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第三話◇見合い話②

 夕食の後アンに部屋に呼ばれていたエデルは扉を小さくノックした。

「エデルかしら? どうぞお入りなさい」

 少しだけ扉を開けると、エデルは隙間から片目だけ覗かせた。

「アレクもいるんですけど、いいですか?」

「一緒にくるだろうと思っていたわ。構わないわよ」

 姉の了承を得て、エデルはアレクシスと共に部屋へと入った。

「申し訳ありませんアン殿下、せっかくの姉弟水入らずの時間にお邪魔して」

「あら、邪魔だという自覚はあるのね。構わないわ、いつものことでしょう」

「ご理解が早くて助かります。さすがは王国一の才媛と呼ばれるだけありますね」

 一見、社交辞令を交えた平和な会話に見えるが、実際はオブラートに包む気もない嫌味の応酬である。二人のこういった会話には慣れているのか、エデルは全く関知せずといった様子であった。

 エデルがアンの向かいの席に座ると、アレクシスはその後ろに控えた。

「あれ、お義兄様は?」

「あの人は胃が痛いみたいで、隣の寝室で寝ているわ。いつも通りよ」

「それは……お大事に」

 確かに義兄の胃痛はいつも通りと言えば、いつも通りなので心配しても仕方ない話なのだ。

 原因に心当たりが多すぎるので不憫ではあるが。

「それでエデル、今夜ここに呼んだのは先程の話に関してなのだけれど」

「お見合いのですね」

 アレクシスの耳が微かに動いた。

「そう、相手の名前もまだ知らないでしょう。それなのにあまりにあっさり話を受けたから驚いてしまったわ」

「断れる話でもないな、と思ったからですよ。それだけの理由です。俺だって一国のひ……王子ですから、果たすべき責務があると思っただけです」

「そう、それもそうね」

 まだ納得していないような声色であったが、アンはとりあえずそれ以上の追求はやめることにした。

「お見合いの相手はクロード・ヴィオレール様。ヴィオレール王国の第五王子よ」

「王族の方……ですか?」

 さすがに王族の名前が出てくるとは思っていなかったのかエデルは微かに顔を引きつらせた。

「あら、そんなに意外かしら? ヴィオレールはお母様の故郷で縁が深いし、昔はともかく今は友好条約を結んでいる隣国よ。王族同士が信頼の証に婚姻関係を結ぶことなんてよくあることだわ」

「それに第五王子なんて王位とは無関係かつ扱いに困る不良物件ですしね。体のいい厄介払いなのでは。エデル、そんなの押し付けられるの迷惑だろう?」

「アレクはちょっと口閉じてろ」

 話がややこしくなる前にアレクの口を封じて、エデルは一息ついた。

「ヴィオレールの王子か……うーん」

「断ってもいいのよ」

「ああ、いえ、断る気はないんですが。ちょっと想定外だったというか」

「想定外?」

「あ、ええっと……ベルクトの箱入り姫君の噂を聞いたもの好き貴族とかかなーと思ってたので」

「そうね、私もそう思っていたわ。ただ今回は断れない程度には身分が高いのかしらと」

「まあ、でもヴィオレールほど大きい国ではないですが、こちらも一国の姫なわけですし。見合いの相手としておかしくはないですよね」

 男同士でお見合いという時点でおかしいのだが、それについては今は考えないことにしたらしい。

「ねえ、エデル」

「何ですか? アン姉様」

「いえ、何でもないわ」

 アンは言おうとしていた言葉を飲み込んで、いつものように柔らかく微笑んだ。

「上手くいくといいわね」

「上手くは、いかないほうがいいのでは?」

「あら、ふふふ、そうね」

 アンは国王とは違い、このお見合いをどこか楽しんでいる節があった。彼女の怖いところはただ楽しんでいるわけではなく、全てを見通したうえで楽しんでいるところである。

 そんな姉の様子を見て、エデルは不安そうに問いかける。

「アン姉様、アン姉様は俺の味方ですよね?」

「ええ、もちろん。どうしてかしら?」

「俺ももちろんエデルの味方だよ」

「お前は聞いてない」

 相変わらずのやり取りを微笑ましく眺めながら、アンはエデルの問いに再び答えた。

「エデル、私はあなたの味方よ。そう、私の大事な『弟』のね」

 アンの答えを聞いて、エデルは安心したように頷いた。

「ありがとうございますアン姉様」

「お礼を言われるようなことではないわ」

「っと長居してしまいましたね。俺そろそろ行きます」

「じゃあ俺も」

「アレクは部屋に戻っていいよ。俺寄るとこあるから」

 ドレスの裾を整えながらエデルは立ち上がる。

「俺も一緒に行くよ」

「いやいいよ、母上のところだから」

「……分かった、先に部屋で待ってる」

 エデルの行くところならどこでもカルガモの雛のようについていくアレクシスだが、王妃のところとなれば話は別である。王妃が苦手だという理由もあるが、彼が王妃の部屋に入る許可が下りないというのが主な理由である。

 王妃は大親友の息子であり、その彼女にそっくりなエデルを大変溺愛していた。そんな王妃にとって、アレクシスは花に群がる害虫という認識らしい。

「あ、部屋に戻れって言ったのは俺の部屋じゃないからな。お前の部屋だ」

「分かってるよ」

 にこりと微笑むアレクシス。

 ――こいつ絶対俺の部屋で待つ気だ。

 アレクシスの実家であるハイゼ家は王都に立派な屋敷を持っているのだが、彼は基本的に城で生活をしていた。部屋はもちろん女性陣とは違う場所なのだが、彼は基本的にエデルの部屋の隣にある侍女用の部屋で過ごしていた。

「まあいいけど。俺のベッドで寝たりするなよ」

「ほら、エデル早く行かないと遅くなっちゃうよ」

「何で無視するんだよ。寝るなよ!」

 エデルはぶつぶつ言いながら、アレクシスに扉を開けてもらい部屋から出て行った。最後に振り返りアンへ挨拶をした後、アレクシスにもう一度「寝るなよ!」と念押しをしてから去って行った。

「ふふ、嫌われてるわね」

「ご冗談を、愛情の裏返しですよ」

「それにしても意外だったわ」

 扇をぱらりと開きながら、アンは横目でアレクシスを見た。

「俺がエデルの帰りをエデルのベッドで待っていることがですか?」

「それではなく。それは意外でも何でもないわ。あなたのことだからどんな手を使ってでもこの見合いを阻止するものだと思っていたわ」

「なぜそんなことをする必要が? 確かにエデルが見合いなんて腸が煮えくり返る思いですが、相手は男でしょう。エデルの恋愛対象は女性ですから」

「あら、そんなこと言ったらあなただって男でしょう」

「俺は例外です」

「あら大した自信ね」

「自信なんてありませんよ。だから努力してきた」

「長年甲斐甲斐しく世話してきたのは、あなた無しではいられないようにする為だったと? 執念ね」

「いえ、愛ですよ」

 エデルに向けるものとは違う冷たい笑顔を浮かべ、アレクシスはそう答えた。そして軽く頭を下げ、部屋を後にした。

 アレクシスが去った後、アンは扉の方を眺めたまま扇をゆっくりと閉じた。

「愛も執念も変わりないわ」

 弟はとんでもない悪魔に魅入られてしまったものだとため息をついた。


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