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     ***  ***


 こう見えても、小、中学時代は一目置かれていたのだ。

 ある者は「人間磁石」ある者は「モノヨセ王子」ひどい奴に至っては遠慮なく「心霊写真映写機」などと、揶揄やゆする輩まで現れた――灰色の義務教育時代。そうだ。誰もいい意味で一目置かれていたなどとは言ってないぞ。ふははは、すごいだろう。

 悲劇の始まりは小学校三年生の頃のピクニック。事件はピクニック終了後、思い出の写真を配っているお楽しみ会の最中に起きた。

「センセー、この写真ヘンなのが映ってるー」と一番に気付いたのはクラスのムードメーカー、よっちゃんだったか。写真の片隅に写り込んだ、見たこともない死装束姿の爺さんは、楽しくはしゃぐ子供たちを離れた場所から、じっと見つめていた。目を凝らして見ると、その爺さんに下半身はなく、まるでたこのように上半身だけ空中に漂い、背景の一部と化しているのだ。検証の結果、その爺さんの狙いは俺一人であったことが判明。楽しい楽しいお楽しみ会は、収拾のつかない阿鼻叫喚の中、幕を閉じた。後日談となるが、翌日の道徳の授業のテーマは「高山君と仲良くしましょう」だった。

 そんな調子で「高山君と同じクラスになると呪われる」という噂は蔓延し、ことあるイベントの度に、信憑性を高めていった噂は独り歩きして、都市伝説にまで進化完了。めでたく、仲の良かった友達は一人残らず俺の傍から離れていった。ふははは、すごいだろう。

 ――中学時代? ……以下同文ですが、なにか?

 そんな戦国時代を生き延びた、百戦錬磨の俺が満を持して挑んだ、現在進行形の高校時代。

自分の学力に見合わない、市内でも一、二を争う進学校の受験も、これまでに培った反骨精神をバネに命からがら補欠合格。「心霊写真映写機って知ってる?」と問えば、誰もが「聞いたことない」と返答を返すこの穢れのない桃源郷で、夢を膨らませた高校生ライフ。

しかし、日本にはこんなことわざが存在する。

「二度あることは三度ある」

 ならば、俺はこう切り返す。

「三度目の正直」

 そして、これだ。

「仏の顔も三度まで」

 ――要約すると、二度あることは三度あると言うが、三度目の正直とも言うから、せっせと頑張ってみたけれど、やっぱり駄目でした。仏の顔も三度までってことで、ぶち切れていいですか。いい加減にしろと。いい加減にしろと。教室の中心で叫んでいいですか?

 その事件は――って、思い出すのも億劫だ。とりあえず、入学して十日後ぐらいの学年行事兼、親睦会の一泊二日のキャンプ後に、俺のあだ名が「窓際の圭一さん」に決定。名前の由来は「トイレの花子さん」をもじり、俺の席が教室の窓際だからって、どうでもいいわ!

 ……もう、分かってもらえただろうか。いや、俺の無残な経歴じゃなくて、注目してほしいのはあくまで、この体質だ。体質。

 引き寄せてしまうらしいのだ。もののけを。幽霊を。目には見えない、そんなオカルトめいたなにかを。しかし、それらは実際に耳元で「うらめしや……」と呟くこともなければ「ぐははは! 貴様の体をワシによこせー!」と襲ってくるわけでもなく。ただ、慎ましく写真の中だけで具現化する現象に過ぎないのだ。

 もちろん、直にこの目でそんなものを見た覚えは、一つの例外を除いてはなく、日常生活には何の支障もない……とは、思いきって言えないが、俺に直接ちょっかいを出してくるようなことは決してないのだ。

 それなのに、他人は俺のことをあろうことか「気味が悪い」などと言って「呪われるー」などと言って「ぅえっ」などとえずいて……冷ややかな目で遠ざける。

誰もいない放課後の教室の中心で「二フラーヤ!」などと昇天呪文をつい唱えてしまう虚しさも知らないくせに……! 知らないくせに……!

 ――そして、高校入学から二週間もせず俺はクラスでの社会的地位を失い、かつて、出会ったことのない人種との出会いを果たす。

「僕! オカルトの大ファンなんだ! 来るオカルト同好会新設のその日のために、君の力がぜひ必要なんだ!」

 そう言って、俺の手を取り哀願してくる、中途半端なロングヘアーに黒ぶち眼鏡を装備した野暮ったい太っちょは、俺同様クラスでつまはじきに遭っていた。

「僕は……君が欲しい!」

 誰もいない放課後の教室の中心で愛を叫ぶその変態(いろんな意味で)の名は、設楽武といった――。

 やはり、俺の体質はオカルトめいたなにかを引き寄せてしまうらしいのだ。


 そして、ある日、誰もいない放課後の教室で奴は俺に言った。

「ねえ。知ってた高山君。出るんだって……」と。

「何が」と問うと「幽霊」と奴は言う。

 無視をして、鞄を引っ掴み教室を出ようとする俺の背に、奴は言う。

「死んだ宮川晴香の幽霊が出るんだって」と。

 思わず立ち止まり、振り返った俺に奴は言う。

「中庭に毎夜毎夜出没する美少女の霊。何を隠そう、その正体が宮川晴香だって話なんだけど……どう?」と。

 眉をひそめる俺に、奴は――。

「協力してくれるよね?」

 ――ニタリと、嫌らしい笑みを浮かべた。


 そして、昨夜、深夜の学校で俺は宮川晴香の幽霊と出会った。


     ***  ***


 ――一体、俺は何がしたいんだ。

 ベッドの上に四つん這いに這いつくばり、枕に顔をうずめ、後頭部をこれでもかと両手で掻きむしるも、一向にその問いに答えを出すことはできなかった。

 あの後、設楽の手からすべての写真を奪い取り、猛ダッシュで家に帰り着いた俺を待ち受けていたのは、延々と答えの出ることのないこの禅問答。

 イッタイ、オレハナニガシタインダ。

「うー……あー……」

 枕に顔を突っ込んだままうめき声を上げてみたところで、何の解決にもなりはしない。ならば、こんな思いまでして、なぜ俺はこんなことをしているのだ。……考えれば考えるだけ、不毛だ。

「っふっもっうーう! ふっもっうーうえ!」

 ラップを刻み、勢いよく体を起こす。いや、その行為に意味はない。意味はないが、やらなければやってられない時もある。一体何がやりたいんだって話だ。

 ため息一つ。視線を勉強机に向ければ、そこには散乱した呪われた写真の束。その呪いの主が宮川晴香でなければ、俺もこんな不毛な思いをせずに済んだだろうに。

 寝不足の体を引きずり、勉強机の前に立つ。散らばった写真の一つを手に取り、ぼんやりと眺めてみる。写真がぼやけて見えるのは、寝不足だからというわけではなく、あれだけ「チーズ、チーズ」と喚き、転げ回っていれば、ピンボケ写真が出来上がるのは必然だ。

 ならば、そこに宮川晴香が写り込んでいるのは必然か、否か。

「うー……あー……」

 再びベッドに四つん這いとなり、枕に顔を突っ込み、うめき声を上げる。そして。

「っふっもっうーう! ふっもっうーうえ!」

 飽きもせず、もう二十回以上はこんなことを反復している。重症だ。いや、自覚できているだけ、まだ症状は軽い。エスナ! と叫ぶだけ取り乱してもいない。

 ――いっそのこと、死装束でも身にまとって、両手を付き出して手の甲をぶらぶらとさせて「うーらーめーしーやー」的な感じで幽霊になり切ってもらえれば、こっちだって「出たー!」と悲鳴をあげ、全力で逃げ出した挙句「もう、絶対あんなとこ近づかねえぞ!」めでたし、めでたし、で終われたはずだ。それなのに、月明かりに浮かび、そこに立っていたのは、変わり果てたクラスメイトの姿ではなく、つい二週間前に会ったばかりのクラスメイトだったのだ。

 死装束ではなく、見慣れた制服を身に着けた。恨めしいと言うでもなく「イタイ奴」を見るような目で「見たわね」と訴えかけてくるような。半透明でもなく、透き通るようなその白い肌に、血が通ってないなんて誰が信じられるものか。俺の拙い脳が理解した死なんて概念をまるで無視して、宮川晴香は、そこにいたのだ。

 それが勘違いに過ぎないというならば、その時感じた俺の胸の痛みはなんだったというのだ。あなたは幽霊にときめいたのです、南ー無ーとでも? ……ああ、忘れてたけど、確かに足首から下はなかったな。

「うー……あー……」

 不毛な調子で。はい。

「っふっもっうーう! ふっもっうーうえ!」

「ちょっと、圭一。あんた、さっきから何騒いで――」

 ……うそぉん?

 なんたる絶妙なタイミングか。不毛ダンスの最中に振り返ると、部屋の戸の前で、口元に手を当て立ち尽くしている母親と目が合った。

「あ……んた。なに――なに……?」

 本人さえ分かってはいないその質問は酷ではあるが、無理もない。確かに、戸を開けてみれば息子が半裸ではっちゃけてましたて、箱を開けたパンドラ並みのショックだろう。誰も開けては駄目だと注意喚起もしてないし。

 見る見るうちに顔色を変える母親に、俺はありのままの自分で返事を返す。もはや、隠すものなど何もない。

「えっと……さ、さあ?」

「だ、大丈夫……?」

「う、うん」

「そ、そう……。早く寝なさい。睡眠不足は、頭にも悪いらしいわよ。今朝もあんた寝不足みたいだったし……」

「う、うん」

「じ、じゃあ、おやすみ。夜遅いから、あんまり騒がないのよ……」

「う、うん」

 こくこくと機械的に肯いているうちに、母親は逃げるように部屋から出て行った。静かに閉じられた戸から漏れたかすかな音さえ、今の俺には刺激が強すぎる。

 と、とにかく、服を着よう。まずは、当然そこからだろう。

 ようやく我に返った俺は、いつの間にか脱ぎ捨てていたシャツを身に着け、いささかの冷静さも身に着けた。

 さて――で? 一体俺は何がしたいんだ。

 ……そんなもの、初めから決まっている。じゃあ、なんで不毛ダンスを何十回と無駄に繰り返していたのかと言えば、その答えがあまりにも子供じみていたからだ。

 しかし、今の俺にはこれ以上隠して恥ずかしいものなどあるはずがないので、宣言する。断腸の思いで、打ち明ける。

 俺は……もう一度でいいから会いたかったのだ。

 笑顔の宮川晴香の遺影と向き合った時も、クラスメイトが号泣していた時も、人知れず涙を拭って家路についた時も、教室で日常に同化しつつある宮川晴香の余韻を確かめている時も――その日から今まで、ずっと。

 俺は、もう一度宮川晴香に会いたかった。

 やだやだ、僕これが欲しいのーと母親に駄々をこねる六歳児と同レベルだ。でも、時が経てば、やがて子供も駄々をこねることを止める。今はもう、駄々をこねてまで欲しかったものが何だったのかさえ思い出すこともできない。その時は、確かに何よりも大切に思えたはずの「なにか」なのに。

 だから、今、確かめておきたいのだ。今、自分の中でくすぶっている「なにか」を。なくなってしまう前に。手の届かない場所に消えてしまう前に。

 ――例え、相手がオカルトめいたなにか、だったとしてもだ。

「うー……あー……」

 再び、シャツを脱ぎ捨て、ベッドに四つん這いになり、枕に顔を埋める。

「っふっもっうっじゃねえ! ふっもっうっじゃねえぃえ!」

 これぞ、脱不毛宣言だ。

 近所迷惑? 知ったことか。




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