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遭遇

転移して一時間ほど経過して、気の向くままに足は進んでいた。広大な草原を抜けると整備された道を見つけたため、現在はそこを歩いていた。整備といってもコンクリートで固めたようなものではなく、単に他と比べて平らに慣らされているといった程度である。

一本しかない道に従って進んでいると、いつの間にか俺は鬱蒼とした森に足を踏み入れていた。知らない動物の鳴き声が聞こえ、見たこともない木々が立ち並んでいる。それに混じって、遠くで何か声が聞こえた。加えて、金属の擦れ合う耳障りな音。声は悲鳴のようにも思えた。俺は迷わずそちらに足を向けた。ようやく、人間に会えるのだ。自然と笑みが零れていた。


しばらくすると見えてきたその光景は中々に衝撃的だった。元の世界では目にすることすらなかった血溜まりと死体。大きな血溜まりに比例して、倒れている人間の数も両手では足りない。しかし、人間の体にはあそこまで血液が含有されているのか、と場違いな感想を抱く。何の必要があってここまでの殺人を犯すのだろうか。どうやら一つの村落が皆殺しに合っているところに出くわしてしまったようだった。木々の一つに隠れ、30mほどの距離を保ち、様子を伺う。生きている人間は二種類。鎧を身に付けた集団と、一人の少女のみ。麻のようなものでできた、簡素な服を着た少女はこちらを背にして座り込んでいるため、顔は見えない。髪はブロンドで、後ろに波打っている。肩が上下している。泣いているのだろうか。鎧を来た男が一人、血刀、というより両刃の剣を下げて少女の前に立つ。


「どこから来た」


驚いたことに日本語である。たぶん、女神が言っていた加護によるものだろう。

どこから来た、とはどういうことだろうか。彼女は村人ではないのだろうか。

対して少女は答えない。黙して、目を上げない。


「そうか」


剣持つ籠手が高く上がった。

そして、それきり下がることはなかった。

なぜなら、鎧武者の右腕は付け根から宙を待っていたのだから。

少女が顔を上げていた。

たぶん、笑っているのだろう。なぜかそう思った。

鎧武者が肩をおさえて絶叫する。

その悲鳴もなかほどで途切れた。不可視の刃に喉が切り裂かれ、血液が噴出し、鎧が音を立てて倒れる。


鎧達が目に見えて動揺する。「魔女か!」「殺せ!」声が上がる。激した鎧達は一斉に少女の元に殺到し、

一瞬で全員、胴体の中程から切断された。

ぼとり、と二つになった肉が20個ほど地に落ちた。村人のそれには及ばないが、さぞ大きな血溜まりが広がることだろう。


「『多ければ多いほどいい』」


呟いて、少女が膝についた土を払い、立ち上がる。

そしてこちらを向いて、にっと笑った。

金髪に染めた髪は途中から俺にある人物を想起させていたが、予想通りの見知った顔だった。

大きい猫目と頬の一文字傷を差し引いても端整な顔立ち。

そして歯を見せるその顔は、たった今21の殺人を行ったとは思えないほど明るくて。

正直、憧れた。


「よう、歓崎」


俺は隠れていた場所から姿を現す。


「っは、何か隠れてんなーと思ったら東雲じゃん、何してんのこんなとこで?」


それはこちらが聞きたいんだが。

純日本人であり、龍門山高校三年A組の一員であり、A組随一の不良美少女であるところの、歓崎かんざき 音恩ねおんが獰猛に笑いかけてきた。


「俺は転移した場所から一時間くらい歩いたらここに着いただけだ。歓崎、今のは?なぜこの現場に居合わせた?」


「あたしのスキル。『多ければ多いほどいい』、今初めて使ったけどけっこういいね、これ。あんたのはまだ使ってないの?」


「スキル名は見たが、よくわからん」


「ふうん。あたしがここにいた理由はここに転移してきたから。制服だと目立つからここの人に服を借りてたら、そいつらが現れた。村人を片っ端から殺し尽くして、次はぽかーんと突っ立ってた外来者っぽいあたしに標的が移ったから、スキルを使ってみたら使えた」


あっけらかんとしたものである。とはいえ、こいつに限らずA組の連中は皆そうだ。順応が早い。当初は混乱していてもそろそろ状況を受け入れ、行動している頃だろう。その中で既に己のスキルを確かめ終えた奴はアドバンテージを持つ。今の歓崎のように。俺は会話しつつ、後ろにそろそろと下がり始める。


「おっと、逃げんなよ」


歓崎が笑いながら言う。同時に、おぞましい感覚。足元を見ると、虫が大量にたかっており、足が上がらない程だった。


「何でもありかよ」


思わず笑ってしまう。こいつの能力はおそらく、量に関わる全てを操作する能力。おそらく歓崎の最初のスキル発現は『殺意が多ければ多いほどいい』として殺傷率を操作する効果で、今は『虫が多ければ多いほどいい』として、虫共を大量に呼び寄せるという効果に変化していると推測できる。どうも俺たちに与えられたスキルは、言葉の範囲内で何でもできるようだ。こんなスキルがあれば、たしかにそこらへんの魔王など敵ではないだろう。それにしても、歓崎が肝心のスキル名を教えてくれたおかげで色々な推測ができる。迂闊すぎるのではないだろうか。ただ、教えられたところで対処のしようがないのは確かだ。


「おいおい、クラスの仲間だろう」


とりあえず、手を上げて降参のポーズをしてみる。


「無理だ。()()()()()。あたしたちのステータスで称号が見られるのは知ってるよな」


「ああ、それがどうした?」


「あたしはそれが、『正義の味方』なんだよ」


「……」


「だから見逃せないし見逃さない。だってお前、悪じゃん」


「はは、あははははははは!」


思わず、声が漏れる。腹筋が痛い。体が前に折れる。笑える。こんなところで露呈した。まさか最初に遭遇したクラスメイトが、あの歓崎音恩で、その正体が正義の味方とは。そう、きっと俺たちに付与された称号は、その本性を現している。歓崎音恩はたしかに不良でありながら、正義を好むところがあった。そして俺はというと、快楽殺人者。誰も殺したことがなくても、本性は偽れない。俺は自分がそうであることを物心ついたときから自覚していた。そして正義の味方は、悪を嗅ぎ付ける。そういう風にできている。歓崎音恩が虐殺の現場に居合わせたのも、そういう巡り合わせなのだろう。そこに俺がやってきたことも。


ああ、こいつは俺の天敵だ。異世界に来てようやく認識できた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。放っておいたらこいつの能力はさらに強くなるだろう。多ければ多いほどいい、なんて、何というチートだろうか。将来こいつに狙われることだけは絶対に避けなければいけない。だから、今ここで殺さないといけない。否、()()()()()


俺はやっと自分の能力を自覚し、口を開く。


「歓崎音恩、お前のことは嫌いじゃなかった。むしろ憧れていた」


「あん?」


怪訝な顔をする金髪の少女。


「だが、お前の負けだ。死ね」


「あ?何わけわかんねーこと言って――っ!?」


歓崎が地面に倒れ伏す。わけがわからないといった顔で、少女は苦しげに喘ぐ。息は次第に細くなっていく。


「冥土の土産に教えてやるよ、俺のスキルは『汝の為すべきことを為せ』。意味がわからなかったが今やっとわかった」


「クハ、そ、りゃ、て、めえ、チー、トすぎ、んだ、ろ……!」


歓崎は絞り出すように声を吐いて。


「『多ければ多いほどいい!!!!!』」


叫び、最後にあの魅力的な笑顔で死んだのだろう。


だろう、というのは、その瞬間俺の全身が無数の不可視の刃によって、眼球すらも切り刻まれたため、歓崎の死に顔を見ることができなかったためである。

意識が暗転する前に頭に浮かんだのは、してやられた、という考えと、おそらくこれは傷跡が多ければ多いほどいい、という効果なんだろう、という意味のない推測だった。




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