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第一話◇お茶会の後

 定期的に行われる貴族の令嬢とのお茶会を終え、部屋へと戻ったエデルは上機嫌であった。その理由をよくよく理解しているアレクシスはいつも通りの笑顔を浮かべつつ一言。

「エデルは本当に趣味が悪いな」

「な! なんのことだ」

「ローザ嬢と話せたからご機嫌なんだろう? あれは見た目だけで性格最悪じゃないか」

 ローザ嬢とは伯爵令嬢でお茶会の参加者の一人である。上品に振る舞いながらも、付き添いのアレクシスに聞こえない小さな声でちょくちょくエデルに嫌味を言ってくる。基本的に高飛車で自信家で、自分が一番可愛いと思っているステレオタイプのお嬢様である。

「いや、でも可愛いから。女の子は可愛ければ全て許されるって世間一般の常識だろ」

「そんな常識はない」

 真顔でばっさり。

「エデルは箱入りだから間違った一般常識を覚えてしまったんじゃないかな」

「分かったよ、訂正する。俺の中での常識」

 そんな常識滅んでしまえ。アレクシスはそんなどす黒い気持ちはぐっと押しこめ、ただ微笑んだ。意地でも肯定はしたくないらしい。

「気が強いところも可愛いし、何か、こう柔らかそうで、砂糖菓子みたいな? やっぱり本当の女の子は違うよなあ」

 うっとりとするエデルを見て、アレクシスは心底うんざりした。エデルは基本的に気が強い顔と性格、さらに胸が大きい柔らかそうな見た目の女性が大好きなのだ。ローザの他にそういった女性に彼は非常に心当たりがあった。

 そう、エデルの義理の母親である王妃である。

(基本マザコンをこじらせてるんだよな)

 アレクシスが微かに眉をひそめているのに気が付いたのか、エデルは口を尖らせ椅子に腰を下ろした。

「何だよ、俺の趣味にケチつける権利なんてアレクにないだろ。俺だってアレクの女性の趣味に口出すなんてしないぞ」

「エデルのことを可愛いと言ったらいつも否定するじゃないか」

「俺は今『女性』の趣味について話してるんだが」

 エデルは帽子を脱ぎながらため息をついた。

 侯爵家の次男坊であるこの婚約者は、頭脳明晰で眉目秀麗という超優良物件である。

(男にとっては敵だな。敵。身長寄越せ)

 エデルが生まれた時からの婚約者で、幼馴染でもあった。本当は男である王女に余計な縁談を持ち込まれないようにする為の防波堤というわけでである。もちろん彼は昔からエデルが男だと知っている。それがいつからか、というのは不明だが。

 帽子がなかなか脱げずもたもたしていると、すっと大きい手が伸びてきた。

「髪が引っかかってる」

 エデルの黒い髪にそっと触れると、帽子を優しく脱がせる。ようやく重たい帽子から解放されたエデルはうんと背伸びをした。

「つけ毛も取っていいかな」

「またつけるのが面倒じゃないならな」

「……じゃあいいや。結構時間かかるし」

 頭の両脇に付けてある、輪っか状の三つ編みに指を通しながらため息をつく。

「取ったり付けたりが面倒なら切らなければ良かったのに。せっかく綺麗な長い髪」

「そ、そりゃあ母様譲りの大事な黒髪だけど、でも俺は女じゃないんだし」

 ここで言う母様はエデルが生まれてすぐに亡くなった実母のことである。

 ベルクトでは黒髪は珍しい。彼の母親の出身である北の領地では比較的よく見られる色だが、それでも王都ではあまり見ない髪色である。この国では一般的には茶色の髪が多く、貴族などは金に近い薄茶色の髪が多かった。アレクシスも後者ではしばみ色――エデルいわくミルクティー色――の髪をしていた。

 母の形見とも言える黒髪を切ってでも、エデルは自分が男であると主張したかったのだろう。

「そんなに男に戻りたいのか?」

「そりゃあそうだろ。俺だってあと数年もしたら身長だって伸びて、ムキムキマッチョな青年になるんだから」

「それはないかな」

「何で即答なんだよ! 少し考えろって!」

「いや、やっぱりないな」

 エデルは今でももう女装はキツイはず、と自分では思っているのだ。だが実際はそんなことは全くなく、どこからどうみても清楚可憐な美少女そのものである。

 成長しても綺麗な青年止まりだろう。マッチョはない。

(というか俺が絶対それだけは阻止する)

「まあ、マッチョは無理でも、アレクみたいにはなれるだろ?」

「俺のようになりたいのか?」

「まあ、見た目だけはいいからな」

「格好いい?」

「あーはいはい、カッコいいよ」

「もう一回」

「カッコいいカッコいい」

「もう一回」

「お前いい加減にしろよ」

 嬉しそうにアンコールを続けるアレクシスに呆れた視線を向ける。

「とにかく、俺は絶対にティアラは受け取らない。それまでには男に戻る」

「まあ、俺は別に止めないけどね。エデルの好きなようにすればいいよ」

「協力してくれるだろ」

「それがエデルの願いなら」

 目を細め優しく微笑む。昔からこの幼馴染はエデルの「お願い」を断ったことがなかった。

「自分で言うのもなんだけど、アレクは俺に甘すぎる」

「違うよ、結局は自分の為なだけ」

 エデルは彼の言っていることが上手く理解出来ず、首を傾げた。

「変な奴」とだけ口にして、日課の読書をするため立ち上がり本棚へ向かった。

 アレクシスにとってはエデルが男であろうと、女であろうとそれは些細な問題なのだ。

「俺はエデルがエデルでいればいいんだ」

「何か言ったか?」

「いいや、俺も何か読もうかなって言ったんだ。おすすめは?」

 本棚とアレクシスを交互に眺めた後、エデルは一冊の本を手渡すと長椅子へ移動した。彼は渡された「最新版ベルクト全国美人名鑑」を何事もなかったように他の本と取り替え、エデルの隣に腰を降ろしたのだった。


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