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なな

 結局、宮川晴香の思い残しを語ることなく六道は多目的教室を出て行き、その後を追うことができなかった俺に残されたのは「……今夜零時、学校で」とのお告げと「二時間もかけて一枚も書けてないとは何事だ!」との担任の雷のみだった。

 サンダーを唱える担任に、六道は何をしでかして反省文を書かされていたのかを問うと、サンダーはサンダラと化した。その詠唱呪文は「お前と同じことやったんだ!」だ。どうやら魔導師は怒りで魔力が上がる生き物らしい。サイレス、となんとなく呟くと頭を引っ叩かれてしまったではないか。腕っ節の強い魔導師はこれだから困る。

 すっかり日の落ちた校内を、昇降口目指して一人寂しくとぼとぼと歩く。この謎の真相に気づいているのは、学校広しと言えど俺一人なのだと思うと「どうだ、すごいだろう!」 と威張る気も失せる。もしかしたら六道は、けっこうなドジ属性を秘めているのかもしれなかった。

 設楽の持ち出してきた「深夜中庭に出る宮川晴香の幽霊」。ぶっちゃけ、その幽霊の正体は六道雫だ。間違いない。なんせ、今や学校中に広まったその「宮川晴香」の幽霊の特徴は、ウチの制服を身に着け、ショートカットの黒髪、足はあったとのことだ。宮川晴香恋しさに深夜の学校に続々侵入した馬鹿共(俺込み)が見たのは、徐霊に勤しむ六道雫に他ならなかったのだ。それなら、幽霊の出没し出した時期も計算が合う。何より、本物の幽霊は足がないのだよ、足が。常識のない輩はこれだから、困るわ。

 何のことはない。誰かに悪影響が出る前に、とか言う本人が一番その悪影響とやらに加担していたのだ。まあ、本人は自覚していないのだろう。今夜会った時、思いっきりからかってやるから覚悟しておけ、六道。

 ――まあ……あのまま、放っとくわけにもいくまい。

 確かに、今思えば、宮川晴香は俺と会う前にすでに六道と接触していた節がある。俺と会った時に「あなたも私が見えるのね」とか言ってたし、それに、だ。

 すでに六道は宮川晴香に宣告していたのだろう。俺に話したことと同じことを。その時、宮川晴香は思ったのだろうか。自分は、ここにいてはいけないのだと。

 そんな奴に、俺は思いっきりデリカシーのない言葉をぶつけたのだ。そして、泣かせたのだ。

あの涙は、それでもここにいたいと願う宮川晴香の無言の訴えなんだと、気づきもしないで――。

 そこまで分かっていながら、俺には教室を出ていく六道の背中を引き止めることができなかった。いや、一度は引き止めたが、結局俺には六道をにらめっこで負かすことはできなかったのだ。

「な、なあ……! 思い残しがあるなら、それを晴らしてやればいいだろ」

 そう訴える俺に、六道は言った。

「……どんなに望んでも叶わない願いもあるんだよ。高山君は、思いが晴れなかった時に、彼女になんて言うつもり?」と。

 ――何も言い返せなかった。

 俺と六道。より宮川晴香のことを考えていたのはどっちだ?

「同情するなら、金をくれ……」

 意味もなく呟き昇降口を出れば、日の沈んだグラウンドを野球部が二列縦隊になってランニングをしていた。「ファイオッ! ファイオッ!」とラップを刻む彼らにパイと合いの手を入れてやれば――。

「ファイオッ!」

「パイ」

「ファイオッ!」

「パイ」

 ――欲求不満軍団の完成だ。これぞ、青春を走る者と青春に埋もれる者の異色のコラボが織りなす奇跡のハーモニー。名づけて「坊主頭のララバイ」だ。グッジョブ。

 鼠色に染まる空に、鳴り渡る坊主頭のララバイ。うむ、なんとも風流かな。気のせいか余計気が重くなった気がしないでもないが、気にしたら負けだ。それ。

「ファイオッ!」

「パイ」

「ファイオッ!」

「パイ」

 パイパイと口ずさみながらグラウンドの端を歩いていると、その光景に出くわした。体育館横の三年専用自転車置き場。そこで人知れず戯れているのは顔見知りの先輩と顔見知りの黒猫だった。かたや、生徒会長にしてNBAからもお誘いがきているとかいないとかのスーパースター、かたや、スーパースターしか相手にしない面喰いのマスコットガール、その名もクロちゃんだ。その人気は、休憩時間にクラスの女子の話題を独占するほど凄まじく、二人の後には常に黄色い歓声が絶えない程だ。という噂を今朝クラスの女子の妙にハイテンションなおしゃべりから聞き取ってはいたが、なるほど。男の俺から見てもイケメンと子猫がじゃれ合う図は見ていて清々しいな。イケメン単体だけでも――。

「超マジやばくない? 長谷川先輩カッコよすぎだし! あたし彼女になりてー!」

「えー、でも長谷川先輩絶対彼女いるっしょ!」

「それが、いないんだって! これ、確かな筋からの情報だし!」

「マジで! じゃ、私立候補する!」

「ばっ! あたし先だろ!」

「へへーん。早い者勝ちだっての。つーか押し倒したもん勝ち! ぎゃははは!」

 ――程の人気だ。お前らほんとに女子か。つーか、お前ら憧れの長谷川先輩には「昇君とのことは恥ずかしいから内緒にしてて。お願いね、圭ちゃん」などと頬を赤らめる慎ましやかな、れっきとした恋人がおりまする。今一度自分を見つめ直して出直してこい、と思って傍観していると、連中と目が合って「なにあいつ、こっち見てる。キモッ」とか言われたが、お前らに言われたくないわ!

 おっと、いかん、いかん。忌々しい今朝の出来事に歯ぎしりなんかしてるから、ほら。昇兄ちゃんに気付かれた。って、くっはあぁ! くそドブス共がっ!

「よう、圭一。久しぶりだな」

 こちらに気付き、親しげに近寄って来る昇兄ちゃんにいささかの緊張を覚えつつも、気軽に肩などを叩かれては、さすがに知らん振りをするわけにもいかず。

「あー、う、うん。久しぶりです」

 俺の返事を聞いた途端、端正な顔に亀裂が走った。丹念に作り込まれた爽やかフェイスはクシャリと崩れ――。

「久しぶりです? 久しぶりですって!?」

 ――昇兄ちゃんは爆笑した。

「お、お前っ……! 勘弁してくれよ、ぶはははっ! お、俺を笑い死にさせる気かこのっ!」

 俺の肩に片手を乗せたまま、空いた手で腹を抑えひーひー苦しむ昇兄ちゃん。しかし、俺は未だに昇兄ちゃんとの妥当な接し方を計れなかった。

「い、いや……すいません」

「ぶっ! だから、お前……! 敬語はよせって、敬語は! 腹筋がねじ切れるからっ……!」

「……なんだよ、そんなにおかしいかよ。まともに口利くの二年振りぐらいなんだから、ここは敬語だろ。一応、二年も先輩だし」

「ぶはははっはははは……!」

「だから、笑うなって!」

 ――ああ、そうさ。昇兄ちゃん昇兄ちゃんと小学生の頃はいっつもあんたの後にくっついてたし、中学に上がればあんたの後を追いバスケ部の門を叩き、親愛と尊敬を込めて「兄ちゃん」と呼ばせてもらってはいたさ。だが、それは一体何年前の話だ。ぶっちゃけ、二年だ。中学と高校をまたげば、お互い環境は変わるし、会う機会は自然と減り、やがては自然消滅する。ってか、俺みたいな凡人が周りを気にせず声をかけるには、昇兄ちゃんは目立ちすぎる人物なのだ。ミスター西郷の異名を取る昇兄ちゃんに付属する肩書は、生徒会長やら、学年一の秀才やら、恋人にしたい男人気ランキング三年連続ナンバーワンの新記録保持者やら、流川顔負けのバスケ部ナンバーワンエースやら、挙げ出せばきりがない。

「あー笑った笑った。こんなに笑ったの久しぶりだよ、ったく」

 俺みたいな凡夫に笑いかけていいような立場の人間じゃないのに、昇兄ちゃんは。

「よし。久しぶりに一緒に帰ろうぜ、圭一。再会を祝してさ」

 これが昇兄ちゃんの、昇兄ちゃんたる所以ゆえんなのだ。

 昇兄ちゃんの提案に、昇兄ちゃんの足元に馳せ参じていたクロが「にゃん」と短く鳴いて、体育館裏の方へ逃げていった。ばっちり俺と目が合って逃げ出すところを見ると、やはり、あのクロは「ノラ」と同一猫物らしかった。

「ん? どうした、圭一」

「クロ」が逃げていった体育館裏をじっと見ている俺を我に返らせたのは、昇兄ちゃんのその声だった。

「ああ、クロか。アイツなんか俺にしか懐かないんだよな。気難しいんだよ。猫のくせに」

「そうなの」

「ああ。それより、帰ろうぜ」

「あー、うん」

 薄暗い自転車置き場に捨てられた猫じゃらしから目を逸らして、俺は昇兄ちゃんの後を追う。気持ち肌寒い風が吹いて、なんとなく振り返ってみても、やはり体育館裏にクロの姿はもうなかった。




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