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じゅう

 不確定要素の詰まった、穴だらけのこの計画に馳せ参じるはオカルト命の豚一匹。きびだんごさえあれば、もう三種動物を従えられたものをと惜しむほどに、さし迫られたこの夜に、見上げればこの綺麗な満月は嫌味か否か。

 敵は二人。いずれも強敵には違いない――が。

「弱み」という名の切り札を手中に、後は野となれ山となれ――とばかりに人気のない夜道を走る俺に。

「ワォン! ワンワン! ガルルルル!」

 近所の犬が吠えたてた。



 別に十五の夜だからといって、盗んだバイクで走り出すわけではないが、その歌詞で訴えているものは、考えてみれば嫌味なぐらいに俺の心情を表していた。もちろん、これといって大人を憎んではいないし、煙草も吸わないし、家出もしないし、あの娘と俺は将来さえずっと夢に見ているわけではないが、根本的に伝えたいテーマ的な何かは、この俺の胸の痛みにぴったりではないか。今度是非CDを購入しておかねばなるまい。

 というわけで、学校にたどり着いた俺は正門と相対し、十分ほど無表情なそいつとにらめっこを続けていた。設楽との待ち合わせの時間までに、様々なトラウマをここで克服しておかねば門前払いもいいとこだ。開直かいちょくさえすれば、こんな門などひとっ飛びではあるが、奥の手は最後まで取っておかねばなるまい。告白するが、変身は一日に一度までと決まっているのだ。精神衛生上を考慮して。まあ、そもそも真正面から飛び込むような自殺行為に及ぶほど自暴自棄にもなってはいないが、設楽と手を組んだ時点でヤケじゃないよ、なんて言ってみても説得力はないだろう。

 相変わらず静かな夜の枕元で、一人佇むのは寂しいの一言に尽きるが、息巻いて一時間以上も早く約束の時間に辿り着いてしまったのは自業自得なので、誰にも文句は言えず、今はただ待つしかない。

 すっかり冷気を帯びた秋の風は、学ラン越しにも防寒の心許なさを俺に告げる。季節の気変わりの何と早いことか、あれよあれよともう学園祭が差し迫り、それが終われば期末考査が待ち受け、すぐに今年も終わり、新たな一年が顔を出す手筈はすでに整っていることだろう。

 当然のように循環するその流れの中で、クラスメイトの一人が当然のようにいなくなっていることを、一体誰が想像しただろうか。想像もしていなかったであろうその出来事は、しかし今ではもう、当然のことのように過去の出来事と化しているのに、俺は未だに現在進行形で終わったことに首を突っ込んでいる。それもこれも、一度でいいから宮川晴香に会いたいと思ってしまったからだ、というか、それ以前の問題だ。運命と言えば聞こえはいいが、どちらかと言えば、これは因縁と呼ぶべきだ。なんせ、こんな形でこの異常体質に感謝をする日がこようとは夢にも思っていなかったのだ。死んだ人間に会いたいなどという血迷った発想を、これまで思いつきもしなかった自分を褒めてやりたい。そして、願わくば、今後一生こんな思いをするのは御免こうむりたい。

「あ! おーい、高山君!」

 まだ一時間が経つにはだいぶ早い気がしたが、振り返ると設楽が人気のない道路をこちらに向け急ぎ足で駆けてくるのが目に映った。

「やあ、早いね高山君。まだ約束の時間まで三十分はあるはずだけど」

「お前こそ、感心だな。三十分前集合とは」

「えへへ。なんだか、待ちきれなくてさ」

「……」

 なにか、初デートのカップルみたいな会話だな、とふとおぞましい思いが浮かんだが、気づかない振りをする俺に、設楽は嬉しそうに背にしょったナップサックを下ろし、それを両手に持ち俺に掲げて見せた。

「むっふっふ。言われた通り、高山君に言われたモノはちゃんと持って来たよ。だから、高山君は計画に専念してよ」

「……ああ」

「? どうしたの、高山君。なんか、元気ないね」

「ん? あ、いや、なんでもない。それより、今更だがいいのか、設楽?」

「え? 何が?」

 キョトンとする設楽に、俺はわざとらしく不敵に笑って見せ、言ってやった。

「敵はクラスメイトの幽霊と、ゴッド六道だ。その辺のラスボスの寄せ集めよりよっぽど強敵だろうぜ」

「へへへ……心配無用だよ。どっちも僕の大好物さ」

 そう言って舌舐めずりをして見せる設楽を見れば、様々な意味で敵に同情を禁じ得なかったが、もはや、手段など選んでいる余裕も猶予もこっちにはないのだ。

 予定時間よりは少しばかり早かったが、すでに日付は変わっているので、さしたる問題もないだろうと、俺達はすぐに学校の中に侵入した。

 侵入経路は、あの時と同じルートだ。正門の北側から侵入し、闇のカーテンに覆われた居城への侵入に見事成功はしたものの、やはり、予感は少しの不安とともに俺の胸をよぎることとなった。

「? どうしたの、高山君?」

 はたと足を止める俺に、設楽は疑問符を投げかける。

「いや……別に」

 一週間前にノラと出会った地点で、足を止めてみるも、ノラの姿は当然のようにそこにはなかった。こうなることは予想済みのはずなのに、いざ突きつけられた現実に落胆している自分に今更ながら「馬鹿じゃねえの」と一人ごちる。設楽はますます訳が分からないと言った顔だったが「なんでもない」の一言で納得させ、俺達は先を進んだ。――矢先だった。

「……こんばんは」

 三年専用の自転車置き場を横切ろうとした時だった。天から神の声が降り注いだのは。

 いや、俺も設楽も驚いて仲良く自転車置き場の影に顔をやったのだから、実際に声が響いたのは天ではなく横からだったのだが、その声は唐突であり、予想外という一点において、神々しさをはらんでいた。不届き者に対し、律儀にわざわざ挨拶から入る物腰の静けさは、まさに神と呼ぶにふさわしく。

 ゆっくりと自転車置き場の影から出てきたそのシルエットは、細く、頼りなく、やがて六道雫と化した。

 一本の頼りない外灯から降り注ぐささやかな明かりは、制服にプリーツスカートを身にまとった、生真面目の権化を映し出す。使命と責任の詰まったポーカーフェイスは、俺達の前に立ちはだかり、動きを止めた。

「こここ、こんばんはぁ! し、雫たん! あっじゃなくて、えっと、六道さん! えへ! えへへ! っていうか、は、はは初めまして、だよねっ! ぼ、ぼぼ僕、設楽武しだらたけしって言うんだ! クラス違うから初めてだよねっ! よ、よよ、よろしくねぇっ!」

「……」

 設楽の渾身の一撃にもひるまず、六道は眉ひとつ動かすことなく、設楽を一瞥した後、俺に目を留めた。相変わらずの綺麗な瞳は、己の信念に磨かれた結果なのかもしれないが、とりあえず、最高の笑顔もろとも無視された設楽の落胆ぶりはかなり気の毒だった。

「おい、六道。気の毒だからなんかリアクションしてやれ。こいつ、お前と会うの楽しみに――」

「……そんなことどうでもいい」

 六道の痛烈な言葉に、わずかに残っていた設楽のヒットポイントは根こそぎ削り取られ、戦闘不能に陥った。生半可な同情は他人を傷つけるだけだと知ってはいたのだが……。

 がっくりと肩を落とし、今にも消え入りそうな設楽を尻目に、俺はとりあえず目の前の敵に専念することを余儀なくされた。こんなところで全滅などしてたまるか。許せ、設楽……。

「……あれだけ言ったのに」

 そう呟いて、六道は諦めにも似たため息を吐いた。ということは、ここに俺達がいる意味も、その可能性も六道は想定してくれていたようだ。本当に親切な神もいたもんだ。

 一度逸らした視線を静かに俺に預け、六道は物言いたげだ。しかし、その前に俺は割って入ってやった。

「言ったはずだろ、六道。宮川晴香が成仏しようがしまいが、そんなの俺には関係ないとな」

「……うろたえてたくせに」

「う……と、とにかく、関係ないんだよ。それに、男に二言もない」

「……どこのガキ大将の理屈?」

 ほう、ガキ大将とな。この俺をガキ呼ばわりとはいい度胸じゃないかね?

 しばし睨み合うも、お互いに全く引く気がないのが分かっているだけに、再三のにらめっこも不毛なだけだ。しかし、ここまではまったくの計画通り。俺の前にのこのこ姿を現した時点で、六道よ。お前の負けは決まっていたのだよ、ふははははは。

 これぞ、まさに相手の正義感を逆手に取った極悪戦法だ。孔明も裸足で逃げ出す俺の計略を前にひれ伏すがよいわぁ! とばかりに、後ろでへたり込む設楽に後ろ手にゴーサインを出した時だった。六道が俺から目を逸らしたのは。

「……やっぱり、高山君は何も分かってない」

 不意に逸らされた瞳に、なぜか息が詰まった。それは急に勢いを削がれたせいだろうか。それとも、次に向けられた六道の瞳を正面から受け止めてしまったせいだろうか。

「……宮川晴香のためじゃない」

「え?」

「……高山君のために、私はここにいるのに」

 一瞬、言葉の意味を見失った。そして、その間、俺はその言葉の意味を考えることも忘れて、六道に見惚れていた。いつものポーカーフェイスからは伺い知れない、六道のその顔に――泣き顔に、不覚にも俺は見惚れてしまったのだ。

 実際に涙を流したわけではない。それでも、いつもキラキラと強い意志を秘めたつぶらな瞳はその時確かに、悲しげに揺らいで、ほんの少し、ほんの少しだけだけど、六道は俺に「特別な表情」を見せたのだ。

 すぐに六道は俯いてしまい、俺にその後を追うことを許さなかった。俺はただ、予想外の出来事に戸惑うことしかできず、ようやく我に返った時には、すでに六道はポーカーフェイスに戻っており――。

「――え、えっと……六道? 今のって……」

「……このままだと、ろくなことにならないよ」

 ――間抜けな声を出す俺をたしなめるように、六道はじっと俺を睨んだ。

 ……いや、ちょっと待て、お前、だって、今――。

「そぉうだよおおー。このままじゃ、ろくなことにならないよねえぇ?」

「なっ……」

 背後から不気味な声が響いたかと思うと、肥満体がずいっと俺の前に立ちはだかった。そこで、俺は気付いた。後ろ手に、俺の手は設楽にゴーサインを出してしまっていたことに。

「むっふっふ。むっふっふっふー。雫たん? じゃなくて、六道さーん?」

「お、おい、待て、設楽。今のはなしだ。まだ話が終わって――」

「これ以上僕達の邪魔しないでくれるー? じゃないとーすんごい目に遭うよー? 遭っちゃうよー?」

 気味の悪い設楽の笑顔を前にしても物怖じせず、六道は。

「……」

 完璧シカトを決め込んだ。言ってる場合じゃないが、すげえな、六道。

「むっふ、むっふ、むっふー!」

 見る見るうちに設楽の鼻息は荒くなり、味方から見ても興奮ゲージマックスの設楽は見るに堪えず、俺は横から設楽を阻むためその肩を掴んだ。が、あえなく弾かれた。

 ……駄目だ。こいつ、憧れの「雫たん」に再三無視されて完璧キレてやがる。

「人の純情―踏みにじっちゃうー悪い子にはねー」

 ……どっかで聞いたことある台詞なだけに「被害妄想甚だしいわ」とは言えなかった。

「怖い目に遭ってもらっちゃうもんねー!」

 陳腐な台詞とともに、設楽はナップサックから「あれ」を取り出した。そして、途端に六道の顔色が変わった。頼りない明かりの下でも見てとれるほど、六道の顔から血の気が失せるのが分かる。

「……!」

 正直、目の前で展開されている光景がよく理解できなかった。だって、あれだ、ほら。あの神が。あのゴッド六道が。しつこいようだが、六道が、だ。

 腰を抜かして、その場にへたり込んでしまったのだ。

「むっふっふー」

 しめしめと言わんばかりに、設楽は両手に抱えた秘密兵器を突き出しつつ、じりじりと六道に詰め寄った。一方、六道は見るからにうろたえながら、尻持ちをついたまま後ずさっている。

 す、すげえ……。

 なににも動じない奴だと思っていたので、その話を設楽から聞いた時も半信半疑だったのだが……いや、もちろん、その情報を頼りにしてたのは事実だが、それにしてもこれはショッキングなほどに、予想外だ。

 まさか、六道がここまで……ここまで、猫が駄目だったとは。

 そう、猫だ。猫なのだ。毛虫とかゴキブリとか蜘蛛とかヤモリとかとにかく、考えうる気色の悪い生き物を差し置いて、猫なのだ。もっとも、ニタニタといやらしい笑みを浮かべる設楽と猫とどっちが気色悪いかなど愚問だったので、まだ完全には信じられない。が、気色の悪さにおののくのなら、初めましてで「たん」付けされた時点でそうしたはずだと思い当たり――。

「むっふっふ。実はね、高山君。雫たんは、猫がすごーく苦手なんだよ。もえ〜」

「たん、ってお前……もえって……」

 貴重な情報を得る代わりに払った代償は、奴がそこまで極めた「オタク」であったということだ。それを承知しながらオカルト同好会に入ることを決めた俺の決意の重さは誰が知る。ちなみに、密かに設楽に目をつけられていた六道は不運であったと言う他ない。不本意ながら、そいつと俺がつながっていたことも、だ。

設楽いわく「寡黙な電波系美少女キャラもえ〜、猫たんが駄目なのなんてもう、もえもえ〜」なんだとか。かける言葉も見つからない。

 確かに六道は寡黙な美少女ではあるし、電波系というのも俺は詳しく知らないが、六道はどうやら学校では「不思議系」で通っているらしく。その「不思議系」の要因が霊能関係にあることは想像に難くないが、その「不思議系」はつまるところ重度の偏見による賜物らしく、初めて六道と会って話した時に感じたシンパシーは、どうやら、思い過ごしではなかったらしく……。

 猫が駄目→でも、宮川晴香は猫の中→「……宮川晴香を除霊する協力をして欲しいの」

 なるほど、これなら辻褄も合うなと期待はしていたが……。

 ――とにかく、その情報の信憑性は、ご覧の通りというわけだ。

「むっふっふ〜。雫た――六道さん? どぉうしたぁのおー? 顔が青いよー? 具合でも悪いのかなー?」

 悦に入った設楽の顔はもはや、犯罪に等しい。本領発揮と言わんばかりのそのキモさを前に、六道が猫に怯えているのか、設楽に怯えているのかは定かではなく。

「……!」

 普段の凛とした佇まいもポーカーフェイスも忘れた六道が、まるで哀願でもするように涙の溜まった瞳を俺によこす。乱れたスカートの裾から覗くなめかましい太ももが俺の心を惑わし、この機を逃せば決して見ることはできないであろう奇跡的な素の顔の六道に、六道に……見つめられてドキドキしてる場合か!

 これぞ義理と人情の板挟み――否、宮川晴香と六道雫の板挟み。しかし、二兎を追うものは一途をも得ず……ここは……!

「むっふっふ。高山君? 今のうちだよー。ここは僕に任せて、君は早く宮川晴香のとこに行って来てよー」

 悪魔の声が、俺を外道へと導いた。

 目を逸らし様、確かに見えた六道の絶望の表情を振り切り、俺はその場から駆けだした。

 設楽の手の中で「にゃ〜」と猫が鳴いた。

 










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