8.ピアジェのルーツ
メルクは、庶民的なカーキのワンピース姿になったコルシェと共に町の散策に出ていた。
「この全身甲冑はどのように着るんですの?」
「あなたにはサイズが合わないと思いますよ」
「この剣なんかメルクにお似合いじゃありませんこと?」
「それは大きすぎて僕には……って片手で素振りしてますけどそれ両手用の大剣ですよね?」
「この弩弓は凄いですわよ!照準器が付いてて小型の槍を射出できるんですの!」
「装填したままこっちに向けないでください!」
通常、歳の近い、美しい女性と買物というものは男のロマン溢れるイベントだと思うが、このお嬢様相手に通常はあり得ないようだ。
とメルクはつくづく思っていた。
町を案内することになったメルクは、コルシェにせがまれ、なぜか武器屋に入っていた。
コルシェ曰く、この地域の武具に興味があるらしい。
「う~ん!やっぱり知らない土地に来たらやることは武器屋巡りですわね!急いでなければもっと見て回りたかったですわ!」
コルシェはうっとりとした表情で、誰の共感も得られなさそうなことを言う。
彼女の旅行鞄は、今や衝動買いした剣・斧・弩弓・盾などで大きく膨らんでいた。
結婚式が目的だったはずなのだが、一体何に使うつもりなのだろうか。
「ところでコルシェ、今さらこんなことを聞くのも何ですけど……」
メルクがそう前置きして質問を始める。
今の2人は買物中に見つけた、とある喫茶店に入っていた。
メルクの前にはコーヒー、コルシェには紅茶のカップが置かれている。
「あなたはどこでその、馬鹿力……いや怪力…………体術を身につけられたんですか?」
なるべく失礼にならない単語を探して質問する。
「私、鍛えておりますから!」
一言で回答されてしまった。どう考えても鍛えるだけで岩山から落下しても無傷で着地したり、飛んでくるナイフを口で受け止めたりはできない。
どう聞いたものか考えていると、コルシェが話を続ける。
「もう少し詳しくお話しますと、私の家、ピアジェ家はほんの数代前までは小さな武門の家柄でしたの。ひいお祖父様の代で商家に鞍替えして成功されたそうですわ」
「でもコルシェの代ではもう商家だったんですよね?」
「私が小さい頃、お父様は家から出してくれませんでしたの。仕方なく家の中を探検するのが日課になっておりました。ある日、私は古びた倉庫を見つけました。そこはご先祖様の遺品を保管しておく倉庫でしたわ。遺品の中には武門のお家だった頃の闘いの型やトレーニング方法、そして闘いの記録などが所狭しと並んでおりました。商人の娘として育てられていた私は、未だ見ぬ世界に夢中になりましたわ。教育係の目を盗んでは倉庫に行き、古文書を読んではその内容を試す日々……」
コルシェは昔を思い出しながら、遠い目をして語る。
「そして現在に至るのですわ」
「え?終わりですか?」
間がバッサリ省略されてしまった。
いくら古文書の通りに練習したからってあんな超人的な動きができるとは思えないのだが……
「そんな私も今や貴族に嫁ぐ身。名残惜しいですがこのようなお転婆な暮らしは卒業しなければなりません」
別の話を始めながら、バスケットに積まれたリンゴを1つ手に取る。
「はあ、大変なんですね」
話についていけず、空返事になってしまうメルク。
「今回の婚姻は資金難のピアジェ家を救う大任!遅刻して破談になどなっては生きて故郷の土は踏めませんわ!」
話に熱が入ると、力んだ手の中でグシャッとリンゴが潰れ、果汁が紅茶のカップに流れ落ちていく。
――結婚する貴族様も大変だな。
とメルクは素手でアップルティーを作る彼女を見ながら思った。