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じゅうに

 これはいつか見たスウィートデイズ(直訳・夢)。モテない男なら一度は誰でも夢見る女の子との下校デート。仲良くお手手つないで「ねえ、公園寄ってこ。私もっと圭ちゃんとお話したいな」――みたいな、恋愛のれの字も知らない悲しき男のファンタスティックワールド(直訳・妄想)アイタタタなカミングアウトはこの際置いといて。

 女の子と公園で一つのベンチに隣り合って座っている、ノストラダムスといえど予言不可能であろうこの状況。言い出しっぺの六道はその責任を果たさず、さっきからずっと俺の隣で黙りこんでいる始末。分からん。本当に分からん。一体全体六道の狙いはなんなんだ。唯一分かることは、六道の奇跡的なスーパーフォース。にらめっこだけでなく、ポーカーの実力もこいつは世界に通用するだろう。ここで下手にストレートフラッシュをぶっ込んでみたところで、待ってましたのロイヤルストレートフラッシュで返り討ちに遭うのが関の山だ。

 お手上げ状態のまま、ちらりと六道の方を窺えば、相変わらずの凛々しいご尊顔に隙はない。その少し長い睫毛の向こう、六道の向ける視線の先に仕方なく倣えば、そこには遊歩道を挟んで背の高い生垣があった。円形に整えられた二メートル以上はあろうその植物は、暗く沈みつつある景色の中で、四方八方オレンジの顔を突き出していた。

「……金木犀きんもくせい

「はぇっ!」

 何の前振りもなく発生した六道の声に、間抜けなリアクションしか取れない俺はどれだけだ。おののきながら六道の顔を窺うも、相変わらず六道の目に俺は映っていなかった。

「……金木犀の花。この香り、好き」

 何か懐かしさを感じさせる甘い香りの正体を口ずさむ六道の横顔。六道の口から出てきた意外すぎる「好き」の言葉。心なしか柔らかな口調。どれもこれもが、俺の疑念とは全く別の方角を向いていた。

「……高山君。金木犀の花言葉、知ってる?」

「やっと口を開いたかと思えば、なんだその無茶振りは」

 いつ敵が仕掛けてきてもいいように警戒しながらの華麗な俺のツッコミ。を歯牙にもかけず六道はまた口ずさむ。

「……『謙虚』『真実』『陶酔』『初恋』だって」

「なんだ、もしかして哲学的な話か」

「……私にはね」

 どうやら、六道にこちらの言葉を聞く気はない模様。

「……高山君が、すごく無理してるって分かる」

「――は?」

「……このままだと壊れるぐらい。高山君、無理してる」

「い、いや、ちょ……落ち着け、六道、いや、えっと……ちょっと待て。うん、いや、だから、ウエイトウエイト、タイム、ストッププリーズ! ……オ、オーケー?」

「……うん」

 思わずベンチから席を立ち、異国で道に迷って助けを求めるが言葉が通じなくて逆ギレする、とんだ迷惑アホ、と化した俺の身振り手振り、即席英語を前にしても、六道はあっさりコクリと肯いた。すっかり夕日も沈み、肌寒い風が吹き出した公園の片隅で、再び訪れた静寂の気まずさは、これまでとは比べ物にならないほど凄まじく。その渦中でなんとなく頭をかいてみた俺の間抜けな挙動さえ、六道は静かな瞳で見守っている。……いやいやいや、だからね?

「……えーと。悪いんだけど、六道? なんつーか、今の発言はお前が俺のことをまるで、うん。まるでほんとにそのあり得ないけど、心配してくれているように聞こえるのですが……?」

「……うん」

 うん、とな!?

「い、いやいや。それっておかしいだろ。うん。ぶっちゃけさ。俺とお前の立ち位置ってどう考えても、敵同士だろ。お前は正しいことを成す神で、俺はそんな神を裏切り貶めた反逆の使徒なわけだ。だろ? ……つーか、この際ゲロするとだな。この三週間お前が俺に何の口出しもせずに好き勝手やらせてくれてるのはありがたいけど、不気味なんだよ。こっちから誘っといてなんだけど、今だってお前が腹の中で何企んでるのか俺はビクビクしてるわけでだな。つまり、要約すると……六道。お前――学園祭が終わるまで、このままあいつのこと除霊しないでくれっ! 頼むっ!」

「……うん」

「そこを何とか頼むっ! この通り! この通りだからっ! ――……うん?」

 思いっきり土下座をかました後に、俺は間抜け面を上げた。そんな俺を神は静かに見下ろしながら、相変わらずのポーカーフェイスで。

「……うん」

「う、うん?」

「……うん」

「マジで?」

「……うん」

「な、何で?」

 これは神の気まぐれか。それとも、神々の黄昏か。だとするなら、ラグナロクが近いのか。世界終末の日が……!

 しばし、見つめ合う、俺と六道。が、珍しく先に目を逸らしたのは六道の方だった。って、にらめっこの世界チャンピオン撃破した、俺!?

 三週間前のあの夜と同じように、戦意を喪失した六道は、それでも今回はそのポーカーフェイスは守ったまま。再び訪れた静寂の中、俺はもう一度ベンチに座って六道の言葉を待つ。気のせいか、六道の唇が少しだけ震えたような気がした。

「……高山君は無理してる。その理由を私は知ってる」

「……まだ言うか」

「……高山君は彼女のことが好きだから」

「うん、そうそう――って、うおぉい! お、お前なにとんでもねえことさらっと! あ、あり得ね、おまっ! バ、バッカじゃねーの! お前の神眼は他人の心まで見透かせんのかっつーの!」

 そこら辺のリアクション芸人真っ青のリアクションを見せるも、六道にはまるで通じない現実はどうやら、よっぽど俺のことがお嫌いらしい。さっきから女の子を相手に土下座やらなんやら忙しない俺に、通りがかりの老若男女問わず白い目をよこしてくる。思わずベンチから飛び上がり、六道にビシっと指した指をとにかく引っ込めて、二度目のにらめっこは……六道の勝ち。

「……あれだけ大声で告白すれば」

 大人しくベンチに座り直す俺に、天から止めの裁きの雷。あっはっは。だよね、だよね、そうだよねー? ……シイィット(しまった)! 

「い、いやいやいや……。あ、あれは、ほら。あいつをおびき出すための軽い自虐ネタですよ?」

「……高山君」

 俺の必死の弁解をまたもスルーポイですかい、六道さん?

「……人を好きになるって、恥ずかしいこと?」

「は?」

「……人を好きになる気持ち。それって、後ろめたいこと?」

 言葉を失う俺をよそに、六道はこれでもかというほど潔よく、俺を見つめる。もし、六道が自分の放った質問の意味を理解しているとしたら、とんだつわもので、そうじゃないとしたら、とんだ天然だ。……やばい、どっちにしろまるで勝てる気がしない。

 こ、こうなったら、切り札の偏見滅殺悪即斬、もとい開直――って、あれ? ……そういや六道って一度も俺に偏見とかしたこと……なかった?

「……私、人を好きになったことないから「誰かを好き」って気持ちはよく分からない。でも、今は……それを分かりたいって思う」

 まるで電波系らしからぬ言葉とともに、六道が俺から目を逸らす。あるいは、偏見をしていたのは俺の方なのかもしれない。今の六道は不思議系でも電波系でもゴッド六道でもなくて――。

「……だから、分からなくなる。このまま、高山君を放っておいていいのか。高山君のやってることの結末が私には分かる。だから、止めるべきだと思う……でも、高山君がそれを望んでないのは見てたら分かる。今も、そうお願いされた……でも、私にはまだ分からない。高山君がどうしてそこまで頑張れるのか。誰かを好きって気持ち。私には、まだ掴めそうで掴めない。……だから、教えて欲しい。高山君に……結末なんて怖がらずにそんな風に頑張れる高山君の気持ちなら、私、信じることができると思う……ううん。ほんとは……信じたいだけ」

「六、道……」

「……高山君。人を好きになる気持ち。それって……後ろめたいこと?」

 ――そうだった。六道は初めからこういう奴だった。冗談のじの字も知らないで、突拍子はないけど、いつだって全財産を平気で差し出せるほど真剣で。何度も、何度も俺のことを止めようとしてくれて。今だって、俺がその腹の中を疑ってる間も六道は。

 ずっと、俺のことを心配してくれてたんだ。

 初めから、六道は俺の味方だった。そう考えれば、六道の言動に不思議はない。ただ、少しの言葉と笑顔が足りないだけで、幽霊に干渉できるだけで、不思議系? 電波系? ――今、俺の横で俯いてるのは、無口で優しい普通の女の子だ。

「……なあ、六道。その質問には答えるから、それで今までの分、全部チャラにしてくれる?」

 俺の言葉に、六道はそっと伏せていた顔を上げた。

「一切合切、包み隠さず白状する。それで、その後も全部終わってからもさ。お前……今まで通り、俺の味方でいてくれる?」

 残念ながら、最後まで六道の鉄塊をぶった斬ることはできなかった。でも、怪訝な顔をして首を傾げる六道は、それはそれで笑えたし、控え目に頷く六道は、多分ちょっと照れてたと思う。

 それで……あんな恥ずいことを六道に暴露した俺の暴挙も、珍しく六道が饒舌なのも全部、金木犀の甘い香りに惑わされたから――に違いない。


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