5.盗賊退治
「ん?あれは……」
2人がしばらく歩いていると、メルクは道の先に大きな荷台を見つけた。
よく見るとあれは倒れた馬車だ。
「まあ!あれは私の馬車ですわ!」
そういえばメルクが山で見た馬車に似ている。
豪華な装飾が近づくと一層際立って見えた。
「中の荷物も一緒に落ちたと思って諦めておりましたの。せっかくですから持っていきましょう」
「待ってください。馬車の近くに誰かいます」
馬車に駆け寄ろうとするコルシェを引き止める。
よく見ると、粗末な格好をした2人の男が馬車を物色していた。
「ツイてるぜ兄貴。その辺のボロ馬車じゃねえ、こりゃ金持ちの馬車だ」
「ああ、持ち主も逃げたのかくたばったのか知らねえがいねえようだな」
――盗賊だ。
メルクはそう確信した途端、背筋に冷たいものが走った。
士官学校で訓練は積んでいたものの、実戦は未経験だった。
盗賊は場合によっては全力で自分を殺しにくるだろう。
いっそ逃げるか?しかし既に馬車に近づきすぎている。気づかれるのは時間の問題だ。
それに何よりも、
――僕は騎士になるんだ。
その思いがメルクを行動させた。
「コルシェは離れていてください」
メルクは腰の剣を抜き、盗賊たちに近づく。
「ああ?」
「やべえ!騎士だぜ兄貴!」
2人の盗賊がメルクに気が付き、対峙する。
「お前たち、盗んだ物を戻して馬車から離れるんだ」
メルクは不安を悟られないよう、極力強い口調で言う。
「ちっ、どうする?」
「いや待て……ククッ、こりゃ面白え」
盗賊の兄貴分と思われる方が、メルクを見て薄笑いを浮かべる。
「聞こえなかったのか。盗んだ物を戻すんだ!」
メルクが語気を強める。
「よお坊や、お前、その剣で何人斬ったことがある?」
「なんだと?」
突然質問され、戸惑うメルク。
しかし、狼狽を悟られないように、剣を構え直す。
「強がるなよ。テメェの剣には血も錆も付いてねえ。それに鎧もな。そんなピカピカの格好じゃ素人だと証明してるようなもんだぜ」
「う……!」
見透かされていた。背中に嫌な汗が溢れてくる。
「あ、なーるほど。流石兄貴だぜ」
弟分は頭が悪そうだ。
こちらにはまだハッタリが効くかもしれない。
「そ、それがどうした!こっちは武装している!コソ泥のお前たちには負けないぞ!」
「ハッ、そうかい」
兄貴分の手が動いたかと思うと、左足に激痛が走る。
立っていられずに、うつぶせに倒れ込んだ。
鎧を着ているのになぜ。メルクは何をされたのか理解できなかった。
「俺たちはお前みたいなのを毎日カモにしてるんだぜ」
メルクが自分の左足を見ると、膝の辺りからナイフの柄が突き出ていた。
男は、鎧の関節部を狙ってナイフを投げたのだ。
「ぐ……うぅ!」
「おとなしくしてな。後でお前の剣と鎧も頂いていくからよ」
左足から血が流れている。痛みで他の部位もまともに動かすことができない。
思考も働かなくなってきた。
「メルク!」
倒れるメルクの元にコルシェが駆け寄ってくる。
「う……駄目だ、コルシェ。逃げてください……」
「なんだぁ?この女」
「どうやら馬車の持ち主らしいな。事故って助けを求めたらあのガキが出てきたのか……どうでもいいか。おい、その女を押さえとけ」
兄貴分の盗賊が顎で促すと、弟分がコルシェを拘束しようと腕を掴む。
「な、何をするんですの!?離して!」
「チッ!おとなしくしやがれ!」
盗賊は平手でコルシェの頬を張る。
パァンッ!と乾いた音を立てると、コルシェのバランスが崩れ……
「痛いじゃないの!!」
足を踏ん張り持ちこたえると、反動で体勢を立て直し、コルシェの手首が一瞬消えた。
ジャッ……と先ほどのビンタとは違い、擦ったような小さな音が聞こえた。
次の瞬間、盗賊の弟分はぐるりと白目をむき、膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
高速のジャブが顎を捉えたのだ。脳を揺らされた男は、一瞬で意識を失ってしまった。
メルクの目には見えていなかったが、恐らくそういうことだろう、と足の痛みをごまかすように頭を巡らせていた。
「な、なんだテメェは!」
今まで冷静だった兄貴分が怒りの声を上げる。
ナイフを取り出し、すかさずコルシェ目掛けて投げつける。ナイフはガッ!という鈍い音と共に、彼女の頭に命中した。
「コルシェッ!!……」
痛みに構わず大声で叫ぶメルク。
コルシェはナイフを受けた勢いでゆっくりと後ろへ倒れ込み……足を引いて踏みとどまった。
「……え?」
メルクは何が起こっているのか分からなかった。
見えているのはコルシェの後ろ姿だけだが、その顔面からは確かにナイフの柄が突き出ている。
彼女はその状態のまま、狼狽える盗賊の元に突進していく。
そのまま右ストレートで顔面を打ち抜き、吹き飛ばされた盗賊は、そのまま起き上がらなくなった。
盗賊2人を片付けた後、彼女は振り向き、手を差し伸べて言った。
「はいほ~ふへふは?」
「はは……喋るならナイフを咥えるのやめたらいいんじゃないですか……」
「あら?」
気づいたコルシェの口からナイフがこぼれ落ち、回転して地面に突き刺さった。