青色
首から上を失った男の体はしばらくふらふらしたあと倒れ、断面から噴水のように血を吹き出していた。
振り向くと、やはり青色が立っていた。つかつかとこちらに歩み寄り、手を差し出してくる。その手を掴んで立ち上がると、いきなり頬を強く叩かれる。蹴られた所なので激痛。
「青色さぁ、部屋から出ないようにって言わなかったぁ?」
「世話になるわけにはいかな」
もう一度頬を張られる。
「それで勝手に傷ついたら、青色が困るんだよ。青色は自分が傷つくのが嫌だし、人が傷つくのが嫌なの。だから殺したら癒すし、死んでたら癒す。それが青色のスキル、『天使と悪魔』」
舌ったらずで甘ったるく喋るいつもの口調は消えて、低い、暗い声が響く。なぜか、そちらのほうが青色らしい、と思った。
そして青色がスキル名を口にすると同時に、首を失い血が噴き出していた死体が燐光に包まれる。男が生き返り、何も省みずに全力で、脱兎の如く逃げていく。
栗色の髪の下で水滴が地面に落ちていく。
「なぜ、泣いている」
「泣いてない」
青色は顔を腕でゴシゴシ擦って、帰ろうよぉ、と笑おうとして、大量の血を吐いた。
何が起こったのかわからなかった。
青色の胸から、拳を握りしめた腕が飛び出ていた。
「よう、諦」
右手で青色の胸を貫きながら、左手で眼鏡を押し上げる、その男は、
正義。
能義、正義。
「正義ィィィィィィィッ!!!!!」
本能の告げるままに、スキルを口にする。
「『汝の為すべきことを為せ』!!!」
「おっと」
俺のスキル発現を、正義は、まるで虫でも払うように。
左手で、払いのけてしまった。
「スキル『影鬼』と言ってな。種明かしはまあ、許せ」
「なぜ、青色を、お前、」
怒りで言葉が紡げない。
「悪いな、諦。だが青色は殺しておかねばならなかった。こいつの能力は危険にすぎる」
「そんな」
そんな、理由で。
思ったところで、俺の思考は停止した。
俺も。
俺も同じことを、歓崎にしたではないか。
頭が真っ白のまま、ただ、言葉を口にする。
「スキルを無効にするべきだと思った。正義がどこかに消えるべきだと思った。青色が生き返るべきだと思った」
全てはその通りになった。
少し驚いた顔をした正義の姿がかき消え、青色の胸の穴は見る間に塞がって、顔は血の気を取り戻した。
俺は半ば夢うつつで、青色を宿に連れて帰り、ベッドに突っ伏した。何も考えたくなかった。俺がどんな思考に取りつかれ、どんなことをしてしまったのか、考えたくなかった。
その日は最悪な夢を見た。