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じゅうろく

 窓の外を覗くと、玄関から六道が道路に出てきたところだった。夕日を浴びた道路の端っこで、数歩歩いてから立ち止まった六道は、不意に振り返ってこちらを見上げた。唐突に目が合って、居心地が悪くて思わず視線を逸らす。恐る恐る視線を戻すと、六道はまだこっちをじっと見つめたままだった。

 もう一度立ち上がるきっかけをくれた六道に、気の利いた台詞をと思っても、病み上がりにそんな器用なことができるはずがなかった。思い悩んでいるうちに、六道は俺から視線を逸らしてまた歩き出した。

「……ろ、六道!」

 思わず、窓を開け放って身を乗り出していた。もう一度足を止めて、六道はこっちを見上げる。

「その……あ、ありがとな」

 蚊の泣くような俺の声は当然六道には届かなかった。なにと言いたげに、六道はちょこんと首を傾げる。

 ただのありがとうも照れ臭くて言えない俺は、開き直って胸を張り、握り拳まで掲げて見せた。

「あ、明日! お前も見届けてくれよなっ!」

 目を丸くした後に、一度俯いて。それから顔を上げた六道は、思わず目を疑うほど自然に、初めて俺に微笑んで見せた。

「は、はえ?」

 わ、笑った? あ、あの六道が……?

「……高山君っ!」

「な……ろ、六道?」

 自分の目も耳も疑った。初めて見た六道の微笑みと二階まで響く大声と。両手に持っていた鞄を道路の上に落として、六道は両手をメガホン代りに口元に当てる。その行為も六道らしくなくて、俺はもう近所の目など気にする余裕さえなくなった。

「……私っ! 嬉しかったよっ!」

「……へ?」

「……初めて会った時、高山君私に言ってくれたっ! 私のこと信じるってっ! 私の言うことも、笑わずに聞いてくれてっ! ほんとに信じてくれたっ! そんなの初めてだったからっ! 私……すごく、嬉しかったよっ!」

 掲げた拳を下ろすことも忘れて、開いた口も塞がらなかった。息を切らしながら、六道の顔が赤く見えるのは夕日のせいかどうかは六道にしか分からない。

言いたいことだけ言った六道は、もう俺には見向きもせずに、足元に落ちた鞄を引っ掴む。スカートを翻して、駆け出し様につまずいた六道の後ろ姿は、何度もコケそうになりながら、命からがら曲り角で見えなくなった。

「え、えーと……」

 つまり、すなわち、結局、あれで。

「……偽者?」

 気が済むまで待ってみても、玄関から本物は出てこなかった。







 嵐の後の静けさの中で考えてみた。

 六道の気持ちとか、宮川晴香の気持ちとか、俺の気持ちとか。

 あれが六道なりの精一杯の激励だったとしても、そうじゃなかったとしても、人のことを言えなくてもあえて言いたくなるほど、六道は。間違いなく、超がつくほどの不器用だ。

 もし、六道の嬉しさの延長線上に、六道が分かりたいと言った気持ちがあるなら。

 もし、宮川晴香が明里姉ちゃんの存在を知ってたとして、それでも、自分の気持ちを伝えようとしてたとしたら。今の俺にはあいつの気持ちが分かるなんて言うのは傲慢だってことも承知の上で、言ってやる。あいつの気持ちが分かるから。今、どれだけ誰かに助けてほしいか、助かりなんてしなくても、誰かにすがりたいその気持ちが分かるから。今日、六道が来てくれなかったら、そんなことも俺は分からないままでいただろうから。

 ――貝に生まれ変わってる暇なんて、今の俺には全然ないじゃねえか。

 やっと、あいつの気持ちまでたどり着いたから。自分の気持ちまでたどり着いたから。あの夜、あいつの質問に答えられなかったのも、そんな俺に今まであいつが歩み寄ってくれなかったことも、全部まとめて受け入れて、今の俺があるってことも。

 全部、無駄になんてさせない。させてたまるか。

 最後まで、全部やり通して俺は。

 クラスの笑い者から、学校中の笑い者にだってなってやる。

 ……だから、待ってろ宮川晴香。

 ――あの夜、俺の強がりを溶かして消したこと、死ぬほど後悔させてやるからな。


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