7.クォーツの町へ
「あのー、本当にこのまま町に行くんですか?あ、そこ右です」
「何か問題がありまして?」
コルシェは走りながら、振り返らずに答える。
流石に馬が引くより速くはないが、それでもかなりのスピードで進んでいく。
広い街道に出た辺りで、メルクは視線を感じ始めていた。
『何してるのかしら、あれ……』
『奴隷に馬車を引かせてんのか?なんて悪趣味な野郎だ……』
『でもあの女すげー軽々と走ってねえか?』
(まずい……人が増えてきた)
ボロボロのドレスを着た少女が騎士の姿をした男を馬車に乗せ引っ張る姿。
それを見て、ある者は好奇の目で、またある者は憐れむような目で、こちらを見ながら何やらひそひそと話している。
誰も通らない田舎道ならまだ良かった。だが町が近づくにつれてポツポツと他の通行人が増え、すれ違う度に注目を集めてしまっているのだ。
メルクのみならず、良家のお嬢様であろう彼女にまで変な噂が立ってしまっては大変だ。
「こ、コルシェ!僕はもう大丈夫ですからここからは歩いていきましょう!」
「あら、そんなご無理をなさらずに。私はまだまだ平気ですわ」
「いえ!足も慣らしときたいですから!ほら、この通り!」
言いながらメルクは包帯を巻いた左足を2、3回踏み鳴らす。
「~~――ッ!!」
無理に負荷をかけた足が痛みを伝え、痛みに叫び出したくなるのを必死に堪えた。
自分と彼女の名誉のためだ。背に腹は代えられない
「そうですの。あなたがそこまでおっしゃるのでしたら……」
コルシェは渋々引いていた馬車を止め、街道から離れた草むらに置くと、2人は並んで歩きだした。
メルクは地図を広げ、1点を指さす。
「今の僕たちの位置はこの辺ですから、この街道を歩いていけばクォーツという町に着きます」
「クォーツ?キリウムじゃありませんの?」
「キリウムはもっと先ですよ。ここから乗合馬車が出てますから、それに乗っていけば日没には間に合います」
「ふむふむ、思ったより遠いんですのね。やはりメルクにエスコートしていただいて正解でした」
エスコートされているのは自分の方では、とメルクは思ったが、コルシェがそう言ってくれるのは素直に嬉しかった。
「まだ先が長いなら悠長にしてはいられません。早く町に行きますわよ!」
メルクの手を引き、早足に町を目指すコルシェ。
「痛っ……!」
しまった。と思い、慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。
急に手を引かれたため左足に力が入り、つい痛みを声に出してしまった。
「……やっぱり担いで行った方がいいかしら?」
「いえ!大丈夫ですから!」
メルクは男の意地で痛みをこらえながら、コルシェの急ぐペースに合わせてクォーツの町へ向かった。
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「わぁ……!」
町について感嘆の声を上げたのはメルクの方だった。
クォーツは決して大きな町ではないが、故郷の村に比べたら雲泥の差だった。
往来には人が絶え間なく行き交い、市場では口々に商品を売り込む声が聞こえる。
「メルク、早く馬車に乗りましょう!」
対照的にコルシェは馬車に乗ってキリウムに行くことしか眼中にないようだ。
ピアジェ家のある場所はこの町より都会なのだろうか。
2人はまず馬車の停留所に行き、時間を確認する。
「今からだと1時間ぐらい待たないといけませんね。大丈夫、それからでも間に合いますから」
メルクは停留所の時刻表を見ながら言う。
「仕方ありませんわね。それまで町を案内してくださる?」
「僕もこの町には初めてきたんですけど、いやその前に……」
あらためてコルシェの姿を見る。
山から転落して盗賊と戦い、馬車を引いてここまで来たのだ。
白く美しかったウェディングドレスは土や砂や埃で汚れ、あちこちが限界まで破れていた。
「そ、その恰好で結婚式に出るのはまずいですよ。まずどこか服を新調しましょう」
「あら、いつの間にこんなに」
今気づいたのか、コルシェは破れたドレスをぐるりと翻しながら、のんきな口調で言う。
「大丈夫ですわ。荷物の中にドレス以外のお洋服も入っておりますの」
「そんなものあるなら先に……ってストップストップ!着替えるなら物陰を探しましょう!」