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第四話◇プリンスミーツプリンセス①

 エデルが見合いの話を聞いてから、その日がやってくるまでそれほど時間はかからなかった。なぜなら国王が息子に見合いの話をした時点でそれは既に決定事項だったからだ。

 見合いに関してさほど抵抗を感じてなかったはずのエデルだが、この日はなぜか表情が冴えなかった。

 正確にはこの日ではなく見合い相手と対峙した途端、である。

 ベールを下ろしている為、他の人にその表情は分からなかったがアレクはすぐにエデルの様子がおかしいことに気が付いた。

「エデル、調子が悪いなら部屋に戻るか?」

 エデルは何も答えず、ベールの向こうに見える見合い相手を見つめた。

「アレク」

 アレクシスの袖を引き、小さな声でつぶやく。

「まずい」

 一体何がまずいのか首を傾げるアレクシス。エデルが「まずい」と言った理由には今朝起こったある出来事が関係していた。


 お見合いの当日の朝、ベルクトの王都では雲一つない青い空が広がっていた。思わずお見合いの時に「本日はお日柄もよく」などと言ってしまいそうなほど良い天気である。

 そんな良い天気に似つかわしくない、大きなため息をつく人物がいた。その人物は城に向かう馬車の中で憂鬱そうに外の景色を眺めていた。

「まあ、大きなため息ですこと。王女殿下の前ではそのようなため息は控えて下さいね、クロード様」

「分かっているよ、ソフィア」

 そう、このため息の主こそヴィオレールの第五王子クロード・ヴィオレール。エデルの見合いの相手であった。

 クロードの情けない笑みを見て、侍女であるソフィアは馬車の向かいの席から身を乗り出す。

「本当に分かっていらっしゃるのなら、その自信なさげな顔をどうにかして下さい」

「えぇ、この顔は生まれつきだよ」

「なら今から生まれ変わって下さいな」

「相変わらず容赦ないなソフィアは……」

「ふふ、冗談ですわ。少しは肩の力がぬけましたか?」

 柔らかく微笑む少女にクロードもようやく緊張の解けた笑みを見せた。

「さて、今回のお見合いですけど、もう一度おさらいしておきましょうか。クロード様の今回の訪問はお見合いの為ではありません」

「本当にややこしいな」

「クロード様がベルクトのお城に訪問するのは王妃様に贈り物があるからです。口実ですが」

 クロードの父であるヴィオレール国王はベルクト王妃の従兄にあたる。贈り物を使いを出して送ることは以前にもあったことだ。

「ええっと、贈り物を持ってきたはいいが王妃様の体調が優れない為、しばらく待たされることになる。その間に王女であるエデル様に城の案内をしてもらうことになる。その後国王陛下に晩餐に招かれ数日滞在することを勧められる、と」

「問題ないようですね」

「何十回と確認させられればそりゃあね。こんな回りくどいことする必要本当にあるのかな?」

 クロードが首を傾げるのに合わせて、一つに結んだ赤茶色の三つ編みが揺れる。

「王女殿下には婚約者がいらっしゃいますから。表だって見合いという形はとれなかったのでしょう」

「そこもおかしいよね。婚約者がいるのになんで見合いを?」

 ソフィアも疑問に感じていたのかクロードと同じ向きに首を傾げた。

「それは私も少し疑問に感じていましたけど。こちらの方が家格は上ですから断れなかったのでは?」

「父上がこの見合いを? 僕の為に?」

 そう言われソフィアも答えに窮した。

 確かにヴィオレール国王がクロードに見合いを勧めるなどおかしな話ではあるのだ。

「まあ考えても仕方ありません。ほら、もう城門が見えてきましたわ」

 その言葉にクロードの肩がびくりと上がった。

 まだ心の準備は整っていないのだ。

 しばし無言になったあと、窓を開け御者へ向かって叫んだ。

「すまないが城壁をもう一周!」

 少しでも気持ちの整理というの名の悪あがきをしたいらしい。

「往生際が悪いですよ、クロード様。城門の前を通り過ぎて後ろをついて来ているロジエ伯爵の馬車もきっと驚いていますわ」

 ロジエ伯爵とは、今回の見合いのお目付役としてヴィオレールからついてきた人物である。ベルクトに妹がいる為、今回の同行者として選ばれたとのことだ。

「国どころか城も滅多に出たことないのに、いきなり見合いってハードル高いよ。どんな相手かも分からないのに」

「どんなお相手か分からないからこそお見合いするのでは?」

「そうだけど! そうじゃないんだよ!」

「まあどちらでも構いませんが……。この一周だけですからね」

 やれやれとため息をつきつつもソフィアはこの王子の悪あがきに付き合うことにした。何だかんだ言いつつもクロードには弱いらしい。

  日差しが強くなってきたせいか、馬車内も少し暑くなってきた。ソフィアはほんのり汗が滲むのを感じ、もう一方の窓も開けると鞄からハンカチを取り出した。その時、強い風が馬車の中を通り過ぎ、ソフィアの手からハンカチを奪っていった。

「あっハンカチが」

 手を伸ばしたがハンカチは城門の方へひらひらと飛んでいってしまった。

「ああ、気に入っていたのに」

 ソフィアがしょんぼりとしていると、クロードは馬車を止めさせて扉を開けた。クロードが馬車を降りようとしているのを見てソフィアは驚いてクロードの服の裾を引っ張った。

「何をなさっているのですか! ハンカチの一枚くらい構いませんから」

「でもあれ、ソフィアがお兄さんから貰ったものだろう。いいよいいよ、任せて。ソフィアはそこにいてよ、ドレスが汚れるといけないし」

「クロード様!」

 ソフィアが呼び止めようとした頃には、クロードは軽い身のこなしで馬車から飛び降りていた。こういう時だけは無駄に決断が早いらしい。ソフィアは追いかけようとしたが、自分の恰好ではクロードに追いつかないことを悟り、仕方なく彼の姿を見送った。

 ハンカチはしばらく宙をただよった後、城壁の近くに落ち着いた。クロードが手を伸ばしハンカチを拾おうと城壁に近づいたその時、先ほどよりも強い風が吹き抜ける。再び舞い上がったハンカチは城壁の中へと流されていった。

「あっ! 待って!」

 クロードが声を上げると、ハンカチを掴んだ手が城壁の内側から現れた。3メートル以上はある城壁から手が現れたことに、クロードは少々混乱した。

(え、巨人? 巨人がハンカチ掴んでる? にしては小さい手だな……)

 クロードがあれこれ考えていると、一人の少年が勢いよく城壁を飛び越えてきた。少年はまるで羽のように軽い身のこなしで地面に着地した。

 黒い髪が日の光で輝いて見える。これほどまでに綺麗と言う言葉の似合う少年をクロードは見たことがなかった。

 少年はクロードと目が合うと、にこりと微笑んでハンカチを差し出してきた。

「これ、君の?」

「え、違います!」

 突然話しかけられて、クロードは思わず否定してしまった。実際自分のものではないので、この答えは正しいと言えば正しいのだが。首を傾げる少年を見て、クロードは慌てて自分の発言を訂正した。

「すみません、僕のではないのですが、僕の身内のもので間違いありません。拾って頂きありがとうございます」

「拾ったというよりは捕まえたって感じだけどね」

 少年は笑いながらそう言い、クロードへハンカチを手渡す。そして、何かに気が付いたようにじっとクロードを見つめた。

「あれ? その恰好……もしかして君って男?」

「ほ、他に何に見えると言うんですか!」

「ああ、ごめん。女の子かと思ったんだ、可愛かったから」

「かわっ……かわ……!?」

 言われ慣れない言葉を自分に投げかけられ、クロードは思わず周りを見渡した。だが、自分の後ろに誰もいないことを確認すると、再び少年の顔を見た。

「ああ、ごめん。可愛いとか嬉しくないよね、男なのに」

「え、いえ、そういうわけでは」

「そう? 気分を害していないなら良かった」

 少年はほっとしたように微笑んだ。その笑顔がクロードには輝いて見え、思わず目を細める。

「っと、俺急がないといけないんだった」

 何かを気にするように越えてきた塀の方を振り返る。そして安堵した様子で、再びクロードに視線を戻した。

「じゃあね、風には気を付けて」

「え、ええ。ありがとうございます」

 ハンカチを握る手に力が入る。

 それは風に備えてなのか、それとも少年に言われた言葉が原因なのか。駆けていく彼の背中を見つめながら、小さな声が漏れた。

「美少年に可愛いと言われてしまった」

 思わず頬が緩む。

 自分がだらしない顔をしていることに気が付いたクロードは、慌てて自分の頬を両手で叩く。次の瞬間には凛々しい仮面を付け直していた。

「可愛いなんて言われたの初めてだったからな……。いや! 嬉しいわけでは! 僕は男なんだし。そう、『男』ではないといけないのだから」

 だからこの秘密は守らなくてはいけない。

「それなのに父上は一体何を考えておられるのか」

 空を仰ぎながらも、大きなため息は地面へと吸い込まれていった。


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