じゅういってんご
これは一体全体何事だ。誰の計略だ。すでに裸足で逃げ出したはずの孔明の計略でないなら誰の謀略だ。あれか、本能寺で没した小田信長の怨念が四百うん十年彷徨った末、ゴッド六道と運命的な出会いを果たし、タッグを組んで俺に灼熱の復讐を――いやいや、もしくはこれぞまさしくガンジーの教え。非暴力、不服従の精神でこの三週間俺を放任し続けた六道の無言のプレッシャーの答えがここにあるというのか。いやいやまさかまさか。いやいやいや……考えれば考えるほど六道の頭上で信長とガンジーが取っ組み合いの喧嘩を始めて、まさかのガンジー優位とはなんの冗談だ。信長の愛刀、長谷部国重。無礼を働いた茶坊主を、隠れた棚ごと強引に圧し切ったという嘘くさい逸話を持つ一撃をガンジー身を捻ってかわし様のまさかのヘッドロック。ふははは、茶坊主は斬れても無抵抗なジジイ一人斬れぬとは笑わせてくれるわぁ! って、あんたモロやってんじゃん、正当防衛!?
――というわけだ。いや、どういうわけだ。いい加減落ち着け、俺。
放課後。集会も終わり、一人校門を出ていく六道の背中を見送るまではよかった。結局おずおずと六道を約五分ほどストーキングした辺りから、正気を失いつつあった俺の思考回路は「よう、偶然だな。一緒に帰らないか(棒読み)」などと後ろから六道の行く手に回り込んでの通せんぼ&ワケワカメ発言により、ショート寸前。その上、六道があっさりコクンと肯いて見せた瞬間、ボカンと音を立てて小田信長VSガンジーの世代を超えた異色の対決がユラユラと……。
つまり、六道が俺と仲良くツーショットなどと、なにか裏があるに決まってるだろ、という俺の被害妄想……というか、まあ。翻せば、そう言えば六道とこんな風に落ち着いて一緒に歩くなんて初めてじゃん? みたいな? ……はいはいはい、照れてます照れてますよ、偏見滅殺悪即斬!
先ほどから、というか集会の真っただ中から一言も口を開かない六道。何を企んでるのかは知らんが、とにかく今の俺は六道の小さな歩幅に合わせて、ゆっくり歩くことに必死で、その腹を探る余裕などとてもない。だが、いつまでもこのままというわけにもいかず、六道の規則正しくリズムを刻むローファーから、ゆっくりと視線を上方修正。膝下四分の三を占める紺のスリークォーターズ。膝上5センチぴったりで揃えられた(おそらく)プリーツスカートが、引き締まった腿の入口辺りで足音に合わせてダンスを踊る。視線に留めているとマズイが、とてもまずくはないその光景から逃れると、折れそうに細いウエストに、発展途上の控え目に膨れた稜線。ブレザーの上からでもうかがい知れるそれらにいちいちうろたえながら、手首二つ分もないじゃん、ぐらい大げさに華奢なその首は目が覚めるほど肌白かった。その両筋で切り揃えられたショートの黒髪は、その持ち主同様物静かに揺れている。
これだけ近くで、これだけ不躾に六道を観察する機会など、今を逃せばおそらく二度とないだろう。そんなプレミアを抜きにしても、六道の俯きがちなその横顔はやっぱり静かで――やっぱり、可愛かった。
下から上へとなぞった視線を、俺の肩口辺りの高さにある六道の頭頂部でUターンさせ、また、下る。その忙しない作業を何度も繰り返していると、この落ち着かない胸の動悸の正体さえ見失ってしまいそうで恐ろしい。ぬうう……! さすがはゴッド六道。一筋縄じゃないぜ……!
全く無防備なその自然体はやはりガンジーの陰謀か。信長はどうやらボコにされた模様。次は俺の番か、俺の番なのか。やはり、護身用にリーサルウェポン(猫)は用意しとくんだった。どっかその辺にいないか、タマとかミケとかこの際チビでも――。
「……高山君」
「――っ!」
頭に昇った俺の血は、六道のその小さな声で一気に降下した。軽い眩暈を覚えた少し後に、いつの間にか六道の姿が横になかったことに気付いて、俺は、頼りない六道の声を頼りに後ろを振り返った。
沈みかけた夕日の赤を背にして、六道の影がその足元から歩道に長く伸びていた。とっさに右手でその眩しさを遮ったその向こう。六道の声は思ったよりずっと遠くにあった。
「……少し、話そうか」
意外すぎるという点において威力を発揮する六道の言葉は、それゆえに俺に否定することを許さない。必死にきょろきょろと辺りを見回す俺を置いて、目の前の公園に入っていく六道の後に続く俺はどうやら、神に見放されている模様。
「にゃお〜」
試しに猫の鳴き真似をしてみたところで、リーサルウェポンが都合よく寄ってくることはなかった。