じゅうさん
理想と現実のスキマは、個の妄想力に比例する。
例えば、才色兼備の元クラスのアイドルに人当たりのいい性格とか、誰にでも分け隔てなくとか、花を愛でるとか、汚い言葉は問題外とか、素直とか。そうして出来上がる押し付けの産物は、やがてストライキを起こして「超マジウザい」とか言い出すことだろう。和顔愛語、温厚慈愛、天使降臨――偏見滅殺悪即斬!
実際、この三週間宮川晴香に付きまとってみて、痛感したことがある。それは、女という生物の決して表には出さない潜在的な内包的な奥義的な言い換えれば、本性だが。
「素直じゃないけどそこが君のチャームポイントさ、子猫ちゃん」のレベルをひとっ飛びして、高跳びの跳躍新記録を樹立した宮川晴香のひねくれ方は、もはや崇高なアイデンティティと化した模様。俺だけが本当の彼女を分かってやれるのさと自分を励ましてみたところで、三週連続徹底的に「拒否」られては、もしかして俺ってストーカー? とこちらのアイデンティティを疑わずにはいられない。
それでも、俺がしつこくここにいるのは、あの光景が忘れられないからだ。
午後の怠惰な空気。体育の授業。ただっ広い校庭。黄色い歓声に、揺れるゴールネット。ついでにハットトリックも。――朝礼台の上でお座りをしたまま微動だにせず、遠くからその景色を見つめていた、いつかの黒ネコ。
そんなクロに、黄色い歓声を背にしたミスター西郷は、無邪気な笑顔と一緒にピースサインを向けていた。
――つまるところそれが俺の……そして、多分、宮川春香の理想と現実のスキマ。