じゅってんご
地に堕ちた神が痴れ者の手に堕ちるのを身捨てた愚か者への、これは当然の制裁ということか。などとこじつけてみても、この救い難い状況はどうやら打破できそうになく。深夜の学校、中庭の真ん中で、一人寂しく考える人の像の前で佇むこと約、五分――。
(あんたの顔なんて、二度と見たくない……)
――恐れていたことが現実と化していた……。
ひゅうう〜と横を通り過ぎていく夜風は妙に冷たく、そっけなかった。いくら辺りを見渡そうとも、思いきって猫の鳴き真似をしてみようとも、あの日の人懐っこかったクロの姿は――……って。
――ああ、そうか。なんて、この状況で回想モードに入る自分のイタさは承知済みだ。でも、そうだ。あの時のクロは人懐っこかった。まるで仲間にして欲しそうに俺のことを見上げてた。先導してた。出会い頭のあの「超マジキモい」がただの照れ隠しだったとして、本当は、本当のお前はそんな風に不器用で素直にお願いもできない可愛くない奴で、そのくせ性悪で俺の中の女神像とは百八十度ひっくり返ったあり得ない奴で。
「おい、宮川晴香。その辺にいるのは分かってんだよ。いい加減かくれんぼは止めて出て来いよ……」
そんな奴のために、何で俺はこんなとこで、こんなことしてるんだ――って?
「いいか、宮川晴香。お前、俺のこと超マジキモいとか言ったけど、分かってないようだから教えてやるよ。その上、俺は超ウザい人間で、神すら呆れるほどの超絶自己中だってな。言っとくが、これは最終警告だ。あと十秒だけ待ってやる。それでも出てこないならこっちにも考えがあるからなっ!」
さっきから収まる気配のない胸の痛みはむしろヒートアップしてるのに、このテンカウントは止められない。死の宣告をあえて己に課している気違いな自分の救いようのなさは、世界一哀れな男として申請すれば、ギネスブックにも載るだろう。
「――3……2……1……ゼロ」
決死の覚悟のテンカウントは終わりを告げるも、宮川晴香はノーリアクション。その場に放置された俺は、この時点でイッツ、キング、オブ、アイタタタタタタ……。
そして、この瞬間俺は余儀なくされたのだ。
「――いいか、宮川晴香っ! 一回しか言わないからよく聞いとけっ! 俺はっ! お前のことがっ! ……――大好きだっ!」
記念すべき、生まれて初めての告白の相手が、幽霊であることを。
そうだ。お前が素直に俺にお願いできないってんなら、俺だって素直にごめんなんて謝ってたまるか。お前が素直になれないなら、俺は「素直に謝るぐらいなら、初告白の相手が幽霊だって構わない」級のひねくれ者にだってなってやる。だから、この先は――自分の気持ちに嘘をついてでも、ただ、お前のためにできることを俺にやらせてほしいんだ。
「……ば、ばっかじゃねーの……」
明らかに動揺した宮川晴香の声が、俺の背中を撫でた。この瞬間、俺の勝利は確定したも同然なのに、やっぱり、どうしても――。
「銅像相手に、なに叫んでんのよ。あんたマジ頭イカれてんじゃねーの……!」
「……おや、おかしいな」
顔を上げると目の前には、ロダン作、考える人。そして、振り返ればそこには。
「確か、俺の顔は二度と見たくないんじゃ……」
「う、うっさいわね! あんたがマジキモいこと言ってっからでしょ! おちおちシカトもできないっての! ってか、キモいから今の全部取り消してよ!」
分かりやすく顔を真っ赤にせんばかりに噛みついてくる宮川晴香が、いた。
――胸が痛くて、俺は笑った。