きゅうてんご
ただっ広い校庭。グラウンドの傍に佇む孤独な背中が、作り物のように見えるのは、そいつが全く微動だにしないせいなのだろう。
パスが回り黄色い歓声が沸き上がろうと、ゴールネットが揺れ黄色い歓声が沸き上がろうと、ハットトリックが決まり、黄色い歓声が沸き上がろうと、そいつは朝礼台の上でお座りをしたまま、大人しく見ているだけだ。
午後の怠惰な空気をかき消す歓声は能天気に空を舞い、三階の教室窓際にまで届くほどだ。そんな光景を上から眺めていると、思わず叫びたい衝動に駆られた。
むしゃくしゃした時に、夕日に向かって大声で不満をぶちまける行為とは違う。海に向かって好きな女子の名前を叫ぶ行為とも違う。意味なんてなくてもいい。馬鹿にされても今更気になどするものか。
宮川晴香、お前。あの夜、俺に晒した本性と、今、そうしている、お前と。
なあ。――どっちが……どっちが本当のお前なんだ。
「……!」
分かってる。ここでそれを叫んでみたところで、何の解決にもなりはしないのだ。分かってる。だから。
――このままじゃ、駄目なんだ。
「なあ、設楽……一枚、でどうだ?」
「えー……たった一枚?」
「あのな、俺は心霊写真って奴が死ぬほど嫌いなんだ。一ついいことを教えといてやろう。俺の夢は心霊写真とかいうものがこの世から一枚も残らず消滅することだ。その点を踏まえて考慮しろよ」
「そんなこと言われても、あれは貴重なんだよ。僕のコレクションの中でもあれだけよく撮れてる心霊写真はないし、何より、クラスメイトの幽霊ってのがまたプレミアものなんだ。すごいんだよ、分かるでしょ、高山君?」
その返答には、お前の家を放火することでお答えしましょうか? こちとら、お前のコレクションとやらは憎しみの対象でしかないのですがね?
「……分かった。じゃあ、これならどうだ」
断腸の思いとはまさにこのことだ。言葉にするのもおぞましい「それ」を、俺は思い切って言葉に代える。
肉を切らせて、骨を断たれる。やっと見出したその「新諺」が世に広まれば、誰もが「意味分からん」とぼやくことだろうが、当然だ。その意味はこの世で一人、俺自身しか知らんのだからな。つまるところ「辛くても真意を胸にひた走れ」というありがたいメッセージとか何とか、どうでもいい。
「――うまくいったら、お前のオカルト同好会に入会してやる。ってのは、どうよ」
「ほんとにいぃぃぃ!?」
反省文片手間の俺の決意表明に、設楽は飛び上がって目を輝かせた。正直言って、全く嬉しくはないが、それでこそこちらとしても腸を断った甲斐があるというものだ。
クルクルっと俺の右手の中でダンスを踊るシャーペンが調子に乗って宙に舞い、放課後の教室でその儚い命を散らす。が、設楽が床に落ちたシャーペンを拾い上げ、鼻息荒くそれを俺に突き出してきた。受け取ろうと手を伸ばした俺の手を両手でむんずと掴み、設楽は神を崇めるが如く、床に跪き俺を見上げた。
「ほ、ほ、ほ、ホントに……! い、いいの……?」
いや、ほんとはもちろん良くないよ。
「おう。当然。男に二言はないからな」
「じ、じゃあ、やるっ! 協力するっ!」
「よし、交渉成立だな。――ところで設楽。そのオカルト同好会なるものがこの先作られる見通しは残念ながら暗いんだろ?」
質問に託した俺の希望は、この時、設楽の最高の笑顔とともに星屑と消えた。
「むっふっふ。もちろん、同好会新設のための顧問の先生と部員四人は確保済みだよ。君が首を縦に振ってくれれば、今すぐにでもオカルト同好会が出来上がるよう手筈は済んでる。バッチグーだよ高山君!」
「な、なにぃ!」
知らなかった。寝耳に水という諺がこんなにも痛烈な意味合いのものだったとは。確かに、設楽がオカルトにかける意気込みが本気であることは分かってはいたが、問題は、その意気込みにつき従う人間がこの高校に存在していたという事実だ。しかも四人。大丈夫かこの高校。いや、まさに五人目となる俺にそれを言う資格はない。
「えっへっへ。君はウチのホープとも呼べる貴重な人材だったからね。決めてたんだ。君が仲間になってくれるまで、同好会は立ち上げない! それが僕の君に対する最大限の誠意だと思って!」
「……泣ける話だな、チクショー」
「でしょ! 高山君には内緒で僕頑張ってたんだよ!」
そう言って、設楽は立ち上がって、エッヘンと胸を張った。
……人って、ここまで誰かを「ウザい」と思えるものなんだ。
「ま、まあ……。決行は今夜だ。それと先に言っとくが、この作戦は計画の第一段階に過ぎないからな。計画の目的が達成されるまでには時間がかかる可能性が高い。つまり、俺がオカルト同好会に入るのはそれからってことを納得しといてくれ」
「うん。分かった。君が手に入るなら文句なしだよ。だから、君は一日も早くオカルト同好会が歴史的一歩を刻めるように、心置きなく頑張ってよ」
そう言って無邪気な笑顔を俺に向ける設楽のエールが重くのしかかるも、今の俺がそれに押し潰されることはない。覚悟は時に、人をここまで強くするのだ。開直だ。
「それより、高山君。その反省文今日中に先生に出さなきゃ駄目なんでしょ? 全然書けてないみたいだけど――」
「フン。お前の目は節穴か設楽。これをよく見ろ」
そう言って、俺は四百字詰め原稿用紙を掲げて見せた。
「……泣かぬなら、成仏させるぞ、ホトトギス――?」
「なかなかの出来だろ?」
「僕が代わりに反省文書こうか?」
「……」
とにかくもう、ごめんで済ます気はこっちにはないのだ。