20.冒険の始まり
「いや、お嬢様がご無事で何よりでしたよ。無事お役目も果たせたことだし、旦那様もさぞお喜びになるでしょう」
1台の馬車が夜の山道を走っていた。
コルシェはロイズの死を看取った後、先にキリウムに到着していた御者の男と合流し、新調した馬車で帰路についた。
「私を見捨てて先に行ってしまった男がよくおっしゃいますこと」
「だってお嬢様が無理ならワシらが助けるなんてもっと無理ですから」
「……ええそうでしょうとも」
コルシェは拗ねたようにそっぽを向く。
彼女が武術を学び始め、ずば抜けた身体能力が開花した頃には、家族は彼女に護衛をつけなくなっていた。自由を求めていた彼女にとって、それは嬉しいことであったが、同時にどんな危険を冒しても、放置されてしまうことに孤独を感じていた。
それ故に、最後まで冒険を共にした“彼”の存在は大きく心に残っていた。
「メルク……」
無意識に彼の名を呟く。
彼はなぜ最後まで付いてきてくれたのか。なぜ最後にルセンを殴るなんて暴挙に出たのか。私のため?それとも彼の正義に反したとか、そんな立派な理由から?
それにしても腰の入った良いパンチだった。
彼ともう一度会って話がしたい。
願わくばもう一度、二人で冒険の旅に出たい。
馬車は、コルシェが振り落とされた、あの岩壁に辿り着いていた。
落石で砕けた岩の欠片が、今もそこら中に散らばっている。
「おっと、今度は事故りませんよっと」
御者は軽口を叩きながら、スピードを落としてゆっくりとカーブを曲がる。
「……ごめんなさい、爺や」
「はい?」
「忘れ物を思い出しましたわ!!」
御者が振り向くと、コルシェは馬車から身を乗り出し、勢い良く崖の下へ飛び降りていた。
「お嬢様あぁぁッ――!?」
御者が悲鳴をあげる中、コルシェの姿は再び崖下の闇に消えていった。




