第五話◇プリンスミーツプリンセス②
「男の姿を見られた?」
自室へ忘れ物をしたと言い訳を残して、エデルとアレクシスは別室へと移動していた。窓際に立った二人の姿がガラスにうっすらと映り込む。
「見られた。もうまんま男の姿見られた」
「いや、なんでそんな状況になるんだ? 大体、あの王子今来たばかり――エデル、お前まさかまた」
アレクシスの声がひやりとしたことを感じ取ったエデルは慌てて言い訳を考えた。また城を勝手に抜け出したのがばれたら大目玉である。普段優しいアレクシスも、エデルが危険なことに首を突っ込むことと、彼に対して秘密を持つことに関しては厳しいのだ。
今回はある意味二つ条件を満たしてしまっているわけで。
「いや、違う! 違くないけど、城の! 中で! ぐうーぜんに会っちゃったんだ。男の姿で。ほら、アン姉様が新しい服を拵えてくれたから嬉しくて!」
「エデル」
「ごめんなさい勝手に抜け出して城下町に行ってました」
ばれているのが分かるとエデルの謝罪は早かった。何だかんだ言ってもアレクシスは自分に甘いのだから謝ったもの勝ちという思考からである。
「エデル、俺は怒っているんじゃない。心配しているんだ」
アレクシスの手がエデルの頭へ伸びる。優しく撫でられ、エデルは子犬のようにしょげた目をして見せた。これも説教を短く済ます為の作戦のうちである。
「いくら男の恰好しているからって、エデルは可愛いのだから、一人で町になんか出たら危険が一つや二つじゃない」
可愛いじゃなくて恰好いいじゃないのか。エデルは多少不満を感じたが、今は大人しく説教を聞くことにした。
「俺だって仕事があるのだから、四六時中エデルの側にいれる訳じゃないんだ」
と言いつつもこの男は以前、エデルの専属護衛を申し出たことがある。もちろんエデルの根回しで王妃経由で国王に却下されたが。
「本当は、首輪でもつけておきたいくらいだよ」
頭に置かれていた手がするりと下がり、エデルの頬に触れる。
雲行きが怪しくなってきたし、何だか顔が近い。
「とにかく俺はちゃんと謝った! あと顔近い!」
息がかかりそうなほど近づいたアレクシスの顔を両手で押し戻すと、エデルは本題へを話を戻した。そう、クロードに男の姿を見られた件である。
「顔はベールを下ろしたままだし、話すのだってアレクを通してだから声そんなに出さないから大丈夫だと思うけど。どう思う?」
「お見合いをやめた方がいいと思う」
「根底を覆すなよ!」
「でもそうだろう? 一番安全な道だと思うけど」
古風で奥ゆかしい女性像を大切にしているベルクトでは、ある程度位が高い未婚の女性は男性にあまり顔を見せない。身内などに対しては例外だが、基本的にはエデルのようにベールを下ろしたり、または扇などで顔を隠している。また、会話に関しても男性と直接話すことは少なく、パートナーや使用人を通すことが多いのだ。
顔を見せない、声を聞かせないでいられることはアレクシスにとっても良いことなのだが、お見合いしないという選択肢が最善なのには変わりない。
アレクシスの言っていることが正論なだけに、エデルは次の言葉に詰まってしまった。
「いや、多分ばれないよ。大丈夫、多分」
エデルの反論の言葉にアレクシスは眉根を潜めた。なぜエデルはここまで必死になって婚約を継続させようとしているのだろうか。元はと言えば、国王が勝手に持ってきた――と言うか断り切れなかった――見合い話である。エデルにとっても厄介な話ではなかったのか。
「――エデルが望むのなら、俺は出来る限り協力するよ。エデルの性別がばれないようにね」
「いいの?」
「いいよ」
にこりと微笑む。
(すごく面白くないけど)
しかしエデルの笑顔の為だ。仕方がない。
「ありがとう、アレク!」
「頼りになる?」
「頼りになる!」
「一番?」
「一番!」
「大好き?」
「だ、だ、いすぎ……」
何を言わせようとしているんだ。エデルは全力で突っ込みたい気持ちを押さえ、アレクシスの調子に辛うじて合わせた。
今、機嫌をそこねたら面倒である。
「よし! じゃあ話がまとまったとこでお見合いに戻るか!」
「その前に」
「ま、まだ何か?」
「城を抜け出した話をもう少し詳しく聞こうか」
まだその話は終わってなかったらしい。
エデルはアレクシスの威圧感のある微笑みを横目で見ながら、今度は正直に話を始めた。