗せた。すると周りの鳥たちが一斉にクロードへと集まってきた。

「うわっ!」

 鳥まみれになってあっぷあっぷしているクロードを悪い笑顔で見守る アレクシス。計画通りといったところだろうか。

「クロード様、下、下! 下に撒いて下さいな!」

 ソフィアは餌を手放すよう、クロードに助言を送る。

 しかし、時すでに遅し。クロードの手の餌は空になり、髪は羽だらけでぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 鳥たちはというと現金なもので、餌がなくなるとエデルの側や木の枝にそれぞれ戻っていったのだった。

「ここの子達は幸せなんですね」

 エデルの肩に鳥がとまる様子を見ながら、クロードはいつのまにかそう呟いていた。その言葉にエデルは小さく首を傾げた。クロードは慌ててそう思った理由を説明し始めた。

「ええっと、小さい頃、お祖父様から誕生日の贈り物で鳥を頂いたんです。ずっと南の方に住んでいる赤い鳥でした」

「小さな鳥かごに閉じ込められているのが可哀想に思って、外へ逃がしてやったんです。そしたら叔父に見つかってしまいとても怒られました」

「祖父君からの贈り物を逃がしたからですか」

「いいえ、『お前の半端な優しさがあの鳥を死なせることになるんだぞ』と。人に飼われた鳥が野生で生きていけるかも分からないのに、僕は鳥にとって何が幸せかなんて何も考えてなかった――半端な優しさで彼を空に放ったんです」

「お――私も!」

 エデルは思わず声をあげた。あまりにも自然に声が出たので「俺」と言ってしまうところだった。

 視線が自分に集まっていることに気がついたのか、エデルはすぐに アレクシスの後ろに隠れてしまった。

 まずい、気づかれたか。

 いままで黙っていた王女が初めて言葉を口にしたことにクロードとソフィアは少し驚いていた。それと同時に反応を返してもらえたことに、クロードは嬉しさを覚えた。

 エデルは気づかれていないことに安堵しながら、 アレクシスの後ろでぼそぼそと話し始めた。 アレクシスはその言葉をそのままクロード達に伝えた。

「エデルの言葉を伝えます。『私も小さい頃に同じ事を考えて鳥を逃がしたことがあります。ですがやはりアン姉様』、第一王女殿下のことです。『アン姉様に怒られました。自力で生きている力もない鳥を外に逃がすのは殺すも同じことだと。私は泣きじゃくって鳥を探しにいきました』とのことです。子供にひどい言い方をしますね、さすがアン王女殿下」

 アンの悪口を言ったせいで、 アレクシスはエデルに背中を軽くぶたれた。

「僕と王女殿下に共通点などあるのかと思いましたが、意外にあるものですね」

 無邪気に微笑むクロードを、 アレクシスの冷ややかな視線が襲う。一瞬でクロードの笑顔は真顔に戻ってしまっていた。

 一方のエデルは、自分と同じ経験をしていることに興味を持ったのか、話してみたくてうずうずしているようだった。同じ価値観を持つ同年代の同性というのは周りにそういないものである。エデルの周りにいる同年代の同性と言えば、 アレクシスと自分の護衛も務めている乳兄弟くらいのものである。友人というには少し違うのだろう。

 アレクシスはエデルが話したくて仕方ないという雰囲気を出していることに気がついたのか、

「さあ、ではこのあたりで城の中へ戻りましょうか。夕食前に少し部屋で休まれた方が良いでしょう」

 とこの場をお開きにしてしまった。さすがエデルの過剰ガードマンである。

 まだ話したい様子のクロードとエデルは残念そうに小さくため息をついたのだった。


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