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はち

「お前性格暗くなったか?」

 校門を出て、五分。黙々と歩き続ける俺に見かねた昇兄ちゃんの放った第一声はそれだった。

「昔は昇兄ちゃん昇兄ちゃんといっつも俺の後をくっついて歩いてたもんだがなあ」

「……何年前の話してんだよ」

「――お、やっと口利いたな。その調子でどんどんしゃべれよ。なんてったって、二年ぶりだからな」

 そう、二年ぶりだ。だからこそ、いきなり肩を並べて家路を辿っているこの状況が、俺からしたら、拷問みたいなものなのだ。しかし、それを説明してみたところで昇兄ちゃんには通じまい。太陽顔負けのサンサンと光るこの人当たりのいい性格に、事実、昔の俺は惹かれていたのだ。今も嫌いというわけじゃない。だが、いつからだろうか。

 その光が眩しすぎることに気付いたのは――。

「――なあ、聞いてるか圭一」

「……え?」

「え、じゃないだろ。お前さっきからおかしいぞ。まあ、出会い頭からおかしいと言えばおかしかったけどな」

 そう言って、昇兄ちゃんは「だはは」と笑った。

 白い歯を見せていたずらっぽく笑う完璧なその笑顔は昔のままだった。だがしかし、次の瞬間、ふと感じた懐かしさは昇兄ちゃんの声にかき消された。

 そして、俺は気付かされることとなる。

 敵のあまりの強大さに――だ。

「――なあ、圭一。俺が疎ましいか?」

 唐突に流れた昇兄ちゃんのその声に、思わず足が止まった。息が詰まった。

 気がつくと、昇兄ちゃんも足を止めて俺を振り返っていた。

 出来すぎた端正な顔の持ち主が、一瞬誰であるかを忘れた。それぐらい、昇兄ちゃんは真摯しんしな顔をしていて、そんな大人びた表情を見るのはこの瞬間が初めてだった。

「……なっ――」

 うまく舌が回らず、唇を噛む。この動揺が示す答えを、必死にごまかそうとしている自分に嫌気がさした。それなのに、意志と反して舌は勝手に言葉を押しだす。

「う、疎ましいとか思ってない。二年振りでよく接し方が分からなくて……って、それだけだよ! 別にあんたのこと嫌いとかそんなんじゃねえよ!」

「そうか。まあ、それならそれでいいさ」

「な、何が言いたいんだよっ……!」

「うん?」

「あんた、二年振りって言ったよな。同じ学校に半年近く通ってて、今日初めて出会ったんだぞ。偶然な訳ないだろ。どっちかが会おうと思わない限りさ……!」

 この気持ち悪さを胸に抱えたまま、素知らぬ顔をして笑えるほど――昇兄ちゃんほど、俺は大人にはなれなかった。だから、すべてを吐露させてもらった後で、もう、気づいてしまった。

 これが、昇兄ちゃんの気遣いなんだということに。

 二年振りなのは、それだけ昇兄ちゃんが俺のわだかまりに付き合ってくれていた証なのだろう。認めるのは癪だけど、昇兄ちゃんの大人びた表情を前にしたら、認めざるを得ないではないか。

 ……この二年で、自分がちっとも成長できてない気がするのは、誰のせいだ。

「……それで全部本心か、圭一?」

「え……」

「ほんとは俺のこと嫌いだったら、言っていいぞ。この機会に思いのたけぶちまけてみろ。その代り、俺は傷つくかも知れんが?」

 そう言って、また白い歯を見せる昇兄ちゃん。どうすれば、こんなひょうきんなお人好しを嫌いになどなれるというのだ。

「全部、本心だよ。あんたが嫌いじゃないのは、本当。二年振りでよく接し方が分からないのも本当」

「まだあるだろ。お前の思いのたけは」

「ないね」

 俺の返事に、昇兄ちゃんは苦笑する。分かってる。俺の単純な脳みその中身なんて、ミスター西郷にはお見通しなのだということぐらい。でも、俺がおそらくそれを昇兄ちゃんに話すことは今後一生ないだろう。昇兄ちゃんも今後一生聞く気はないはずだ。

「なんか、らしくなってきたな圭一。やっぱり、男同士は腹を割るのが一番だ。もう昇兄ちゃんと呼んでもらえないのは少し寂しい気はするけどな」

 ウインクをよこしてくる昇兄ちゃんに、俺はしかめっ面で応戦した。

「ははは。ま、悪かったよ。いきなりでお前も戸惑ったろ。できれば、俺もお前から歩み寄ってくれるまで待ってるつもりだったんだけどな。正直、今もこれでよかったのかどうか迷ってるんだ」

「なんだよ……それ」

「ぶっちゃけるとな。お前に話したいことがあるんだ。でも、その話は多分お前にとっては不愉快になるかもしれない。お前の体質に触れることにもなるからな」

「え……」

「これは俺なりのフェアプレー精神っていうやつだな。とにかく、俺の話を聞くかどうかはお前に決めてもらいたい。お前の意思を俺は尊重するつもりだ。もちろん、俺の話を聞こうが聞くまいが恨みっこはなしだ。お互いにな」

 なるほど。正直、話はチンプンカンプンだが、今俺に向けられているのが昇兄ちゃんの「誠意」であることは理解できた。しかし、理解はできたが、気に入らないことが一つある。

 昇兄ちゃんは自分の持つ「誠意」というものが、ロトの剣並みに強力であることを自覚していないのだ。

 昔から、昇兄ちゃんの頼みごとを断れたことなど、一度だって俺はない。

 しばしの、沈黙。そして、俺が出した結論は。

「……聞くよ」

 結局、それだった。

「いいのか?」

 そんなに心配そうに訊き返されたところで、こうなった以上もう断れるはずもなく。

「いいって。そんなこと言われたら、余計気になるし。第一、昇にぃ――あんたが、俺の体質に偏見持ってないのは分かってるから。だから、いいよ」

「そうか。ありがとな、圭一。それより、お前今昇兄ちゃんって、つい、言いかけたろ。いいんだぞ、素直になっても」

「……やっぱ、聞くの止めた」

「だああ! 待てっ! 俺が悪かった!」

 早足で横を素通りする俺を慌てて引き止めた昇兄ちゃんは、気を取り直すように咳払いを一つ。そして、再び真摯な表情を見せた昇兄ちゃんは、ある程度用意していた俺の心の準備を。

「お前、宮川晴香って子と同じクラスだったよな」

 あっさりと、打ち崩してのけやがった。



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