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第十一話◇城下町とトキメキと

 翌日、城下町を散策する約束の日がやってきた。

 城の外で待ち合わせることになっていた為、城から少し離れた場所までクロード達はのんびり歩く。少し歩くとすぐに手を元気にふった男姿のエデルの姿が見えた。クロードは思わず手を振り返す。

(男の子なのに、本当に可愛いなあ)

 エデルの隣には、二頭立ての屋根なし馬車が用意されていた。お忍びだからだろうか、馬車の装飾もエデルの服も簡素なものだった。

「お嬢さん方は到着したのか」

 ひょこりと馬の影から顔を出したのはエデルより少し背が高いくらいの少年であった。焦げ茶の髪を短くそろえ、金縁のつる眼鏡をかけていた。こういった眼鏡はまだ珍しいので、おそらくわざわざ外国から取り寄せたものだろう。腰に剣を二本下げているところを見ると、彼が今回同行するエデルの護衛らしい。

「紹介するよ、俺の護衛の一人、ヴィント。俺とは乳兄弟なんだ」

「そうなんですか。初めまして、僕の名前は……」

「クロード様とソフィアさんだろ――ですよね」

「ああ、別に敬語を使わないでも大丈夫ですよ」

「でもクロード様は敬語使ってるだ――でしょう?」

「僕の場合はくせというか、慣れないとなかなか敬語が抜けないんですよね」

「私に敬語を使わなくなるまでにも随分時間がかかりましたものね」

「そういうものか。じゃあ遠慮なく。エデルがこういう奴だからなかなか敬語が身につかなくてな」

「だって乳兄弟なんだから兄弟同然だろう? 敬語で話すのはおかしいって」

「お前のその理論のがおかしいと思うが。あと、乳兄弟は乳兄弟であって兄弟では断じてない」

「護衛の一人ということですが、他にも護衛の方が?」

「今回はいないけど、いつもは三人が交代で護衛をしてくれてるんだ」

「三人交代制なんですか?」

「そう、オレとオレの兄二人の三人交代制。別に三人交代制にする意味なんて無いんだけど、アレク様がな」

「アレクシス殿が」

 何だかクロードとソフィアは先が読めてきてしまったのだが、ヴィントの次の言葉を待つ。

「アレク様は誰か一人だけをエデルのそばにつけたくないんだ。一人だけだと、そいつがずっとエデルと一緒ってことだから」

「なるほど、親密度を分散させたい、と」

 ソフィアは彼の答えに感心したように頷いた。さすが独占欲の強いアレクシスである、と。ちらりとエデルの方を向くと再び遠い目。いつまでも現実逃避しているわけにもいかないと思うのだが。

「今日はアレク様は仕事だってな。オレ今日の注意点についてすごい長い話されてさ、途中目え開けたまま寝てた」

「相変わらず器用だな。ばれなかった?」

「ばれた。分厚い本で殴られそうになった。まあ、殺気で目が覚めたからすんでの所で避けたけど」

「アレクも本気殴ろうとしたわけじゃないだろ」

 いや、やる。絶対やる。

 その場にいたエデル以外の全員が同じ事を思った。結局アレクに特別扱いされているエデルにとっては、彼への印象が他人とやや異なっているのだ。

「まあ、別に事細かにあったことを報告なんてしないから、気にせず楽しめばいい。アレク様がいたら女だと知ってることバレないように落ち着かなかっただろうしな」

「ヴィント殿も知ってたんですか?」

「別にエデルやアレク様から聞いたわけじゃないぞ」

「ヴィントの情報網って本当に謎だよな」

 どうやら話の出所をエデルも知らないらしい。一体誰からの情報なのかクロードは少し気になったが、この少年もなかなかくせが強そうなので、あまり詮索する気になれなかった。

「とりあえず、ここで話してても仕方ないから、馬車に乗ってくれ。話は馬車の上でも出来るだろう」

 先に馬車に乗りながら手綱を握ると、ヴィントは三人にそう促した。エデルは馬車に乗ると、クロードに手を差し伸べた。そんな事をされたのは初めてだったクロードは馬車に乗った後もずっと心臓がうるさいままであった。


 城下町の出店が立ち並ぶ区域。時間帯もあるのだろうが、人が多く活気に溢れていた。店の人達も興味を引く言い回しをしたり、実演をしてお客を呼び込むのに力を入れていた。

「どう? ヴィオレールには負けるかもしれないけど、結構賑やかでしょ?」

「はい、すごい皆さんいきいきしていて。見ているこちらも楽しくなってしまいますね。ヴィオレールではあまりゆっくりと城下町を散策したことがないので新鮮です」

「そっか、そうだよね。俺もお忍び以外でこうして城下町歩いたことないや。初めてこうして城下町歩いた時は胸がドキドキしたよ」

 クロードの顔をのぞき込むと、にこっと笑う。

「だからクロードも喜んでくれると嬉しいなって思って」

「え、あ、はい。その、楽しいです」

 エデルの顔が近づくと、また心臓がうるさくなってきた。何かの病気なのだろうか。

 仲良く並んで話しをする二人を後ろで見ながら、ヴィントとソフィアはのんびりと歩いていた。

「微笑ましいですわね」

「アレク様がいなくて良かったな」

「本当に」

「オレ、これ報告したら殺されるよ」

「まあ、では報告するわけにいきませんわね」

「だよな」

 微笑ましい会話をするエデル達とは真逆に、ほのぼの見えて実は殺伐とした会話をする二人。二人とも声色が柔らかいので、余計に落ち着いた雰囲気に見えるのだ。

 実際アレクシスがいたらエデルの隣は絶対譲らないだろうし、二人で会話なんて絶対にさせないだろう。

「アレクシス様はよく今回の外出を許されましたね」

「王妃様の根回しで、ちょっとやそっとじゃこなせない仕事増やしてもらったし、なにより――」

「なにより?」

「エデルが最終兵器の『そんなに意地悪言うならアレクとはもう口聞かない』を使ったからかな。使いどころが難しいんだ。使いすぎると効果が薄れるし」

「案外手のひらで転がされているのですね」

 ソフィアが感心しながらそう言うと、ヴィントは眉間にしわを寄せて、微妙な顔をして見せた。

「転がしているつもりが、案外さらに手の中で踊らされているのかもしれないけど」

「ありえますわね」

 ヴィントと話をしていて、ソフィアは気になっていたことをこの際聞いてみることにした。これも主の為である。

「ヴィント殿は昔からエデル様の性別に関してはご存じでしたの?」

「知ってたよ。といっても小さいころは性別とか細かいこと気にしてなかったから、いつからっていうと答えにくいけど。家族以外だとオレの兄弟と乳母だった母親、それからアレク様と実家の侯爵家は知ってるかな。後はオレもよく知らん」

 本当に他に秘密を知る人物を知らないのか。ソフィアにはそれが本当か嘘なのか知る術がなかった。

 アレクシスもだが、別の意味で掴み所の無い人物である。「まあ、エデルも今は城内にいるより町に出てた方がいいだろ」

「どういうことですの?」

「え? ああ、気分転換になるだろうってこと。室内にこもってると気が滅入るだろ、せっかく天気もいいのに」

「それはクロード様にも言えますわね。このような機会なかなかありませんから、楽しんで下さると良いのですけど」

 ソフィアはクロードを主としてだけではなく、それ以上に――家族や友人のように大事にしている。だからこそ、普通の女の子としての幸せも味わって欲しいと思っているのだ。

「ヴィント! 何してるんだよ。早く来ないと置いてくぞ」

「護衛のオレを置いてってどうすんだよ」

 ヴィントは眼鏡を上げ直すと、小走りでエデル達の方へ向かった。彼らは露天のアクセサリーを見ていたらしい。すでに何かもごもごと食べ物まで頬張っていた。いつのまに。

「ソフィア! エデルはお金を使えるんだよ。それもすごいスムーズに支払いできるんだ」

「あらまあ、それはすごいですわね」

 半分棒読みだが、実際すごいとは思っていた。城にこもりがちな王女や王子にお金を使う機会はない。文献などで見聞きしていても実践となるとまた別である。

 かなりお忍びを繰り返していると見た。

「覚えれば簡単だよ。俺も始めの頃は金貨出して驚かれたりもしたし。ヴィントってば後ろから付いてくるだけで、そういうのは教えてくれないんだよ」

「外歩きの際の護衛はいつもヴィント殿が?」

「そうそう、ヴィントは俺の護衛以外は内勤だから顔も割れてないし。年も近いから、傍目に見ておかしく思われないかなって」

「もしかしてこの間の時も?」

「うん、こないだクロードと初めて会ったときも城壁乗り越えるの手伝ってもらった。ヴィントは正門から出れるから後で合流して町へ行ったんだ」

「そうだったんですか」

 壁より高い巨人の謎が解けて、クロードはぽんと手を打った。

「あ、クロード見て、この髪留め。クロードの瞳と同じすみれ色の宝石があしらってあって綺麗だよ」

「そうですね、でもこれは女性用ですから……」

 クロードは自分の瞳の色があまり好きではなかった。なぜなら、ヴィオレールでは紫の瞳はほぼ貴族だけなので、自分は貴族ですと言って歩いているようなものなのだ。

「そっか、一番綺麗な宝石はクロード自身が持ってるしね」

 エデルはそう言い、自身の瞳を指さす。そう言われた途端、嫌いだった瞳がとても大切なものに思えてしまった。誰かの一言でこんなにも心が動かされるものなのか。クロードは自分の気持ちに頭が追いつかず、ただ顔が熱くなるのを自覚することしか出来なかった。

「じゃあこの髪紐は? 俺の瞳と同じ。今回出会えた記念に、俺からプレゼント」

 エデルが手にしたのは鮮やかな青色の髪紐であった。先には緑と銀の小さな飾り玉が二つずつ付いていた。

「これを僕に?」

「これなら三つ編みの先に結んでもおかしくないでしょ? 髪じゃなくても袋とかを結ぶのに使ってもらっても良いし」

「いいえ、いいえ! 髪に結びたいです!」 

「そっか、良かった。おじさん、これ下さい」

「はい、ありがとね」

 店主にお金を渡すと、エデルはクロードの方へ向き直った。髪紐を渡そうとしている彼を見て、ソフィアが声をあげた。

「クロード様、折角ですし、エデル様に結んで頂いたらどうですか? 思い出になりますし」

「そうだな、良い思い出になるな、結んでやれよエデル」

 ヴィントの援護射撃もあり、エデルもそれは良い案だと思ったらしい。

「俺が結んでも良い?」

「え、ええっと。お願いします……」

 エデルとしてはあまり深い意味はなく、友人の思い出になればという思いだけで結んでいた。クロードもそれは分かっているのだが緊張して嫌な汗がにじみ出てくる。

「女の子の髪なんて触るの初めてで、何だか緊張しちゃうよ」

 とどめの一言である。

 ――髪より赤い耳に気づかれませんように。

 クロード強く願いながら、エデルが髪を結び終わるのを待った。

 髪紐の飾り玉が日の光を浴びて、クロードが動くたびにキラキラと輝く。まるでクロードの心を表しているかのようだった。

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