回線オープン
作品世界の軍制
この連載の中で登場する人物たちの国には徴兵制は無いが、兵役は12歳前後から可能となっている。軍に入隊した少年兵たちは訓練を受けながら非戦闘員として勤務する。士官学校に入学した候補生たちの場合は訓練のカリキュラムが異なり、非戦闘員としての勤務も無い。15歳からは戦闘員としての勤務が可能になるが、士官候補生は試験に合格しなければ部隊に配属されない。
国によって多少異なるが、未成年の兵卒・士官は一年の内、部隊で勤務する期間が決められており、それ以外の期間は教育と休暇に充てられている。教育の内容は中等・高等教育と合致する部分が多く、外部から招かれた教員が授業を行う。中等教育以上の無償化が進んでいない国や地域では、経済的な理由から中学校に通えない家庭の子どもたちが軍隊に入隊して教育を受けるというケースが珍しくなく、この状況を「経済徴兵制」と批判する声も上がっている。
慢性的な人員不足を抱える軍隊は、志願者に対してその門戸を広く開いている。国外から傭兵を受け入れる外国人部隊を設置している国もある。また、状況に応じて民間人の中から兵役経験のある者や、士官学校に在籍していた経歴を持つ者を臨時兵卒・士官として迎え入れる制度もある。
「・・・やるしか、ねぇーのかよッ・・・!」
咄嗟の気転で後ろを取った鬼太郎は、短距離ミサイルを選択した。レティクルを《アスベルⅡ》に合わせる。
「攻撃は待ってください、いまエフタル軍機にハッキングを仕掛けて強制通信回線が開けないか試しています・・・!」
「だったら、早くしてくれ・・・俺たちが殺られ・・・」
胴体脇のミサイルランチャーから中距離ミサイルが発射される。
「待ってくださいっていったじゃないですか!」
「だから俺じゃねぇってばッ・・・!どうしちまったんだよ《ダインスレイヴ》・・・!」
何かがおかしい。先刻から武装選択もしていないのに機関砲が作動したり、トリガーを引いていないのにミサイルが発射されたりした。しかも、選択していた短距離ではなく中距離が・・・。
「緑竜、マルチタスクは疲れるだろうが、向こうへのハッキングと同時に俺たちの機体にハッキングが行われていないか調べてくれッ・・・!」
「えっ⁉」
「早くしてくれッ・・・!このままだと俺たちもあのエフタル軍機も共倒れになっちまうッ・・・!」
「あ、アイアイサーッ・・・!」
鬼太郎は自機から発射されたミサイルを追う。レーザーガンの照準を合わせ、ミサイルのロケットモーターを焼き切る。推進力を失ったミサイルは落下していった。しかし、エフタル軍機は短い旋回半径で《ダインスレイヴ》の後ろに回り込んだ。
「・・・あの《アスベルⅡ》・・・ベクターノズルを搭載してやがるッ・・・⁉マイナーチェンジが施されているのか・・・⁈」
《アスベルⅡ》がエンジンポッド上部のレーザーガンを撃つ。鬼太郎は必死に射線から外れようと機体を右にスリップさせた。
「・・・DTのまま死ねるかよぉッ・・・‼」
すぐ脇をレーザー光線がすり抜けていく。
「・・・一度でいいからッ・・・Gカップに挟まれてぇんだよぉッ・・・!」
「黙っていてください、オニタロさんッ・・・!」
照準から逃れるため、動翼とベクターノズルを総動員して機体を急旋回させる。エフタル軍機も逃がすまいと追いすがる。
機体のフレームがギシギシと軋む音がする。同時に照準探知のアラートが鳴り響いた。
機体が分解するのが先か、敵弾が命中するのが先か・・・。鬼太郎が血の気の引いた頭で考え始めたとき、ヘルメット内蔵のイヤホンからノイズが聞こえた。
「オニタロさん・・・!エフタル軍機に対するハッキングに成功、強制通信回線が開けました・・・!」
報告を聞き終える前に鬼太郎は藁にも縋る思いでエフタル軍機に呼びかけた。
*
旋回半径が縮まり、下半身に血液が集中する。ブラックアウト寸前でイルファは《ダインスレイヴ》をロックした。
(・・・ちら、セレイネス連合軍所属、アルトリア空軍機・・・!)
トリガーを引こうとした瞬間、何者かからの通信が入った。張りのある少年の声だった。
(エフタル軍機に告ぐ、直ちに本機に対する攻撃を中止せよ・・・!繰り返す、攻撃を中止せよ・・・!頼む、撃たないでくれ・・・!)
トリガーから指を離し、機体を水平に戻す。
「誰からの通信・・・⁉」
後席のツバサに尋ねる。
「発信源は・・・前方のSF-13です・・・」
コンタクトを取る前に攻撃を仕掛けたはずなのに、今になって攻撃するなとは何事か。イルファは苛立ちを覚えながら《ダインスレイヴ》のパイロットに呼びかけた。
「・・・こちらは王国第八航空戦隊隷下、ノシュカ試験小隊所属機である。貴機への攻撃を中止せよとのことだが、では先刻の本機に対する機関砲掃射及びミサイル発射は、何の意図を以て行ったものなのか、説明を求む・・・」
(・・・さっきのは悪かった・・・あれは、故意に行った訳じゃない、俺たちの機体が外部からハッキングを受け、パイロット及びパイロット支援AIの意思とは無関係に武装を作動させたんだ・・・)
頻繁に話し言葉を混ぜた口調で少年は説明する。すると、MFDに外部からデータを受信したことを知らせるアイコンが現れた。
「・・・何これ・・・?」
(・・・とりあえず見てくれ、俺たちの機体が送受信したデータの履歴だ・・・)
友軍機でもない航空機にデータを送信するとは・・・。その行動から弁解に必死な少年の様子を読み取ったイルファは、彼に対する苛立ちが少し収まるのを感じた。
後席のツバサは送信されてきたファイルを開き、中のデータを閲覧する。二時間前から僚機や母艦との連絡が途絶えていたようだが、自分たちの機体と交戦を始める直前に、違和感のあるやり取りをしていた。
「・・・機関砲を撃つ前に、戦術データリンクに接続していますね・・・しかも非通知設定になっています・・・」
(恐らく、犯人は事前にアルトリア空軍の暗号を解読していたか、この場で解析するかして機体のシステムに侵入したんだ・・・。それを機体は戦術データリンクに接続したと認識したらしい。現在はより上位のコンピューターでロックをかけているが、その場しのぎに過ぎないから、油断はできないぜ・・・)
ITに疎いイルファもなんとか話の筋を理解した。
「つまり、あなたたちの機体は味方に成りすました何者かに操られていたってこと?」
(そういうわけだ・・・。俺たちも、同じ方法を使ってアンタらの機体にアクセスし、強制通信回線を開いたんだ・・・)
「・・・な、なんかスゴイのね・・・」
(おかげでAIがヘトヘトに・・・)
少年の声を遮って不明機捕捉のアラートが鳴る。
「・・・不明機一、三時の方向です・・・!」
ツバサの報告を聞いたイルファは自機の真横を見た。イルファたちの機体と四百メートルほど距離を置いて、通常の航空機とは明らかに形状の異なる物体が飛行していた。その姿はまるで・・・。
「・・・蝶・・・?」
(アルトリア空軍機よりエフタル軍機、俺たちのレーダーが何かを捉えた。そちらでも確認できるか・・・?)
「三時の方向に未確認飛行物体を捕捉、目視でも確認した・・・」
何なんだ、あれは・・・?イルファが未確認飛行物体の動きを観察していたとき、MFDに文章が表示された。
「・・・?」
かなり古いエフタル文字で書かれている。イルファは授業で習った知識を動員し、なんとか読むことができた。
「・・・『月』を・・・壊せ・・・?」
―つづく―