第十話◇お見合い進捗報告
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エデルとの話を終えた後、クロードはソフィアを伴って馬車で移動をしていた。先ほどエデルにも話した伯爵の滞在している屋敷へ向かうためだ。
城からそう離れていない、貴族達の王都での屋敷が並ぶ中に伯爵が滞在している屋敷もあった。城と同じくらいの城壁が並んでいるせいで、どこも同じ屋敷に見えてしまって馬車は少しの間あっちこっちを行ったり来たりしてしまった。ベルクトでは見た目の華やかさなどより、機能性や守りを重視した造りの家が好まれるらしい。
「使いを出してくだされば、迎えに参りましたのに」
玄関まで迎えに来た伯爵に案内され、応接間でクロード達は腰を落ち着かせた。今回、ベルクトに同行してくれた伯爵ーーモーリス・ロジエは、年は40歳ほどの落ち着いた男性であった。
屋敷の内装はロジエ伯爵の妹君の好みか、華やかさを好むヴィオレールの装飾の色が強かった。
「いえ、空いた時間が出来たので。報告を兼ねて寄らせてもらおうかと。逆に急なことで迷惑ではありませんでしたか?」
「迷惑だなんて。私はあなた様のお目付役として今回の旅に同行したのですから。妹夫婦が外出中でご挨拶出来ないのが残念ですが」
クロードは申し訳なさそうに、「よろしくお伝えください」と微笑んだ。
「どうでしたか? ベルクトのお城は」
「そうですね――」
ここで一瞬言葉に詰まる。
正直に話してしまえばまずいどころの話ではない。大体、ロジエ伯爵はクロードが女だということ自体知らないのである。
「ヴィオレールとは違うことが多くて戸惑うこともありますが、なかなか新鮮で楽しいですよ。王女も優しいかたでしたし」
最後の一言は本当のことである。
「エデルトルート殿下とお話されたのですか?」
「アレクシス殿を通してですが。僕と同じ体験をされたこともあるようでして、とても親近感を持てました。王妃様からプレゼントされたという鳥小屋も案内して頂きました」
「ああ、あの鳥小屋ですか」
「ご存じなんですか?」
「あれの手配には私も関わっていましたから。王妃様はお優しい方です。自分の親友の子であると同時に側室の子でもあるというのに」
「親友? 王妃様と王女の母君は親友だったんですか?」
「ええ、エデルトルート殿下の母君であるエルフリーデ様は昔、ヴィオレールに留学に来ていまして。その時に王妃――レティシア様とお知り合いになられたのです。私はその当時レティシア様のお世話係の一人だったので、お二人の仲の良さをとても良く知っています。だからこそ、まさかレティシア様がベルクト国王に嫁ぐことになるとは思いもしませんでした」
ロジエ伯爵の言葉にクロードはお茶を飲む手を止めた。
「なぜですか? 確かにベルクトは小さい国ではありますが、相手が国王なら釣り合いが取れないわけではないと思うのですが」
「ええ、そうですね……」
伯爵はクロードの言葉に同意はしたが、どこか歯切れの悪い感じであった。口元の髭を親指で何度か撫でながら、遠くを眺める。
何か他の理由があるのだろうか。クロードはそう思ったが、彼が答えを濁すような内容についてそれ以上追求する気にはなれなかった。
「エルフリーデ様はどのようなお方だったんですか」
話題を変えようと思い、クロードはエデルの母親に関して伯爵に聞くことにした。後でエデルに話してあげたら喜ぶだろう。
「そうですね、見た目は可憐な少女そのものなのですが、その見た目とは反してなかなかに豪快な方でしたね」
「ご、豪快?」
「当時騎士団長だったお父上に手ほどきを受けた、剣術も槍術も一流で。彼女自身も騎士団に所属していて。物腰は柔らかなのですが、なかなかに男前という言葉が似合う方でした」
「男前」
クロードが想像していた人物像とは違っていたせいか、しばらくエルフリーデの姿について考えこんでしまった。見た目だけではなく、案外中身もエデルは似ているのかもしれない。
「まあ、私とは違い、レティシア様の目には格好良いと言うより可愛らしい少女に見えていたようですが」
「そうなんですか?」
「ええ、会うたびにいつもエルフリーデ様の話を聞かされていましたから。『まるで天使のように愛らしい』と自分のことのように自慢していました。最終的にはいつも、とにかく可愛いのだと何度もおっしゃるところまでがセットでしたね」
淡々と昔のことを語る伯爵。確かにエデルと同じ顔なら可愛いと連呼してしまう気持ちも分かる。クロードは納得するように何度も首を縦に振った。その様子をロジエ伯爵は不思議そうに眺めていた。
城に戻り夕食を終えると、クロード達はエデルに声をかけられた。エデルの背後で人一人殺してきたような目をしたアレクシスが立っていたので、説明が終わったのだとクロードは思った。
――殺されないといいのだが。
エデルの部屋へ移動すると、エデルが満面の笑みでクロードの方を見た。
「街に行ってもいいって!」
「俺の同行できるときに、な」
「駄目だよ、アレクシスが一緒になんて行ったら目立っちゃってゆっくり買い物できないよ」
「俺が同行するならいいって言ったろ?」
「言ったけど、俺だって目立つから駄目だっていったじゃん。アレクは結構城下の人間にも顔が割れてるし、ただでさえ顔面偏差値高いんだから」
褒められた嬉しさを隠せない顔を引き締めると、再びアレクシスはエデルに向き合う。
「でも、もしものことがあったらどうするんだ」
「ヴィントを護衛に連れてくよ。あいつなら俺やクロードとも同じ年頃だし、目立たないんじゃないかな」
「確かにあいつがいれば安心ではあるけど……」
アレクシスにも信用されている護衛らしい。
「じゃあ、決定! だってアレクしばらく仕事忙しいだろ? 待ってたらクロード達帰っちゃうよ。街には今度俺と二人で行こう、な?」
「二人」
この言葉でアレクシスの機嫌がみるみる内に良くなっているのがクロードにも分かった。
(な、何て分かりやすい人なんだ)
自分と対峙した時とはまるで別人である。アレクシスにとってはエデル以外は十把一絡げなのだ。
「分かった。でもなるべく早く帰ってくるように」
「やった! ありがと、アレク!」
このエデルの笑顔にアレクシスは弱い。なんだかんだいって、アレクシスはエデルのお願いには逆らえないのである。
「それでは僕はこれで失礼します。明日は楽しみにしていますね」
「ああ、俺も一緒に出ますよ。護衛に明日のことを伝えないといけませんから」
「え、あ、はい」
嫌な予感しかしない。
明日が楽しみで仕方ないエデルの満面の笑みに見送られ、三人は彼の部屋を後にした。その途端、アレクシスの表情が温和なものから一変した。
「おまえ、分かっているだろうな」
「わ、分かっているとは?」
「エデルに余計な事は言うな、聞くな。あと無駄に触ることもするな。減る」
「そんなことは分かってますよ。あと、別に減ることはないかと……」
「いや、減る。女なんかに触られたらエデルの清さが減る」
「なんですかそれ」
「アレクシス様、私もよくお二人を気をつけて見ておきますのでご安心下さい」
「ソフィア殿、あなたも例外じゃない。肌はなるべく見せない服装で。エデルにはあまり近寄らない、話しかけない。これらを守るように」
「まあ、ご安心くださいな。私、年下には興味がありませんので」
しかし、ソフィアがそう言うとアレクシスは眉間に皺を寄せ黙り込んでしまった。彼女がそうでもエデルは年上で胸の大きい女性が好きなのだ。
「どちらかと言うとやっかいなのはあなたのほうだな」
二人の胸を見比べ、アレクシスは小さく息を吐く。失礼な奴である。
「僕は男の振りをしているのですから、む……ごにょごにょが小さいのは当たり前では?」
「何も言っていないだろう」
「何も言っていませんでしたわね」
二人に突っ込まれてしまい、クロードはぐっと言葉を飲み込んだ。まだまだ言い足りないのに。
「まあ、そのおかげで女とばれることはなさそうだがな。感謝するんだな、それの小ささに」
「直接単語を言わなければいいってことじゃないですからね! 女性に対してあまりに失礼じゃないですか!」
「何を言ってる。おまえは『男』だろう?」
再びアレクシスの声から圧を感じ、クロードは思わず身構える。エデルがいないこの場でアレクシスと同じ舞台に立つのがそもそも間違いなのだ。口と圧でクロードが彼に勝てるはずもない。
「エデルと仲良くする必要なんてない。おまえは事務的にエデルと接していればいいんだ」
「そんな……」
「でも冷たくはするな、エデルが悲しむ」
「ええっと」
面倒くさいなこの人。
「クロード様もこれでも王子です。社交術は心得ておりますわ」
これでも、は余計である。だが、このソフィアのフォローが功を奏したのか、アレクシスはようやく納得したような表情を見せた。
この様子だと、これから行く護衛にも多くの注意事項を言いつけるのだろう。クロードは何だか護衛が可哀想になりつつも、その護衛に明日見張られることが憂うつで仕方がなかった。




