閑話1
歓崎音恩は正義の味方でありたかった。彼女の母親は弁護士だったが、父親はホストをしていた。彼女の父親のクラブに通っていた母親が彼を口説いて結婚に至った。父親はいい加減だったが芯の部分ではずれることのない人間だったし、母親は弁護人として活躍しつつも、検察と通じて罪人は罪人として処理することに躊躇いはなかった。そうした家庭環境下にあって、歓崎音恩は幼い頃から正義とは何かを自問していたが、自然とそれは苛烈なものになっていった。小学校に上がったとき、彼女は初めていじめを受けた。そうは言っても子供のいじめなので、せいぜいが靴に画鋲や机に落書きといった程度だった。しかし、彼女が反撃に移った際、いじめた側は彼女が何者なのかを思い知った。彼女はもはや小学生ではなく、正義の化身のような存在になりつつあった。そして、彼女の正義は常に犠牲の上にあった。
「はは、あははは」
雨に濡れた道を学生靴のままでべちゃべちゃ歩きながら、彼女は笑う。
いつもあいつは目立たない奴だった。どこにいても存在感がなく、まったく雲みたいな存在だった。私立竜門山高校に入学した奴らは何かしら特殊な才能を持っている。A組となると成績が優秀なのは当たり前で、何かしら人間として突出した部分がなければA組には入れないというのは噂されていたし、公然の事実ではあったのだけれど、あいつはその片鱗すら見せなかった。思えばそれこそがあいつの異常さだったのかもしれない。あいつは、あの瞬間まで、ひたすらに牙を隠していたのだ。
あの瞬間の東雲諦の殺気ときたら……思い出しただけで震えが来るほどだった。
ただ、口元はどうしたってにやけてしまうのだ。だってあいつは――
あたしの、敵になってくれたんだから。