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第九話◇本当の君にはじめまして②

 エデルと別れた後、クロード達は城の中に戻ると王女の部屋へと忍足で向かった。アレクシスにいつはち合うかとびくびくしていたが、どうやら杞憂で終わったらしい。二人は何事もなく王女の部屋へとたどり着くことが出来た。

 王女の部屋の前に着くと、深呼吸を一回してからノックを二回。すると扉がゆっくりと開き、前回と同じようにベールで顔を隠した王女が二人を出迎えてくれた。遠慮がちに微笑み会釈すると、王女も小さく頷くように会釈を返してくれた。

 部屋の中へ入るとテーブルにはお茶の用意がされていたが、王女以外は誰もいないようだった。

「その、ここに来るようにある人物に言われて」

「分かってる。俺が呼んだんだから」

 ベールの下から聞こえたその声に、二人は聞き覚えがあった。

「まさか……」

 王女――エデルはベールの付いた帽子を脱ぐと、二人の前で素顔を見せた。

「そう、こういうこと」

「え、え? 先ほどの?」

「そう、俺も君と同じってこと。正確には逆だけど」

「姫が男の方?」

 エデルは肯定の笑みを見せた。その微笑みがあまりにも愛らしくて、クロードは彼の性別を再度疑ってしまった。

 女の僕より可愛いだなんて。

「いつもはこれに付け毛をしてるんだけど、時間がなくって。まあ、二人に分かってもらう為だけだったし」

 ベールを後ろに垂らしながら、再び帽子をかぶるエデル。帽子をかぶらないと、ドレスとのバランスがいまいちとれないと思っているからだ。こういうこだわりは姫らしい。

「まさかベルクトの第四王女が第一王子だったとは。でも確かに噂通りの美少女で」

「確かに美少女でしたわね」

「いやいや、うれしくないから。俺なんかよりも二人の方がよっぽど可愛いから」

「愛らしい見た目でとんだ天然タラシですこと。これは将来が楽しみ――いえ、心配ですわね」

「天然タラシって何?」

 ソフィアの言う言葉の意味が分からず、エデルは首を傾げたが、クロードもよく分からなかったらしく一緒に首を傾げるだけだった。

「とりあえず座って。お茶もお菓子もあるし、ゆっくり話そう」

「あの……」

「ああ、大丈夫、アレクは今仕事中だから。国王陛下に頼んで急な仕事を作ってもらったんだ。あいつ仕事早い上に空いてる時間は全部俺のそばにいるんだから。おちおち外にも行けやしない」

 城を抜け出したのことに関してこってり絞られたのが不服らしい。エデルは アレクシスが常にそばにいること自体は昔からなので普通のことと思っているのだが、自立したい年頃なのだろう。

「アレクにばれるなんて運が悪かったね。あいつ最初から見合いに反対してたからなあ」

 二人がいつまでも立っているので、自分が座らないと座らないのではと思い、エデルは椅子に腰掛けた。すると二人も顔を見合わせて、エデルと向かいの席に腰を落ち着かせた。

「僕の父上が無理に話を進めたせいで申し訳ありません」

「あ、違う違う。話を進めたのはこっち」

「話を進めたのが姫――エデル殿下?」

「エデルで良いよ。俺の男名はエデルトラウトなんだけど、本名は生みの親のエルフリーデ母様がつけたエデルトルートなんだ。ややこしいだろ? 母様は絶対女の子が生まれると思ってたんだって」

「そうなんですか。そういえばどうして姫のふりなんて」

「クロード様」

 ソフィアは何かを訴えるようにクロードをこづいた。

「ソフィアは分かったみたいだね。そう、大国の貴族出身の正妃がいるのに側室の子が第一王子じゃまずかったんだよ。かといって国王陛下は俺を臣下の養子にも出したくなかった。だから姫として育てたんだって聞いてる」

「そんなのひど……いとは僕の立場からもいいにくいですね。僕の場合は母上とお祖父様の出世意欲というか。すごくくだらない理由だから父上も付き合ってやってるだけって感じで」

 自分の母の事を思い出したのか、クロードはどこか遠い目をした。だいぶ破天荒な母親らしい。

「国王陛下は知ってるんだ。もしかして母上も知っててクロードを選んだのかな?」

「選んだ? そういえば先ほど話を進めたのはエデルだと」

「そう、このお見合いは俺が母上に頼んで組んでもらったものなんだ」

「エデルが?」

 意外な黒幕に驚くクロード。ラブラブな恋人の間に割り込んでいるとおもったら、姫が男で、その姫が黒幕で。クロードはもう大混乱であった。

「この見合いは布石だったんだよ」

「布石?」

「そう、アレクの見合いの為の」

「アレクシス殿の?」

「婚約者がいる俺が見合いをしたんだから、アレクだってそれが許されるはずだろ? 国内外の貴族達もそういう話を持って来やすくなるかなって」

「そうでしょうか」

「そういうものだって! 多分」

 両手を握りしめて断言するその姿には、勢いにまかせればなんとかなるという気概を感じた。

「だって俺と本当に結婚するわけにいかないだろ。今のうちに誰かいい子を探してあげないとなーって。それにはまず見合い話がきやすい環境を、と思ってね」

「アレクシス殿の為でしたか」

「そう、アレクの為なんだよ」 

「まあ、私てっきりアレクシス様の執着心たっぷりな熱い視線に貞操の危機を感じて、早めに方向転換させようと考えたのかと」

 ソフィアのこの言葉にエデルの目からすーっと光が消えていった。しばらく何か考えこんだ後、首を横に何度も降ると、その目には再び光りが戻っていた。

「それで話の続きなんだけど」

(あ、考えるの放棄した)

(現実から顔を背けましたわね)

 同じようなことを思ったクロードとソフィアはお互い無表情で顔を見合わせ、何も言わず頷きあった。

 触れないでおいてあげよう、と。

「俺から頼んだことだから、俺の方から母上にはうまく言っておくよ。せっかく来てくれたんだし、お見合いなしでしばらく滞在していってよ」

「でもアレクシス殿は出て行くようにと」

「アレクには俺の性別がばれたことにする。クロードの性別を俺が知ってるのを伏せとけば、俺がただ同世代の同性の友人が出来て喜んでるだけって思うだろうから。変に追い出そうとしたら不自然だろう?」

「そうか、アレクシス殿は僕の性別をエデルに知られたくないから」

「そうそう」

 話がまとまると、クロードはやっと肩の荷が下りたのかようやく柔らかな表情となった。一方、エデルは同世代の秘密を知る友人が出来たことが嬉しいらしく、ずっとにこにこしていた。

「クロード、せっかくだから今日は城下町でも案内しようか?」

「え、でも、アレクシス殿に内緒で大丈夫ですか」

「それはまずい。まずはアレクへの説明が先か。ごめん、ちょっと時間かかっちゃうかも」

「大丈夫です。僕も一度、同行してくれた伯爵のところに顔を出そうと思っていたので、今日はそちらに行っています」

「そっか、じゃあ町案内は明日かな」

「はい、楽しみにしています!」

 クロードにとっても同年代の友人は数少ない。エデルからのお誘いは本当に楽しみなものであった。

(美少年とお出掛けなんて、デートみたいだ!)

 自分も見た目は男だということは忘れているらしい。

 エデルのアレクシスへの説明が上手くいくことを願いながら、クロード達は彼の部屋を後にした。

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