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きゅう

 ――ことごとく、だ。ことごとくことごとくことごとくことごとくことごとくことごとくことごとくことごとくことごととぅぺ……舌を噛むほどに、こ・と・ご・と・く……!

 現実って奴は、どうしてこうも徹底して――。

 ……泣きたくなるほどに、俺に冷たいんだ?


 その日、神のお告げを無視した俺は、部屋で一人、缶ビールを三本空けた。何を隠そう、裏切りのユダとは俺のことだ。今頃、待ちぼうけを食らっているであろう神に「ザマーミロィ」などとしゃっくり混じりに背信行為。うぃーヒック! 法律が怖くて、神が無視できるか。アルコールがなくて、この眠れぬ夜をやり過ごせるか。ばかやろー。

 ぐるぐるぐるぐる、世界は回る。まわるーまわるーよせかいーはまわるー。おまけーになんかーぐにゃぐーにゃゆがみーだしたー……。

「あーわかってるよーおれはーすくいよーのねーばかーだってねー……」

 なあ、宮川晴香。お前、そうなのか? 

「でもさーたいがいよーおまえもーばかだよなー……」

 ほんとは性悪のくせに、そんな理由で成仏できないなんていうんじゃないだろうな、お前。ほんとは、ほんとは――ほんとのお前は――。

「どうなんだよ、コノヤロー……」

 こんな日ぐらい、悪酔いしても許してくれ。もう決めたから。こうなったからには、もうテコでも俺の意思は動かんぞ。

 俺のことは、酔っぱらいのユダとそう呼びな。ウィーック!


   3


 ある程度の覚悟をしてはいたが、昨夜のアルコールが俺に残したものは想像以上に強力だった。

「圭一、あんたっ! 何考えてんのよ、このバカっ!」

 床に散乱した缶ビールを母親に見咎められ、寝起きから横っ面にビンタを張られ、おまけに、洒落にならない頭痛は眩暈とタッグを組み、まともに歩くことさえおぼつかない、そんな最悪の朝に重ねて起こりうる受難とはなんだ?

「――なっ……!」

 とにかく、玄関に出て俺は思わず息を呑んだ。思わず、持っていた鞄を床に落とした。

「圭一ー。あんたにお客さんよー。珍しく女の子からねー」

 そんな台詞とともに、ビンタを食らわしたばかりの息子に含み笑いをしてみせる母親の顔からして、いい予感はしなかったが、なぜだ?

「な、な、なんで……なんで、お前がここにいるっ!」

 まるで、裏切りがばれたユダの如く、おののきながら後退り、びしっと指をさせばそこには――。

「……おはよう」

 六道が、俺の自宅の玄関に神のごとく降臨していた。

 これも二日酔いのなせる業なのだとしたら、俺は今後一切何が起ころうと、やけ酒などしないと誓う。それぐらいの思いで学ランの袖をごしごしと瞼にこすりつけたのだが、現実逃避もそこそこに虚しく。

 再び瞼を上げれば、見紛うことなく、我が西郷高校の女子の制服に、プリーツスカートを身にまとった神は、相変わらずのポーカーフェイスにキラキラと澄んだ瞳を俺に預けていた。あけっぱなしの玄関の戸の外から入り込んでくる朝日を後光に、しかし、神はうろたえる裏切り者に罰を与える気配はない模様……って。

「はっ!」

 視線を感じてとっさに横を見れば、廊下の先からこちらを伺っている母親と目が合い――。

「と、とにかく、外出るぞっ!」

 自ら落とした鞄と六道の手首を引っ掴み、脱兎だっとの如く、俺達は往来へと逃げだした。

 ああ、六道。お前って、すっげえ手首細いんだなぁ。今まで感じたことない女の子独特の感触が嬉し恥ずかしいよぉ。ちらりと振り返ってみたりすれば、ほら。息を切らす六道と目が合ってお互い恥ずかしくて目を逸らして――などという余裕はもちろんない。あるわけない。脇目も振らず、一目散に朝ののどかな空気を突っ切る俺達は、相当目立っていたことだろう。登校途中の学生や通勤途中のサラリーマン、おまけに健康を気にしてウォーキングに勤しむ近所のおばちゃんたち。すれ違い様、みながどんな目で俺達を見送ったのかなど知らん。全く知らん。とにかく。

 命からがら手頃な公園に逃げ込んだのはいいもののって、いや、よくないが。とにかく、二日酔いを無視して全力疾走などすれば――。

「うっぷ……うぇ……」

 ――こうなるのは、当然の結果だ。

 公園の公衆トイレの脇で壁に手を付いて呻きながら、もしかしてこれは天罰なのだろうか、などと考えてしまうほど混濁した意識の回復を図ろうにも「大丈夫?」の一言もなく、俺の様子を傍観している六道を見ていると、あながちそれも間違いではなさそうだ、とにかく。

「お、お前……なぁ……!」

 どういうつもりだ! を、吐き気と一緒に飲み込んでから、俺はトイレの壁に背中を預け、そのままズリズリとその場にしゃがみ込んで、深呼吸を繰り返す。その間も、六道は傍で何も言わず俺を見守っていた。ほんと、どういうつもりだ、お前。

「ど、どういうつもりだ、お前。なんでお前が、お、俺の家にいるんだよ……!」

 ようやく回復しかけた体を起こして、なんとか声を絞り出すも、六道の返答は。

「……昨日、来なかったよね。どういうつもり?」

 こっちの質問を無視して逆質問。ほう、神はそんなに偉いのか。何様だ、お前。ああ、神様か。

「質問してるのはこっちだ! そもそもお前――」

「……お酒臭い」

 思わず身を乗り出し詰め寄ると、六道は無表情のまま、鼻を摘まみ。

「……未成年なのに」

「う……お、男には飲まなきゃやってられねえ時もあるんだ! そ、そんなことよりなんで俺ん家に――ってか、何でお前が俺ん家の場所知ってんだよ!」

「……そんなことより、私の質問に答えて」

 そんなことよりを、更にそんなことよりで返す六道。これぞ、まさに神の所業か。お前はそうやって、人を見つめるだけで自分のペースに持って行けるから、寡黙なのか? そうなのか? ゴーゴン張りの瞳力に、石化してしまう前に目を逸らしてしまった俺に、回答拒否権はすでにない。だが、そうだ。逃げてどうする。昨日、俺は……自分でそうすると決めたんじゃなかったか。

 思い立ったが、俺は自分の両頬を両手でバチン、と叩いた。変身ヒーローなどよりもお手軽で現実的な、変身行為。掛け声をかけるとすれば「開・かいちょく!」と言ったところか。どういう意味? そんなの「開き直り」に決まってる。

「ふ……」

 不敵に笑って見せると、さすがの六道も思わず一歩俺から退いた。そんな六道に俺はじり、っと一歩詰め寄ってやり。

「なあ、六道。俺に質問に答えろって? 馬鹿言うなよ? お前の質問にはすでに答えたつもりだが?」

「……どういう、意味?」

「昨日行かなかったことが、そのまま俺の意思だって言ってるんだよ。はっきり言うとだ。針の穴ほどもお前に協力する気は俺にはないのだ」

 丸くなっていた目を引き締めて、六道が途端に俺を睨んだ。その瞳には昨日のような説得のための理性とは正反対の、最も六道らしくないものが宿っていた。

 どうやら、神は不出来な弟子の発言に、随分御立腹らしい。

「……昨日、言ったよね」

「おぅ、聞かされた」

「……じゃあ、高山君はあのまま彼女を放置しておく気?」

「いんや。そんなつもりはさらさらないね」

「……じゃあ――」

「宮川晴香の思い残しを晴らしてやるつもり」

 六道の声を押し返して、言ってやる。すかさず六道の唇が反応したが、反論する暇など誰がやるか。

「六道、お前昨日俺に言ったよな。俺には責任があるって。でも、よく考えてみたら、その責任ってのはお前の都合から出た言い分に過ぎない。そうだろ? 幽霊関係の常識なんて俺みたいな責任感、使命感皆無の人間に話して説得しようったって無駄だ。諦めろ。大体、霊を成仏させるのさせないのって、そんなの結局個々の良心の問題だろ。責任たって、義務があるわけじゃないしな」

「……じゃあ、高山君はどうしてそこまでして彼女の思い残しを晴らしてあげたいの。それは、彼女を成仏させる為じゃないの?」

「おぅ、為じゃないの」

「……じゃあ――」

「俺がそうしたいから、そうする。誰が何と言おうとそうすると俺自身が決めた。よって、これは自分のためだ。宮川晴香のためじゃない。もっと言えば、宮川晴香を成仏させるためじゃなくて、俺が満足するためにそうする。だから、その結果宮川晴香が成仏しようがしまいが、そんなの知らん。――いいだろ? 俺の行動の結果、宮川晴香が成仏すればよし。しなければ、六道が除霊してやればいい。お前のやることに変わりはないんだ。宮川晴香がどうしても成仏できないようなら、俺の気も変わってお前を手伝ってやる可能性が無きにしも非ず、だしな」

 百パーセント非難の目で俺を睨む六道。当然だ。無茶苦茶を言っているのは自覚している。かといって、俺に引く気は全くないがな。

「……屁理屈」

 正論を呟く六道に、更にぶっちゃけて付き返す。

「おぅ。一夜漬けにしちゃ上出来だろ?」

「……開き直ってるだけだと思う」

「さすがは六道。その通りだ」

 そう言って胸を張ってみせる俺に、六道は珍しく顔をしかめた。

「……胸を張ることじゃないと思う」

「ふははは、うざいか? うざいのか? お前お得意のポーカーフェイスが珍しく歪んでるぞ?」

 さすがのゴッド六道も、正論を封じられれば成す術はあるまい。この世に一人、神の天敵とは開き直った馬鹿と見つけたり! ふはははははは!

「……そんなの認めない」

 はは、は……――は?

 心の中で高笑いする俺をよそに、六道はその肩にかかった髪をなびかせ、くるっと反転。俺に背中を見せ――。

「……高山君にはなくても、私には彼女を除霊する責任があるもの」

 などと、頑なな態度に打って出やがった。あ、あれ? 六道よ。お前も神なら「しょうがないなあ」なんて笑って済ますぐらいの大らかさがあってもよくないか? ……そうです。どうやら俺はこいつの言う、こいつ自身の持つ責任というものの重さを、吐きちがえていた模様。

「――お、おぉ。分かる。お前の言い分は分かるし、正しい。だからさ、ちょっとでいいんだ。俺が宮川晴香の思い残しを晴らすまで待ってくれるだけで――」

「……高山君はなにも分かってない」

「な、何がだよ」

「……彼女だって、いつまでもここに留まっていられるわけじゃない。死んだ人間は、みんな四十九日以内には、ここを離れて成仏しなきゃいけないの」

 な、なんだそれは、そんなの聞いてないぞ? 何時何分何秒、一体誰がそんな勝手なルールを決めたんだ?

「も、もし、その四十九日を過ぎたら……どうなんの?」

 恐る恐る声を出すと、六道はまるで決め台詞を吐くようにもったいぶって、振り返り。

「……一生、成仏できなくなる」

 ゴッド六道は、怒りの鉄槌を下した。勇者高山に999のダメージ。勇者高山は死んでしまった――って。

「お、おま……! そういうのは先に言っとけぇ!」

「……ここまで言わなきゃ駄目?」

 むっと口を尖らせる六道に、こちらは、歯ぎしりで応戦する。このリターンマッチ、六道をムキにさせるほど善戦したのは間違いない。間違いないが。

「……彼女が死んでもう三週間。これ以上は待てないよ」

 そう言い残して、この場を立ち去る六道の背中を、またも俺は引き止めることができなかった。











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