通信途絶
登場人物紹介
里ノ鬼太郎(15)
本作の主人公。アルトリア共和国空軍の臨時パイロット。階級は臨時少尉。南の島国で育ったため肌はよく焼けている。オイリー肌で常に顔が脂で光っている。髪は黒いが襟足を伸ばしており、見てくれはただのヤンキー。モテるために様々な努力をしており、それ故にモテない。女性からはよく「キモイ」と言われる。性格はイノシシのように後先考えないで突っ走る無鉄砲。挑戦と無謀、おまけにバカも同じポケットに入れている。本当は優秀な頭脳の持ち主であるのだが、それを覗き見などの下らないことにしか使わない。空戦技術は同年代の少年士官と比べれば頭一つ高い方であるが、上には上がいる。
緑竜(?)
鬼太郎の父が制作し、その後鬼太郎が改良を重ねてきたAI。携帯端末に入っており、常に鬼太郎と行動を共にしている。かなり複雑な情緒が設定されており、鬼太郎の話し相手となっている。航空機に搭乗する際はレーダー管制や操縦のサポートを行うが、それ以外ではAVの海賊版を探すなどしょうもないことにこき使われる。一人称は「ボク」だが、性別という概念は無い。
イルファ・K・アビス(17)
本作の二人目の主人公。エフタル王国軍でテストパイロットを務める少女。階級は中尉。30年前にエフタル王国に併合された地域に出自を持ち、幼いころから差別や偏見に苦しんできた。民族的なコンプレックスや養父に対する反抗から髪をショッキングピンクに染めたり、両耳にピアスを開けたりして解りやすくグレた。12歳で軍に志願し、15歳でウィングマークを取得したが、訓練中から高い空戦技術を持っていた。パイロットになったばかりの頃は周囲の人間と距離を置いていたが、幾多の試練を潜り抜ける中で徐々に心を開くようになった。最近は後輩であるツバサを大切に想っており、互いに友情を育んでいる。起伏の少ない体型と強気な性格のためか、男性からは「色気がない」と言われることが多いが、本人は気にしていない。
ツバサ・ストリーシュ・オウジ(16)
イルファ機に搭載された「システム」をモニタするため後席に搭乗する技術士官。階級は特務少尉。エフタル王国の中でも、ニホン人という民族の血を引く人々が多く住む「トーキョー市」の出身。トーキョー市の慣習に従って幼少期に美容整形を受けた結果、銀髪と青い瞳、極端に白い肌を持つようになった。本人は嫌がっていたが、両親は彼女の意思を無視したという。この話を聴いたイルファはその成形手術について皮肉たっぷりに「ミューティレーション」と評した。イルファに対して尊敬や憧れを抱いており、階級で呼ぶときには「先輩」や「姉さん」のようなニュアンスを込めている。普段はおっとりしているが、スイッチが入れば素早い思考でパイロットであるイルファをサポートする。
「一体何がどうなってるんだ⁉」
コクピット内を見まわしていた鬼太郎は舌打ちをした。
キャノピーに相当する場所に設置されたモニターは、鬼太郎が今まで見たことのない不気味な風景を映し出していた。彩度の低いエメラルドグリーンの空には青紫色の謎の天体が浮かんでおり、その表面には奇怪な模様が彫り込まれている。眼下には赤黒い雲海が広がり、地上の様子は観察できない。
悪趣味な心象画かよ・・・こんなの描くアーティストは、相当エキセントリックなヤツなんだろうな・・・。鬼太郎は胸中に吐き捨てた。
MFD(多機能ディスプレイ)の隣には携帯端末が接続されている。その画面に映る恐竜のキャラクター、緑竜は鬼太郎に状況を報告した。
「方位、高度ともに表示できません。センサーが故障したのかも・・・」
「ポラック大尉との通信は?」
「ダメみたいです・・・。母艦にも連絡しましたが、応答はありません・・・」
哨戒任務中に僚機との連絡が途絶えてから既に四十分が経過している。鬼太郎は操縦桿から手を放し、頭を抱えた。
「だぁぁぁーっ!何なんだよコレぇーっ!」
「喚いてどうにかなるんですか?」
緑竜は冷たくあしらった。
「なるわけねーよぉ・・・」
そう言いながらも、鬼太郎は機体をオートパイロットに設定した。
「しばらく巡航速度を維持したままコイツを飛ばす。緑竜はレーダーの監視をしていてくれ。とりあえず前進してれみれば、なんかが引っかかってくれるかもしれないからな・・・」
「アイアイサー・・・って、オニタロさんはどうするんですか?」
指示を出し終えた鬼太郎は腕を枕にしてシートに寄り掛かった。
「寝る・・・!」
「えっ・・・⁉」
あまりにもキッパリと言われたため、緑竜は呆気にとられた。
「いざって時のために、身体を休めておくことは悪い事じゃない。それに、酸素を節約するためにも、パイロットはできるだけ安静にしていた方が良いんじゃないか?」
「確かに・・・」
鬼太郎の意見に異存はなかった。緑竜は主の指示した行動に移った。
「くかー・・・」
数分も経たずに鬼太郎は寝息を掻き始めた。こんな状況でも、寝つきが良いのは相変わらずだな。緑竜は微笑を浮かべた。
*
少女たちも迷っていた。
「一体何がどうなってるの⁉」
イルファはヘルメットのバイザー上げて目を擦った。幻覚ではない。今、自分たちの機体は紅い雲の上を飛んでいる。覆いかぶさる緑色の空に、動物の臓器にも見える紫の月・・・。サイケデリックな光景にイルファは身震いをした。
「この雲の色、光の散乱って訳じゃなさそうですよね・・・」
後席から同乗している技術士官が不安げに零す。彼女は沈黙した計器類を前に動揺を隠せていなかった。
「・・・あれ・・・えーっとぉ・・・これはこうで・・・じゃなくて・・・」
キャノピーから差し込む紫の光が、彼女の不安をさらに煽っているらしい。航空士官なら決して口にしてはいけないような「こころの声」が次々と漏れてくる。
これはマズいな。イルファは胸中に呟いた。同乗者がこの状態では、今後の行動にも影響する。もしかしたら、このまま艦に帰れなくなるかもしれない。
彼女はイルファより一つ年下で、飛行経験も浅い。もちろん自分も五十歩百歩なのだが、ここは一つ先輩風を吹かせることにした。
操縦をプログラムに任せて後ろを振り返る。
「ツバサちゃん・・・」
「は、はい!クリズ大尉との通信ならいま・・・」
「そうじゃなくて・・・」
イルファは低い声で、優しく声をかける。
「ヘルメット外してごらん・・・」
「え?で、でも・・・」
躊躇いながらも、ツバサは機長の指示に従うことにした。パイロットスーツとの接続部のロックを外し、ヘルメットを脱ぐ。硬い樹脂の塊から艶やかな銀髪が現れ、横からクセの付いた毛が跳ねた。
イルファもヘルメットを脱ぐと、ツバサに次の指示を与えた。
「今度は、深呼吸しよっか・・・」
手本を見せるように大きくゆっくりと息を吸う。ツバサも真似をするように息を吸い込む。そして、時間をかけて肺の空気を吐きだす。これを二~三回繰り返したところで、イルファは口を開いた。
「落ち着いた?」
ツバサは頷く。イルファは諭すように続けた。
「こういう時、焦ったり慌てたりするのが一番危険なの。大事なのは冷静になって、状況をよく観察すること・・・」
ごくごく当たり前のことを、自分にも言い聞かせるように、一つずつ言葉にしていく。
「まあ、なかなかできることじゃないけどね」
自信のなさそうなツバサにイルファは笑いかけた。
「大丈夫。クリズ大尉だって私たちのことを探しているはず・・・。だから私たちも、今できる最大限のことをやりましょう・・・」
「はい・・・なんか、ごめんなさい、中尉・・・」
頭を下げたツバサを見て、イルファは苦笑した。
「別に、謝ることじゃないよ・・・不安だったんだよね・・・大丈夫、あなたは一人じゃないから・・・」
後席に手を伸ばし、ツバサの手を握ろうとしたとき、アラートが鳴った。
「どうしたの⁉」
「レーダーに感あり!一時の方向に不明機を捕捉。数は一!」
状況を告げるツバサは、既にスイッチの切り替えを終えているようだった。
「了解。これより不明機との接触を図る」
イルファはヘルメットを被りながら告げた。
「接触・・・ですか?」
ツバサは不審がりながらバイザーを下ろす。
「たとえ友軍機じゃなくても、何らかの情報が得られるかもしれない。やってみましょう!」
「今できる最大限のことを、ですね!」
イルファは大きく頷くと、前を向いて操縦桿を握った。
―つづく―
世界観の詳細や搭乗メカ、その他の登場人物はまた別の回で紹介します。では、また次回。